第六百十九 話 先代の陰り
集まっているのは七族会の族長全て。盟主を務める獅子王族の他に赤狼族、黒狼族、イヌ耳族、ネコ耳族、兎人族、馬王族。
今でこそ七族会により互いの不利益になるような行いは話し合いを持って解決を図られているが、同じ獣人同士であっても大昔には敵対関係にあった。気性は種により大きく異なっており、好戦的なのは赤狼族に黒狼族に馬王族。反対に争いを好まない穏健派なのがイヌ耳族とネコ耳族と兎人族。そのどちらをも有し、頂点に位置しているのが獅子王族。
「でも、シンさん達がまさか獣人の人達の依頼を受けていたなんて」
七族会による会合が開かれている間、ヨハン達はシン達ペガサスと共に家の外で待っていた。
「ああ。いや、俺らも迷ったんだがアイツがな」
くいッと親指を向けるのは木にもたれ掛かっているジェイドへ。姿のないバルトラはニーナに誘われて獅子王族の戦士達と一緒に森へ木の実採取や夜行性の動物の狩猟に向かっている。
「ジェイドさんがどうかしたんですか?」
「元々ジェイドとバルトラは馬王族の血が入っている」
「へぇ。そうなんですね」
「っつってももうだいぶ薄いみたいだけどな。獣化もできねぇし、見た目人間とそう変わんねぇさ」
現在の四人で組む前は元々シンとローズの二人組。それが旅の途中、ジェイドとバルトラの二人と出会ってなんだかんだの末にパーティーを組むことになっていた。
「まぁそんな感じで、メトーゼからの依頼もあってこっちに来たんだけど」
獣人との共生をしているメトーゼ共和国。パルスタット神聖国にしてもメトーゼ共和国にしても獣人に対する扱いが目に余ることはあるのだが、パルスタット神聖国のここ最近の様子は深刻を極めているのだと。
「それが実際に来てみれば想像以上だったので、多くの人が住むこの森で護衛をしていたの」
イヌ耳族をローズ。ネコ耳族をシン。兎人族をバルトラ。馬王族をジェイド。赤狼族と黒狼族は人間の護衛はいらないと断っていた。
「けど、今回はちょっとばかし厳しいな」
シンが視線を向ける族長の家屋。現在、中では族長会議が開かれている。
「それはやっぱり昨日のことが原因なんですか?」
「いえ、それももちろんありますが、昨日のことが決定的だったに過ぎません」
「レオニルさん?」
「もうあなた方もご存知だと思いますが、昨日のことだけではありません。もう何度となく獣人はひどい目に遭わされています」
元々獣人の多くが人間の社会で対等な関係を築けていない。それでもここまでいくらか上手く付き合って来られたのは風の聖女の存在。獣人の血を引く者が聖女という特別な存在になるということから。伴って風の部隊の大半にも獣人の血が入っている。
(あの時代に解決されつつあった問題が時間をかけて再発しているのか)
人魔戦争を追体験したからこそレオニルの言葉はより理解できた。蔑まれていた獣人達がどう人間と手を取り合ってきたのかを。
「ただ、もう我慢の限界に来ています。それに、先日フォーレイで焼き殺されたのが赤狼族の族長の血縁者なのです」
その中でトドメとなったのが先日の出来事。赤狼族を始めとして黒狼族と馬王族が人間とは手を切り、それどころかむしろ支配すれば良いと言い出す始末。これまでの扱いに対する報いを受けさせるべきなのだと。しかしその考えに異を唱えているのがイヌ耳とネコ耳と兎人族。まだ何か方法があるはずだと。
「父の判断次第で今後の方針が決まります。しかし、それもどうやらこれまで通りとはいかなく、かなり厳しいですね。私のことも父は尾を引いているでしょうし」
表情を落とすレオニル。複雑な事情が絡み合っているのは見て取れた。
「あの、一つお聞きしていいですか?」
「はい。どうぞ」
「どうしてレオニルさんは風の聖女を引退したんですか?」
見た目歳を取っているというわけでもなさそう。こう言ってはなんだが、先代水の聖女テトは年老いたことが引退の直接的な原因なのだろうということは推察できるのだが、今の話を聞く限り、先代風の聖女レオニルに限ってはどうにもそうではなさそう。
「それは……――」
思わず視線を彷徨わせて口籠るレオニル。
「それはこの娘のせいで先代火の聖女が死んだからだ」
ゆっくりとヨハン達へと歩いて来るジェイド。
「ジェイドさん?」
「おいおい。そんなはっきりと言うなよな。すまんねレオニル。コイツも悪気があるわけじゃないんだ」
「いえ、かまいません」
「それって……」
視界に捉えるレオニルの悲し気な表情。
「ジェイドさんの言う通りです。私は当時あそこから逃げました。結果、私のせいで先代火の聖女、コリアンダは亡くなりました。本当であれば、私がそうならなければいけなかったのですが」
まるで取り繕うかのような、儚げな笑みを浮かべた。
「それで、イリーナを次の聖女に就けた後、逃げる様に帰って来たのです。ですので、恐らく父の判断は……――」
視線を向ける中、突如ドゴンと大きな音が響き渡る。
「んだ?」
「ちょっと待って」
ローズが魔力探知を行おうとするのだが、それよりも早く魔力探知を行うのはレオニル。
「…………どうやら敵襲のようですね」
「わかるんですか?」
「これでも先代風の聖女です。森の中のことであるならば尚更」
より感度が上がる。
それにより先日の異常を感じ取ってローズ達に現場に向かってもらっていた。
「でも敵襲って」
「この反応は、恐らく人間。それも聖騎士のようですね。しかし悪しき波動も感じられます」
「えっ!?」
驚き困惑するヨハンに対して、レオニルの言葉に顔を見合わせるシンとローズ。
「さてっと。いくか」
「そうね」
ジェイドも含め、ザッザッっと迷うことなく歩き始める。
「行くってどこにですか?」
「敵襲だぜ? 勿論そいつのとこじゃねぇか。そのために俺らはいるんだよ」
「お主は手を出すな。事態をややこしくするだけだ」
「そうね。その方が良いわね」
相手が聖騎士ともなれば尚更。
「あの……」
おずおずと手を上げるレオニル。
「どうかしましたか?」
「非常に申し上げにくいのですが、その話でしたら既に手遅れかと……」
上目遣いにヨハンとカレンを見た。
「さっき一緒にいた桃色の髪の少女、彼女がその場に居合わせているようです」
「「えっ!?」」
「それで、恐らくですが、彼女は交戦状態に入っているかと思います」
レオニルが捉える魔力反応が凄まじい。あのような少女でどうしてこれだけの反応を見せるのか不思議でしかないのだが、大きな反応はもう一つ。そちらはバルトラのものと推測できる。他に捉えるいくつかの小さな反応のそれはよく知る仲間である獅子王族のもの。
「……どうするのよ」
「…………――」
カレンに問い掛けられるのだが答えが見つからない。そもそも状況が読み取れなかった。
「――……見てから考えましょうか」
苦笑いしながら答える。
「ちっ。しゃあねぇな。だったら一緒に行くか」
「お願いします」
そうしてシン達に付いて騒音響く場所へと向かった。




