第六十一話 誤算と混乱
シェバンニの誤算、それは黒い鎧の剣士の暴走。
彼はあくまでも障害の一つとして立ち塞がるだけであったのだが、あろうことかその全員を全滅に追い込もうとした。
「つっても俺誰も殺してねぇぜ?」
「そうですね、ですからこちらも様子を見るしかなかったのですよ」
ここで重要だったのは、この剣士が誰一人として殺していなかったということ。
傷を負った学生は全員無事なのはシェバンニもわかっていた。
「せっかく実戦形式の試験なんだ。強敵に対峙したら死の恐怖ぐらい持ってもらわないとな」
「まぁあなたの言うことにも一理ありますよ」
黒髪の剣士は個人個人の力を的確に見極め、その力を微妙に上回る程度に力を出していたのだという。
シェバンニもそれを認め、それが可能な程の眼と力があると述べた。
「ですが、限度というものがありますよシン」
そこでシェバンニは再び黒髪の剣士、シンをきつく睨みつける。
「あなた、途中から誰も逃がす気なかったでしょう?」
「あっ、やっぱバレてた?」
悪者を演じていたら悪ノリしてしまったようで、地下四階に来た学生を誰一人逃がすつもりがなかったようだった。
「えっと、つまり僕たちは試験として試されていたということに間違いはないんですよね?」
「まぁ形式上はそうなります。一応は、ですが。それでも試験として一定の評価はしていましたよ」
例え乗り越えられない障害だとしても、それはそれで評価をしていたのだという。
「それはわかったけど、俺あんときの殺気、本気に感じたんだけど?」
レインは戦いを振り返り、一番危機に瀕した際のことを思い出した。
その時感じた殺気を伝える。
「殺気って?…………ああ、君は確かあの時闘気を使った子か。闘気を使ったのは初めてか?」
「あ……ええ、はい」
「そうか、そうか初めてだったか。それにしてはかなり使いこなせていたけどな、まぁまだまだ全然足りないけどな」
「えっと……」
レインは思わず困惑する。
「あぁ、ごめんごめん、殺気のことだな。うん、あの時に限ってはあの状態で本気の殺気だったよ?」
「……は?」
「いやぁ君たちが思っていたよりずっと強かったからさ。メンゴメンゴ」
シンが本気の殺気だったとあっけらかんと言い放ったのでレインは思わず身震いした。
「お、おい!じゃああの時、闘気を纏えなかったら俺はどうなってたんだ!?」
「へっ?そんなのもちろんおっ死んでるよ?当たり前じゃん」
シンは悪気を感じている様子がない。さも当然のように言う。
「いやぁさすがに僕もそれはどうかと思います」
「ええ、試験官としては不合格ね。私もレインが死ぬのを覚悟したし。そもそも死なさないように調整していたのでしょう?」
一歩間違えばレインは死んでいた。
驚愕の事実を聞かされる。
「はっ!そんなの全部お前らが悪いんじゃん!お前らが俺の予想以上に強かったせいじゃん!挙句に全員闘気まで使いだすとか。ハハッ!血が滾るってもんだ!」
高笑いを上げて悪びれもなく言い放った。
途端にバコンと鈍い音が響く。
「お前が悪い!この子たちはまだ学生だっつの!」
「いや、だってこの子達が―――」
再びバコンと音が響くとシンは涙目になっていた。
ローズがシンの頭を何度となく叩く。
言い訳をする度に何度も軽快に、その手付きは叩き慣れていた。
「――はぁ。もうわかりましたわ」
シンとローズのやり取りを横目にエレナは呆れながら口を開く。
「レインが死にかけたのはいいとしまして、教頭?この方々は一体どなたでしょうか?」
「おい、俺が死にかけたのはいいってどういうことですかい!?ねぇエレナさん!?」
「いいではありませんの、結果的に生きていたのですから」
「えっ?そういう問題じゃなくね?これ試験だよね?試験で死んでたかもしれねえんだよ?」
「そのおかげで闘気まで扱えるようになりましたのに?」
「うぐぐぐ、だがな――」
言い負けてしまうのだが、果たしてそれでいいものなのか。
「まぁまぁ、とりあえず続きを聞こうよ。レインの話はまた後でっていうことで」
「お前までぇ」
涙目になるレインを余所にシェバンニに話を聞く。
「ああ、この子らのことだがな―――」
「いえ、シェバンニ先生、ご挨拶は自分達でします」
シェバンニが口を開いたがローズが制止する。
そして片膝を地面に着いて頭を垂れた。
「お初にお目にかかります、エレナ王女。私たちはS級冒険者を務めております『ペガサス』です。私はローズといいます」
「そ、ほんで今回条件付きでこの試験に参加させてもらったってこと。で俺はシンってもんだ」
赤髪の女性ローズと黒髪の剣士シンは自分たちをS級冒険者パーティーのメンバーだと名乗る。
突然の自己紹介に一同は驚きに包まれた。
「は?ペガサス!?あの?」
「ちょっと待って、頭が痛くなってきたわ」
「そっか、だからあれだけ強かったんだ…………」
「だとするといくらか納得はできますわね」
S級冒険者と名乗られたことの証明は先程の実力の高さで十分。
わからないことはどうしてS級冒険者が自分達の試験に参加していたのか。
しかし、ヨハン達以上に驚き目を見開く者がそこに四人。
ユーリとサナにアキとケントだった。
この部屋に来てから口を開くことができずに黙って聞いていることしかできない。
自分達の想像の遥か上をいく話が展開されている。
試験内容はもちろんのこと、見知らぬ男女が突然S級冒険者だと名乗るのだから。
どうしてこの場にS級冒険者がいるのか疑問を抱くのだが、それを誰も否定しない。つまり信じられないことなのだが恐らく事実なのだろうと受け入れるざるを得ない。
しかしそれだけでは収まらない。
「あのね、ユーリ?」
「なんだサナ?」
「私の聞き間違いかな?さっきあのローズって人、エレナさんのことを王女って呼んだ気がしたのだけど?」
「奇遇だな。俺にもそう聞こえたぞ?」
アキとケントはもう固まって動けない。
そのS級冒険者が膝を着いてエレナを『王女』と呼ぶのだから。
あの戦いを振り返り思い出す。
自分達を遥かに凌駕するヨハン達の強さ。
「(えっと、エレナさんが王女様で、目の前にS級冒険者がいて、これは試験で、ヨハンくんたちがS級冒険者の人と互角に戦って、ヨハンくんのパーティーにエレナさんが王女さまでいて、でも私達もここで話を聞いていて――――)」
頭が混乱で埋め尽くされる。
「…………もう私何がなんだかわからないよぉ」
この四人が全てを受け入れるのに要した時間は相当なものだった。




