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第六百二十五話 眼視

 

 風の聖女、イリーナ・デル・デオドールの審判が行われている審問所。


(なに、この感覚?)


 突如としてナナシーの胸の中に湧く不快感。どこか悍ましさを感じさせていた。


「ナナシー?」


 明らかに表情を変えるナナシーの横顔に疑問を浮かべながら目を向けるレイン。問い掛けようとしたところで光の聖女アスラ・リリー・ライラックが口を開く。


「一つ、お聞きしたいのですが、よろしいでしょうかエレナ王女?」

「なんでしょうか?」


 疑問符を浮かべるエレナに姿を変えたマリンの返答。装いは見事で、何を聞かれようとも答えられる。


「いえ、あなたではありませんよ。マリン・スカーレット公女」

「えっ?」

「なっ!?」


 同時に声を漏らすマリンとエレナ。真っ直ぐにアスラが射抜くようにして向ける視線の先、そこには間違いなくマリンに姿を変えたエレナ。


「それで、質問にお答えして頂けますか? エレナ王女」

「あっ……えっと…………」


 エレナにしては珍しく動揺して口籠ってしまった。

 王女と公女を反対に言う光の聖女アスラの言葉。一体どういうことか理解できない神官たちは口々に会話を交わすのだが、他の聖女達もアスラの言葉の意図が理解出来ずに目を細めている。


「静粛に! 静粛にせよ!」


 僅かに審問所内にざわつきが生じていたのだが、一際大きく声を放つのはエチオーネ大神官。

 その声によって徐々に静けさを取り戻すのだが、それぞれが視界に捉えるのはアスラとマリンとエレナへ。いくつもの視線が行き交う。


「さて。本来であれば審問に関係のないご質問はお控えいただくのですが、アスラ様程のお方がこのような場でそういった行為はされぬということは皆も承知の通り」

「それだとまるでウチがそうじゃないみたいさね」

「そういうところですよ。バニシュ・クック・ゴード様」


 溜息を吐きながら、諫めるような言葉


「さて、アスラ様。先程の真意をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「ええ。構いません」


 そうして先端に魔石を取り付けた錫杖をマリンへと向けた。


「どういう事情かは存じませんが、彼女たちは容姿を入れ替えてこの場に臨んでおります」

「む?」

「ですので、聞きたいことはやはり当人にお聞きしませんと」


 アスラの錫杖の先端にある魔石が光り輝くと、その場が大きな光に包まれる。光が収まるなり、会場内は騒然とした。


「立ち位置が……逆?」

「ということは、ほんとうに入れ替わっていた?」


 魔道具によりそれぞれの姿を入れ替えていたマリンとエレナが元の姿へと戻っている。


「お、おいっ!」

「落ち着いてくださいませレイン」

「け、けどよ」

「黙りなさい!」


 慌てふためきエレナに声を掛けるレインなのだが、制止するようにマリンが大きく声を発した。


「ぐっ……」


 とはいえ、マリンも含めた誰もがレインの動揺は理解している。それどころか内心ではそれぞれ動揺しているのだが、表には出していないだけ。


「これは、マズいわね」


 マリンが呟くのは、審問所内の至る所から疑念の眼差しが自分達へと降り注いでいた。


「ご説明、して頂けますか? エレナ王女?」

「……ええ」


 姿を入れ替えていた魔道具のこと。クリスからの依頼のこと。モニカのことを含めた魔族のこと。果たしてどこまで説明したものかと頭を悩ませる。


「あの眼……」


 どこか見透かされる様な左右の異なる眼。容姿を入れ替えていたことを見抜いたのであろうその眼で見つめられていると、ここで嘘を並べ立てたところで見破られる可能性が浮かんだ。


「実は……――」


 となれば嘘でない程度に真実を述べればいいだけ。この国で探し物をするために姿を入れ替えていたのだと。実際にそれは事実。

 そうして話し始めようとしたところ、ガタンと大きく音を鳴らして立ち上がる姿がある。


「この者達を捕らえよッ!」


 声を発したのはゲシュタルク教皇。それと同時にエレナ達は武装した兵士――神に使える兵士である神兵によって取り囲まれた。


「いきなりなによ!?」

「だめですわモニカ!」


 応戦する為、剣の柄に手を掛けるモニカを制止するエレナ。


「……いいのね?」

「ええ。今すぐ何か危害を加えられるということはありませんわ」


 そんなことをすれば国際問題。しかしこの国は他国であり宗教国家。文化が違う。これまでにしてもそうなのだが、問答一つ次第で最悪の事態を招きかねない。今できることはこの場で力づくで押さえ込まれるという、最悪の事態だけは回避しなければならなかった。


「お待ちくださいゲシュタルク教皇様! まずはあちら側の弁明を受けませんと!」

「いけませんクリスティーナ様!」


 大きく声を発すクリスティーナ。聖騎士リオンが慌てて制止させる。


「クリスティーナ。お前もわかっているだろう。これはダメだ。これが何でもない場であれば多少は酌量の余地はあるが、現在は聖女裁判の場である。神を前にした厳正なこの場、どのような事情があろうとも、互いの姿を入れ替えるなど不浄な精神で臨むことなど許されん。たとえそれが他国の者であろうともな」

「その通りでございます」

「…………」


 悔しさを噛み締めるようにして、クリスティーナは沈痛な面持ちでエレナ達を見た。


「教皇様の言われる通りです。申し訳ありませんが、今は大人しくして頂けますか?」


 表情を変えずにエレナ達へ告げる聖女アスラ。


「わかりましたわ」

「恐れながら意見を申し上げます」


 神兵によってレイン達が拘束されていく中、バニシュが口を開く。


「教皇様。エレナ王女にはこの場に残って頂きませんと」

「……あの件か?」

「ええ。どちらにせよ、これより後にお話しせねばなりませんでしたので」


 抽象的なやりとりであるにも関わらず、何かの意思疎通を交わすゲシュタルク教皇と火の聖女バニシュ。


(あの件?)


 疑問に思いながらクリスがバニシュを見つめていると、振り返るバニシュと目が合い微笑まれた。


「ふむ。構わぬ。ではエレナ王女だけ残して他は連行しろ。無論、逃げられぬようにな」

「はっ!」


 レインとモニカとマリンにナナシーが神兵によって連れられて行く。



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