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第六百二十七話 糸を引く者

 

 ふとその場に響くバニシュの声。


「交換条件?」


 突然名前を呼ばれ、思わず疑問符を浮かべるエレナ。


「先程のことさね。あんたが犯した罪を清算させるチャンスをあげるさ」


 罪の清算と言われても、姿を入れ替えたことがどれだけ罪深いことなのか些か疑問が残る。


「あのエルフをこの国に差し出せば今回の行いに関して減刑をしてやろうさね。そのための尽力はウチも惜しまないさ」

「その通りよぉ。さすがはバニシュ。よくおわかりでぇ」

「ありがとうございます」

「いやしかし、それはあんまりでは……?」


 対照的な反応を示すベラルとクリスティーナ。

 聖女達が互いの主張を繰り広げている中、エレナはどう答えようかと返答に悩む。


(いったいどういうつもりで? いえ、これもそのためと思えば……)


 獣人との対立を敢えて煽っていると考えれば多少は納得がいった。しかしどう答えるのが最善なのか、言葉が見つからない。


「やられましたわ。最初からそのつもりで……――」


 ふと視界の中に飛び込んできた人影。多くの神官の中に紛れるようにして居るその顔に覚えがある。


「――……ガルアー二・マゼンダ」


 エレナ自身には直接の面識はないのだが、人魔戦争を垣間見たからこそすぐにそれが誰なのか思い出せた。


(だったらもしかすればモニカ達も)


 嫌な予感がしてならない。


「――……この件に関しましては後程検討するということで」

「ああ。よろしく頼む」


 ようやくこの後のことに関して大筋の流れが決まる。そこで立ち上がるのはクリスティーナ。


「ではエレナ様。申し訳ありませんがまだお帰しするわけにはいきませんので神殿内にいてもらいます。私が案内しますので参りましょう」


 落ち着いた装いでエレナの下へ向かおうとするのだが、言葉を差し込むのはゲシュタルク教皇。


「ならん」

「教皇様? ならん、とは?」

「お前は確かに優秀な聖女になった。だが、ここに至っては私情を持ち込み過ぎる。イリーナの件にしても、間違いなく心穏やかではなかったであろう。そうなれば短い付き合いとはいえ、お前は情に絆されてこ奴らを逃がすやもしれんからな」

「そ、そんなこと……」

「この一件。アスラとベラルの二人の預かりとする。異論は認めん」


 ぴしゃりと言い放った。


「これにて閉廷とする。詳しいことは後に枢機卿団を中心に決定していく。では国王様。参りましょうか」


 審問所をパルスタット王と連れ立って出ていくゲシュタルク教皇。


「何も、できず、か」


 天を仰ぐイリーナ。その表情には後悔が滲み出ている。


「何も成し遂げていないというのに」


 獣人との懸け橋になるどころか、争いの中枢。

 そうしてイリーナ・デル・デオドールが風の聖女の資格を剥奪されることが最終的に決まった。


(これは厄介なことになりましたね。まずは学生達を避難させないと)


 神官の姿に変えていたシェバンニ。


(それに彼女。私のことは敢えて見逃したのか、それとも気付かなかったのか)


 光の聖女アスラ・リリー・ライラックの左右の異なる眼。恐らく魔眼の類い。どれほどの認識力なのか定かではないのだが、自身の事も見抜かれていてもおかしくはない。


(どちらにせよ早く戻らないと)


 そうしてシェバンニは審問所に背を向け、神殿内部へと続く廊下を早足で歩いて行く。



 ◆



 ミリア神殿内部。最奥にある教皇の寝所。


「これでようやく全てが揃った」


 小さく呟くパルスタット神聖国の教皇であるゲシュタルク・バウ・バーバリー。


「あとは条件、器を満たすのみだ。条件さえ揃えば魔王の復活をようやくこの目で拝むことができる」


 部屋の壁に手の平を押し当て、魔力を流し込むと魔方陣が描かれる。ゴゴッと少しの音を鳴らし、左右に開かれていった。

 隠し扉であったその奥には一本の道。


「首尾はどうだガルアー二殿」


 カツカツと歩きながらチラと横を見ると、影からぬッと姿を見せるのはガルアー二・マゼンダ。


「ほっほ。こちらも予定通りだ」

「それは本当だろうな?」

「無論だ。あとは憎悪を大きく膨らませれば問題はない。できれば本人のものが一番良いのだが、それでも既に多くの憎悪が渦巻くこのパルストーンであれば十分に事足りるだろう」

「ならばよい」


 ゲシュタルク教皇が立ち止まり、顎を上げて見上げる先には水音を鳴らしながら壁を流れる滝。その中心に、十字に張り付けられたモニカ。意識を失っている。


「まさかこんな小娘が魔王の器だとはな。間違いはないのだな?」

「当然だ。まだ器が満たされきってはいないが、あの時こやつの中から間違いなく魔王様の波動を感じ取った。ああお懐かしい」

「貴様の感傷などどうでもよい。しかし本当に上手くいくのだろうな?」


 ギロリとガルアー二を睨みつけるゲシュタルク教皇。


「疑り深い方だ。そのために儂らは仕込んでおいたのだ」

「……ふむ。それもそうか。あれから間もなく十五年か……長かったな」

「いやいや、十五年などあっという間だ。そのような刻、微々たるものよ」

「そうか。貴様は千年待ったのだったな。それがこの国だということも因果なものよ」


 ドサッと玉座と見紛う椅子に腰掛けるゲシュタルク教皇。


「これで世界は神によって救われる」


 片肘を着いてゲシュタルク教皇はほくそ笑んだ。



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