第六百三十 話 牢獄の間
パルスタット神聖国、首都パルストーンがこれまでに見られない程の混乱を巻き起こしている頃、その地上の喧騒も届かないミリア神殿地下。
「ってぇ……」
ひんやりとした地面を背にしてレインが身体を起こす。
「っつぅ、俺は、気絶してたのか?」
後頭部には鈍痛がするのだが、記憶は朧気にしか思い出せない。
(あいつら、いったいどういうつもりだ?)
気絶させられた相手は聖騎士。光の聖女アスラ・リリー・ライラックの背後に立っていた内の一人。白金の全身鎧を着ていた。
(やべぇな。俺じゃちょっと厳しいぞ)
かなりの強さ。比べるのもどうかと思うが自身が知る中でも最高峰の実力を有しているように思える。
(どうしてモニカを?)
神兵によって連行された先にて、モニカをどこかに連れて行こうとしており、その際に抵抗したところで受けた一撃によって気絶してしまっていた。
「にしても、どこだここ?」
誰に聞かずとも牢獄の中だということは見てすぐにわかる。問題は神殿のどのあたりに位置する牢なのかということ。
「気が付いたのね」
「その声はマリンか?」
「ええ」
「無事か?」
「ええ」
返事をするものの、声の調子は重たい。一体どうしたのかと疑問を抱きながら、他にも疑問が浮かんだ。
「お前だけか?」
「…………今は、ね」
あの時一緒に連れられたのはナナシーとモニカとマリン。モニカは別のところに連れて行かれたのだとして、ナナシーはどうしたのか。
「あのエルフはモニカとは別の場所に連れて行かれたわ」
「別の場所? なんでだ?」
「知らないわよ」
「…………そっか」
現状を把握しようにも情報が少なすぎる。
「静かにしろ!」
ガンッと椅子を蹴りながら響く牢番の声。ふてぶてしく足を組んで睨みつけていた。
「なんだぁ?」
あからさまに苛立っている様子を見せている。
「どうかしましたの?」
「ああん? んなもんテメェらのせいでせっかくのショーを見逃してんだからに決まってんだろ」
「ショー、ですか」
「なんか催しもんでもやってんのか?」
「いえ、そんなことは」
パルスタット内の情報を集めている中でもそれらしい催しはなかった。
「あーあ。俺も獣人を狩りたかったぜ」
小さく吐くその言葉にレインもマリンも耳を疑う。
「……なにを言っていますの?」
「おっと、聞かれちまったか。まぁ別にどうでもいいけどな」
その言葉の中から推測されること。神に仕える神兵と呼ばれる兵士が、こともあろうか手を取り合うべき獣人をあからさまに侮辱していた。
(そうなると、やはり今回の一件は獣人を排除することが目的と捉えた方がいいですわね)
尚も悪態を吐き続けている牢番をしている神兵の様子を見る限り、間違いないと断言できる。
(とにかくここから出ないと……――)
視線を周囲に向け、牢の鍵を探すのだが、それらしいのは壁に掛けられている鍵のみ。
(――……どうやってあれを手に入れれば)
そうなれば言葉巧みに誘導するしかない。
「あの?」
声を掛け、誘導しようとしたところ、地下に誰かが下りてくる足音が聞こえて来た。
牢に居るマリンとレインからは顔が見えないのだが、鎧の音からして牢番よりも位の高い誰か。その証拠に、牢番は階段を下りて来た人物の顔を見るなり慌てて立ち上がっている。
思わずぐっと緊張感が高まり、唾を飲むのはこれが自分達に何か危害を加えてくるかもしれないということから。誰が来たのかと身構える。
「こ、これは、リオン・マリオス様。こんなところに来られて如何致しましたか?」
「ああ。少し様子を見たくなってな」
「はっ。今のところ大人しくしています」
「……そうか」
牢番を追い越していくリオンはそのまま壁際へと歩いて行った。
「あ、あの、リオン様? 何をしていらっしゃるので?」
壁に掛かっていた鍵を手にして牢へと向かっている。
「彼らを別の場所に連行しようとしているのだが?」
「それは誰からの指示で? アスラ様とベラル様ではありませんよね?」
「…………いや、ベラル様の指示だ」
「左様でございますか……――」
カチャカチャとマリンの牢の鍵穴に鍵を差し込むリオン。その背後には腰に差している剣へと手を送る牢番。
「――……あなたはクリスティーナ様の聖騎士であられます。如何なる理由があろうともそれぞれの聖女様は他の聖女様の聖騎士に命令を出すことは適わないはずです」
ガチャッと鍵を開けて振り返ると、既に牢番は大きく剣を振り下ろしていた。
「なるほど。こんなところの番を任されているから適当に答えたがよくわかっているな」
剣を躱しながら笑みを浮かべるリオン。牢番の剣は地面を叩く。
「貴様ッ! 何を企んでいるッ!」
「何も企んでいないさ。ただ、ようやく真実が見えて来たのでね」
「……どうやら貴様は色々と勘付いてしまったようだな。クリスティーナもろとも死んでもらおうか」
ググっと筋肉を膨張させて肥大化する牢番。服を破り、その眼は赤く光っていた。
「んだ。お前魔族だったのかよ。だったら遠慮はいらねぇな」
「む?」
不意に背後から聞こえる声。
「ぎゃあっ!?」
そこに立っていたのは両手に短剣を握る赤髪の少年。不敵な笑みを浮かべるなり素早く異形の身体を生み出した牢番へと斬りかかっている。
「な!? 貴様どうしてこれほどの力を……?」
ぐらッと身体を倒しながら床に倒れた。身体からは黒い瘴気を煙状に噴き出している。
「お前程度なら問題ないっての」
ピッと素早く短剣を振りながら見下ろすレイン。
「どうやら、深刻な事態が起きているようですわね」
「ああ。情けない話だが、お前達に助けて欲しい」
「わかりましたわ。ですが、わたくし達も合流しなければいけない相手がいますの」
「勿論だ。だが今は時間が惜しい。詳しい話は移動しながら話そう」
「ええ」
レインとマリン、水の聖騎士リオン・マリオスによって牢から抜け出し、地上へと向かった。




