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第六百三十四話 邪教徒

 

「――……ではそういうことで」


 首都パルストーンに起きた騒乱の鎮静化についての対応、その大まかな話が決まった。

 アマンダを始めとした従業員たちは、元々テトの聖女時代の聖騎士及び騎士達。つまり、当時の水の聖女部隊。筆頭聖騎士を務めたアマンダを慕って、テトの引退後も酒場で共に働いていたその精鋭たち。

 具体的な対応として、当時からの人脈を駆使しつつ、過剰な行動に出ている者は人間だろうと獣人だろうと容赦なく拘束していく予定。本来であればそのような行為は是正されるべき行いなのだが、混乱した今となっては誰がどう動いているのかわからないので普段に比べて実態の把握は難しいという判断。そういった行為に出ざるを得ないのはただ混乱を収めるためだけでなく、情報によれば既に空き巣や強盗などといった便乗犯罪もそこかしこに見られているのだと。そういったことへの対応も含まれている。


「じゃあ僕たちは一緒にクリスの塔に向かうんだね」

「はい」


 ヨハン達の目的はエレナ達の救出。クリスティーナも街の対応に当たらなければいけないのだが、混乱に乗じて水の聖女が統括しているミリア神殿へと向かうことになっていた。場所はミリア神殿の本殿を囲うようにして造られた四つの塔の内の一つ。通称水の塔へと向かうことになっており、その中にはミモザとアリエルも含まれていた。

 だが問題があるのは、エレナ達が拘束されているのは恐らく土の塔か光の塔であり、クリスティーナもどこに軟禁されているのかは知らされていない。さらに光の塔の場所もまた問題であり、光の塔は四つの塔によって囲まれた連絡通路の先にある。中空に造られた中央広場を通らなければ向かえないというのも難点。


「時間がありません。すぐに参りましょう」


 とはいえ、クリスティーナがいれば多少の認証を必要とする神殿内部に入るためのいくらかの問題の解決が図れる。


「大変だよっ!」


 バタンと大きく開かれる地上へと出る扉。突然扉が開かれたことで視線が集まる中、息を切らせた従業員姿の女性が勢いよく地下への階段を駆け下りてくる。


「どうかしたかい? アンネリカ」

「そんな悠長にしてらんないっすよ! 実は――あたっ、たっ、たっ」


 疑問符を浮かべながらアマンダが問い掛けるのだが、アンネリカと呼ばれた女性は途中で階段を踏み外すと尻もちをつきながら下まで転がる。


「あいたたたた」

「相変わらず落ち着きのない子だねぇ」

「申し訳ありませんお騒がせして」


 テトも良く知るアンネリカのその慌ただしさ。


「いや、構わないさ」

「テト様が許したとしても、これは減給もんだねアンネリカ。覚悟はいいかい?」

「そ、そんなぁ。許してくださいよぉ……。これ以上下げられたらあっしは生きていけないっすよぉ」


 途端に泣きべそをかき始める。


「わたしは変わらないあんたの姿を見て安心したけどね」

「て、テト様ぁ! お久しぶりですっ! お元気そうでなによりっス!」

「ああ。お前もね。それより、そんなに慌ててどうしたんだぃ?」

「はっ!? そ、そうでしたっ!」


 テトの言葉を受けてバッと勢いよく立ち上がるアンネリカ。


「大変です! クリスティーナ様が魔物を召喚したという噂が広がっております!」

「「「えっ!?」」」

「それで、邪教に手を染めたのではないかとも騒がれています!」

「わた、しが……?」


 一同の視線がクリスティーナへと集まるのだが、クリスティーナ自身には全く身に覚えがない。そもそも魔物と言われても全く意味がわからない。


「どういうことなのか、詳しくお聞かせください」


 僅かに動揺を見せたクリスティーナなのだが、すぐさま表情を引き締め、凛とした態度でアンネリカへと問い掛ける。


「は、はっ! 実は、街の獣人達が無理やり押さえつけられる現状に我慢の限界を迎えて反撃を開始したのです。そうなればやはり獣人は手強いです」

「はい。もちろん把握しております。そこで今からアマンダさん達が出撃する予定でした」


 混乱を鎮めるため、多少は無茶な手段――強硬手段を用いて、ということなのだが。しかしそれが一体どう関係するのか。


「魔物、というのは?」

「突然地下水路から大量の魔物が発生しました! ただでさえ獣人の反撃を受けた神殿騎士達はそれらの対応にも追われることになります!」

「ふむ。タイミングとしては奇妙よな。それで、その魔物を召喚したのがクリスだと?」

「はい。どこからかそのような話が広がっております。イリーナ様の処遇に不満を抱えたクリスティーナ様が混乱に乗じて神殿に攻撃を仕掛けようとしているのだと」

「そんなこと、私は画策しておりません」

「あっ、もちろんあっしは信じてないっすよ! こんなあっしをクリス様はあんなにもお優しくしてくれたんすから! あの時こっそりくれたおにぎりの味は今でもわすれられないんすよねぇ……――」


 恍惚な表情を浮かべるアンネリカ。次にはドゴンと鈍い音が響く。アマンダの拳。


「――……あいったぁぁぁ」

「この非常事態にしょうもない話に逸れるな。それで、あんたはなんの否定もせずにただ報告に来たのかい?」

「も、もちろん否定したっすよ! しまくりっすよ! ですが、あっしがいくらそう言ったところで信じてもらうどころじゃないんすよ! 街の被害は甚大で、噂はもう歯止めがきかないっス!」


 頭頂部を擦りながら涙目になるアンネリカ。


「どうやらこれは相手の手札の内の一つみたいですね。如何致しますか、テト様?」

「……うむ」


 アマンダからテトへの問いかけ。


「相手ってなんすか?」

「ちょっとこっちおいで。詳しく説明してやるから」


 これまでの話し合いに関する事情を全く理解出来ていないアンネリカがリィンに連れられる中、テトは思案に耽る。



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