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第六百十三話 翡翠の精霊石

 

 突然の襲撃による混乱の結果、ユリウス達は襲撃者を見失っていた。捜索するも深く広大な森の中。どこにもその姿はない。


「申し訳ありませんバニシュ様。取り逃がしました」


 落雷によって燃える巨木をサナが水魔法によって消火しており、ユリウスがバニシュに謝罪している。


「いや、かまわんさ。こういった場所だ。そういうこともあるだろう。これよりは被害の確認と帰還を優先するさね」

「はっ!」


 怪我人の搬送と周囲の状況把握及び以後の対応に切り替えていた。


「ねぇヨハン。どうしてさっき止めたの?」


 モニカにそっと耳打ちされる。


「えっとそれは、あの人たちは僕たちを倒すことが目的じゃないってわかったからだよ」

「……どうして? それにその口振りだと――」


 疑問符を浮かべるモニカ。


「しっ!」

「もがっ」


 あの攻防の最中の無言のやり取りを悟られるわけにはいかない。特にバニシュを始めとした火の部隊は先程の襲撃者を獣人だと見ているのだから。窮地に立たされた仲間を救けに来たのだと。


「むー、むぅー、むうぅー!」


 口を塞がれるモニカは息苦しさから身悶えしていた。


(あの人たちは獣人じゃない。さっきのはあの人たちだ)


 そう判断する材料にはもう一つあった。それは鋭い一筋の閃光を迸らせたのとは反対側。動き回っていたもう一つの影。まるで風と火の部隊に向かって倒れるように薙ぎ倒された一本の木。


(あの剣筋、間違いない)


 木を切り倒すためにザンッと振るわれた斬撃。陽動に見せかけただけで実際的には攻撃の意思がなく、ただ木を切り倒しただけ。それは自身に何かを伝えようとしているのだと。


「ぷはっ! はー、はー、ちょ、ちょっとヨハン?」

「あっ、ごめんモニカ」


 いつまでも口を塞がれていたモニカは顔を赤らめながら荒い息を吐く。


「どうしたの? 真剣に何か考えていたみたいだけど?」

「また後で話すよ。今はまだ……――」


 ジッとこちらに視線を向けているバニシュ。視線の意図は理解できないのだが、この場に於ける方針は大森林を抜けて首都パルストーンへと戻ることに決まっていた。


(――……とにかく、今はイリーナさんが無事だったんだから)


 最低限の目的の達成。十分ではないにしても、それでも襲撃者が飛び込んできたおかげとはいえ、今ここで風の聖女イリーナが誅殺されるという状況は脱することができていた。



 ◆



 ゆっくりと浮上する小型飛空艇。乗っているのは大森林へと向かった時と同じメンバー。


「あの仮面の襲撃者のおかげで助かった」


 風の聖女イリーナ・デル・デオドールの嫌疑が晴れたわけではないが、バニシュの裁定は一時保留となっている。


『よろしいのですか?』

『ああ。あれだけの者が仲間にいたのだ。ウチらを嵌めようとしたのならウチらはとっくに殺られていたさね』


 赤狼族の仲間を助けに来ただけだというバニシュの見解。自分達に必要以上の攻撃を加えなかったのは、想定外の戦力――ヨハン達がいたおかげだと目されていた。イリーナの部隊の動きにはとても思えなかったことと獣の仮面。伏兵として予め身を潜ませていたのであればもっと他の方法があったはず。恐らく後発の獣人(あちら)の味方。

 一時撤退され、戦力を整えられて増援を引き連れて来れば、場所は多くの獣人が住む大森林。地の利は向こうにある。下手をすれば全滅。

 そのため、結果的にイリーナは一度ミリア神殿へと連行されることとなっており、イリーナ自身もその判断に意を唱えることなくバニシュたちとその場を後にしていた。


「それにしても、あなた役に立たないわね」

「…………」

「やめなさいモニカ。彼にも事情があるのよ。それに彼がいなかったらこんなに早く追い付けなかったわ」

「そうですわモニカ」


 リオンに向けられるモニカの言葉。庇う声を掛けるカレンと同調するマリンの姿をしたエレナ。

 最初からリオンが手を出せないということはわかっていた。どう転ぼうとも相手が聖女であり、リオン自身は聖騎士。聖女に手を出すことなどできはしないのはもちろん、相手は他の部隊。多少強引とはいえ、バニシュのような神罰でも用いなければ到底適わない。


「彼、どうやら複雑な家庭環境みたいね」

「僕が聞いた話では落ちこぼれって言われてましたけど、でも聖騎士まで上り詰めてはいます」

「……そぅ。蔑まれて育っていたのね」


 カレンもそれにはいくらか共感できた。自身も蔑まれて育ってきたのだから。


(ティア……また会えるよね?)


 いつかまた会えるかもしれない。そう言って別れたのが最後。

 セレティアナという理解者がいたから辛い時期も笑顔で過ごせていた。回想するように思い出を振り返りながらカレンはそっと胸元にある翡翠の精霊石を握る。


(そういえば、あの時……――)


 初めてモニカと会った時、セレティアナが残した手の中にある精霊石が大きく光り輝いていた。


(――……思えばあの時、ティアは魔王の器のことを伝えようとしたのかもしれないわね)


 他に何かあるのかもしれないが、でなければ光り輝いた理由が説明できない。


「カレンさん?」

「あっ、ごめんちょっと考え事をしていたの」

「それ……」

「え?」


 小さくカレンの胸元を指差すヨハン。どうしたのかと視線を胸元に落とすと握っている手から微かに光が漏れている。


「ティア?」


 ゆっくりと握りを解いていくと、翡翠の精霊石は小さな光を一直線に伸ばしていた。


「この方角は?」


 すぐに途切れている光は何かを指し示すかのよう。


「ミリア神殿?」


 カレンとヨハン、二人して翡翠の精霊石が差す方角に目を向けると、そこは首都パルストーンであり、もっというなら最奥に聳える神殿を差しているように思えた。


(どういうことティア? あそこに何があるっていうの?)


 意味もなく指し示すとは思えない。モニカに会った時に輝いたことを思えばモニカに起因するのかと。

 そうしてカレンがチラとモニカに視線を向けると、モニカと目が合う。既に翡翠の精霊石の光は収まっていた。


「ねぇカレンさん?」

「えっ? あっ、ど、どうかしたの?」

「ううん。そんなに心配しなくても大丈夫、って言いたくて」

「モニカ…………」


 ニコッと笑みを浮かべる様は本音であり本音でないのだと。その心情は察せられる。


「何かこちらに来ますわ」


 エレナの声に対して眼下に視線を向けると、そこには二頭の翼竜がヨハン達の乗る小型飛空艇へと向かって来ていた。



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