第六百二十一話 竜の力
深い森の中。トリアート大森林の深部にて木の枝を両腕で掴み、軽やかに木と木を飛び移っては目まぐるしく動き回る少女。身軽さはかなりのもので、森の中が主戦場の居合わせる獅子王族の戦士たちも目を奪われる程。
「……あの娘、また一段と腕を上げたか」
周囲には幾つもの鎧を着た人間が倒れる中、大戦斧の柄を地面に突き刺し、悠々と少女の動きを目で追うバルトラ。S級冒険者。
そのまま視線を逸らしてチラリと見るのは、地面に横たわる人間の鎧に刻まれている土の紋様。
「しかしこの場に聖騎士が踏み込んでくるなど、やはりローズの見解は間違いないようだな」
再び顔を上げるバルトラ。そこには木々を飛び回る少女――ニーナと相対している大槌を持つ大柄な男。
「チッ! ちょこまかとしやがって!」
土の第七聖騎士であるドローネ・ベルバトフ。
「にっひひ。こっちだよぉっと!」
「舐めるな小娘ッ! ならばこれでどうだッ!」
ドローネが槌を地面に叩きつけると激しい地響きを生み出し、大きく爆ぜる。
「んん? 誰もいないのになにしてんだろアイツ?」
しかし次にはその行動の意味を理解した。
「あっ。なるほど。あれ魔剣の類いなんだ」
爆ぜた地面――土の塊がふよふよと中空で漂うなりすぐさま先端を尖らせる。
「土の弾丸ッ!」
「んぎゃ!?」
驚き目を見開くニーナ。高速で飛来する土の塊はどすどすと木々に突き刺さった。
「ふわぁ。っぶなぁ。思ってたより速かった」
慌てて木の幹を背にして回避する。
「チッ。上手く躱したか。しかし次はそうはいかない」
再びドゴンと槌で地面を叩くドローネ。次に生み出されるのは巨大な塊。
「へぇ。あんなことできるんだ。おもしろぉ」
魔眼で捉えるドローネが持つ槌。解析したところ、ドローネの持つ魔力と連動していた。魔力と掛け合わせた魔具。
「手伝おうか?」
ニーナへと問い掛けるバルトラ。その言葉を受けたニーナは小さく口角を上げる。
「じょーだん。あんなやつあたし一人で十分だっての」
「ふむ。ならばこの場は任せた」
ニーナとドローネの戦いに背を向け後方へと歩き出すバルトラ。
「あれ? どこいくの?」
「こそこそと覗いている者がいるのでな。そっちに行こう」
「んー?」
ドローネ達が踏み込んで来た時から感じていたどこか絡みつくような視線。不穏な気配。
バルトラが向かう方角へニーナは手の指で輪を作り覗き込むように魔眼を凝らす。
「あれ? これってもしかして魔族?」
ここ最近、特に人魔戦争を垣間見て以降、魔眼で見とおせる精度が向上していた。その眼で視たところ、見覚えのある瘴気を伴う気配が漂っている。
それは紛れもない魔族の魔力。
「何を余所見していやがる?」
「ありゃ? こっちも?」
まるで相手にされていないことにぶるぶると肩を震わせているドローネ。ドローネの地面から浮かび上がるのは瘴気。
「んん? どういうこと? 聖騎士が魔族なの?」
「やはり貴様らは許せん。あの小僧よりも先に貴様を殺してやらねばならないようだな」
「え? え?」
直後、ブワッとドローネより噴き上がる瘴気の渦。
「あれれ?」
どういうことなのか、ニーナの理解が追い付かない中、突然生じた周囲の事態に恐れ慄くのは獅子王族の戦士たち。
「ど、ドウいうことだ?」
「コイツラ、アンデッド化していやがる」
辺りをキョロキョロと見回す。
倒したはずのパルスタットの騎士達が起き上がってはドローネと同じようにして黒い瘴気に包まれていた。その肌はぼろぼろと崩れ落ち、腐敗していた。目には生気が宿っていない。
「ぐうぅぅぅぅ」
「ガアッ!」
だらりと腕を下げたかと思えば、次には獅子王族の戦士たちへと一斉に襲い掛かる。
「アッ……アぅ……アア…………し、シネ」
「く、くそっ!」
突如として巻き起こる死人による攻撃。それまでにニーナとドローネ以外の戦いは終戦していたのだが、ここに至り、再び戦火を生み出した。
「ってことはだよ? ねぇ、おっちゃんは魔族なの?」
「…………」
木の枝から地面へと飛び降りるニーナ。
「でもなんか魔族とはちょーっと違うんだよねぇ」
「…………」
しかしドローネは無言。ギロリと殺意を以てニーナを睨みつけるのみ。
「答えてくれないんだぁ。だったらその身体に聞くしかないみたいだ――ねッ!」
踏み込みながら、ぎゅんッと眼を黄色い縦長にするのは竜人族の眼。一気に加速させる。
「ぬあっ!?」
想定外の速度で踏み込まれたドローネは足払いを掛けられる。
地面に背中を着き、後頭部を打ち付けた。
「ごはっ!」
直後、大きく呻き声を上げる。
「うぼっ!」
次にはドゴンと踏み抜かれる腹部。
「ぐっ、ぐぅぅっ……――」
「あのさぁ。これでも一応怒ってんだよねぇあたし」
「――……こ、この力はいったい……? き、貴様……――」
驚きに目を見開くドローネ。
「――……ま、まさか貴様もあのお方のような御力を頂いているとでもいうのか?」
「なに言ってんの?」
踏みつけていた足をのけると、右腕をドローネの首へと伸ばす。
「ぐあっ!」
グッと片腕でドローネの首を掴むなりニーナは持ち上げる。
「ご、ぐ、が、がはっ」
「あたしにわかるように言ってくれないかなぁ? だいたいそれ質問に答えてないし。早く答えないと首の骨へし折るよ? あんたが魔族と繋がってんのは視たらわかるんだよねぇ」
ジッと竜の眼と化した魔眼を凝らす。目の前で苦悶の表情を浮かべているドローネが魔族と繋がりがあるのは間違いない。




