第六百十六 話 光の聖女
ヨハン達がトリアート大森林でローズと久しぶりの再会を果たしたその頃。
首都パルストーンでは広がる騒動の中、モニカ達はミリア神殿へと呼び出されていた。
「こうして顔を合わせるのは二度目ですね」
呼び出された場所は光の聖女、アスラ・リリー・ライラックの光の塔。四大聖女の塔とは別にミリア神殿の中央に大きく聳える塔の最上階。
謁見の間も相当な神々しさを醸し出していたのだが、ここもまた同等かそれ以上。部屋の中を静かに水が流れている。
「急にお呼び立てすることになって申し訳ありません」
赤と青の異なる眼球――オッドアイと呼ばれる目でモニカとエレナを見ていた。
アスラの背後には全身鎧を着た騎士が二人立っている。アスラの聖騎士である二人は兜によって顔が見えないのだが、醸し出す気配は圧倒的な強者。
「彼は、いないのですね」
「彼、ですか?」
その場にいるのはエレナとマリン。その後ろにレインとモニカにサイバルとナナシー。それにミモザとアリエルがいる。
「ええ。ヨハンという、あなた達のリーダーです」
「ヨハンさんは、少し外せない用事がありますので本日はお越しになっておりません。申し訳ありませんわ」
「いえ、それは構わないのですが、先日バニシュ――火の聖女があなた達に神罰を加えようとしたことについて少しお聞きしたかっただけですので」
光の聖女アスラも既に聞き及んでいるそのやりとり。
「わたくし達が呼ばれたのは、先日の出来事についてお話しさせて頂く、そういうことでよろしいのですわね?」
「ええ。居合わせた方以外も既に聞いていらっしゃるかと思いますが、少し厄介なことが起きましたので、少しでも参考になるような情報が欲しいのです。それに、聞けば偶然バニシュの昔馴染みもいらっしゃるとか」
視線をミモザとアリエルの二人に向けるアスラ。ミモザとアリエルは頭を下げる。
「とはいえ、彼女は火の聖女。あなた方の知っている頃とは異なります。それに、彼女の意見には静観して頂く必要がありますので、その辺りは予めご理解くださいませ」
「ええ」
「無論承知している」
五大聖女は国家の最高決定機関の一角。それに元国民であり知り合いとはいえ、他国の王女の護衛である身分の自分達が口を出すことなどできはしない。
「ご理解頂けて何よりです。では後ほど」
そうして光の聖女アスラ・リリー・ライラックとの短いやり取りを終えてその場を後にする。
◆
「ねぇエレナ。念のために入れ替わっておく?」
「そう、ですわね。その方が無難かと」
マリンとエレナ。互いの身に起きたことは報告し合ってはいたのだが、大森林で実際に事態に遭遇したのはマリンの姿になっていたエレナ。目撃証言をするのであれば、齟齬が生じないように再び入れ替わる方が望ましい。
「にしても、こんなことしてる場合じゃないんだけどな」
「しょうがないじゃない。それに、なんか変な感じするんだよねぇ」
「変な感じってなんだよナナシー」
レインの言葉に疑問符を浮かべるナナシー。
「いや、なんかここに着いてから視線を感じることが多いの」
神殿内部では特に。神官から多くの視線を感じ取っていた。
「そりゃあエルフだからじゃねぇの?」
「それはそうなんだけど……――」
稀少種族であるエルフ。人間の世界にいれば視線を集めることもしばしば。
「――……イリーナ様もエルフなのに?」
となれば、レインの言葉は理由になり得ないのではないか、と。
「とにかく、警戒は怠らないようにしますわよ」
ゴンザの目撃情報がある以上、これらの事態に対して魔族の関与が否定できない。
(いったい、何が起きていますの?)
考えを巡らせるエレナ。
自分達がパルスタットを偶然訪れた時に起きた事態なのか、それとも何かの策謀に巻き込まれているのか――もしくは、魔王の器であるモニカが関係しているのか。断定できずにいた。
(封魔石、アレのことがもう少し調べがつけばいいのですが)
シェバンニとサナに託している。
漆黒竜グランケイオスが生み出した四つの魔宝玉。魔力を蓄積させるその技術を基に造られたのが封魔石。魔力の遮断及び制御。世界樹の成り立ち。
当時の技術を駆使して作られたのだが、当時は確立された属性は四属性のみ。光と闇は未知の属性。仮定の話だが、それらを加えれば呪いの解呪とまではいかなくとも封印を強化できるのではないかというのがエレナの見解。
(光の聖女アスラ・リリー・ライラック、ですか。彼女にもう少しお話を聞ければいいのですが……――)
有している能力を簡単に話してくれるとは思わないが、光の聖女の名を冠する以上、必要な情報があるかもしれない。
(――……しかし、問題はありますわね)
ここまでの様子を見る限り、水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウンも、先代水の聖女テトも自分たちへの極秘裏の依頼を話していないということ。他のどの聖女に対しても同じ。
(今回の一件をみるに、誰が味方なのか判断できない状況、といったところでしょうか)
それは光の聖女であっても例外ではないのだと。
(そんなことを見ず知らずのわたくし達に依頼……――)
と考えたのだがすぐに否定する。
(――……いえ、そんなことになっているからこそ、わたくし達に依頼をしたのでしょうね)
藁にも縋る思い。だからこそクリスティーナは国外視察の際の厳正な審査を受けてシグラム王国への使者団になることへ手を上げていたのだから。




