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第六百十  話 トリアート大森林

 

 リオンによると、向かう場所は首都パルストーンから東に向かった先にあるトリアート大森林。多くの獣人がその中で集落を築いているのだと。


「それにしても、今年はとんでもない誕生日になりそうね」

「ですわね」

「そっか。モニカとエレナ、もうすぐ誕生日だもんね」


 五日後と六日後には十五の誕生日を迎える二人。成人の証でもあるエレナの十五の歳は、王女であるエレナの卒業と同時に王都で生誕祭をすることになっていた。在学中はあくまで学生の身分であるため、国を挙げて王族としてのそういった催しは控える方針。


「ねぇモニカ。体調に変化はないのよね?」


 カレンが問い掛けると、モニカは腹部に手の平を当てる。


「ええ。大丈夫よ。特に違和感もないもの」

「……そぅ。ならいいわ」


 カレンの問いかけの意図はリオン以外全員が共通認識していた。

 モニカの成長と共に魔王の覚醒が近付いているのだから。それは世界樹の輝きにしても、ヨハンが聞いたガルアー二・マゼンダの言葉、器が満たされるということにしても同じ。


(とにかく、早くしないといけない)


 いつまでも悠長にしているわけにもいかない。

 今は何ともなくとも、いつ変調をきたすとも限らない。まだ何も解決していない。


「ヨハンさん。それに関しては少し調べがつきましたの」

「え?」

「あの封魔石。アレに関する資料が僅かではありましたが残されていましたの」


 図書を調べている間に見つけたもの。魔法に関することにしても、特定の分野に関する研究――特に飛空艇にしてもそうなのだが、シグラム王国よりもパルスタット神聖国の方が進んでいた。確認できた資料によると、かつて魔法の研究をしていた大国の技術を流用しているのだと。国名こそ伏せられていたが、それが人魔戦争時代のグラシオン魔導国家だということは推測できた。


「何をのんびり話している。見えたぞ」


 前方を注視していたリオンが真っ直ぐに指差す方角。地上に降りて平面状に見れば間違いなく圧巻の巨木の数々。これでもかという程に木々が密集している広大な森。大森林。


「……どこだ」


 見下ろすのだが、木々が遮り地面が見えない程。どこに何があるのかということが全く分からない。


「カレンさん、何かわからないですか?」

「ちょっと待って……――」


 微精霊を用いた感知能力。

 自然が多くある大森林には多くの微精霊が存在している。


「――……あそこ」


 その中で明らかに微精霊がざわめいているのを感じられた。


「リオンさん、あそこに向かって」


 カレンが示す方角。大森林の中でも比較的手前の方角を指差す。



 ◆



 木々が密集している中でも僅かに開けた場所を見つけ、なんとか飛空艇を下ろした。


「どっちだ?」

「こっちよ!」


 まるで方向感覚を失ってしまう場所であってもカレンには正確に感じ取れる。

 微精霊の反応を感じ取りながら向かうと、すぐにその場に到達した。


「あら? 誰かと思えば坊やとリオンじゃないさね。それにシグラムのお嬢ちゃんたち。いったいこんなところでどうしたんだい?」

「いえ、彼らに大森林を案内していたところです」


 前もって話し合っていた口実。

 獣人との境界線でもある大森林をヨハン達に案内していたのだと。加えて、大森林で採れる貴重な薬草や食草を探しに。そうして偶然この場に居合わせたのだと。


「それよりバニシュ様。この状況はいったいどういうことでしょうか?」


 その場いる多数の人物。火の聖女バニシュ・クック・ゴードは民衆より神獣と崇められる火の蜥蜴、サラマンダーを既に召喚しているだけでなく、バニシュが率いる火の部隊が風の聖女の部隊である翼竜部隊を取り囲んでいた。


(あの人、あの時あそこにいた)


 ヨハンが視線の先に捉えるのは赤狼族の戦士。フォーレイの町で拘束されていた獣人の内の一人。他にも見慣れない五人の獣人がいるのだが、翼竜部隊と同じようにして取り囲まれている。テトの言っていた通りの状況。


「お前には関係ないリオン。早々にそいつらを連れてこの場を立ち去るがいい」

「……兄さん」


 リオンの前に立って冷たく言い放つリオンの兄、ユリウス・マリオス。風の第一聖騎士。


「おいおいユリウス。いくら出来損ないとはいえ、血の繋がった兄弟じゃないさね。あまり邪険に扱うものではないさ」

「このような者、弟であることすら我がマリオス家の恥です。テト様の恩情により水の聖騎士に就いているとはいえ、クリスティーナ様が不憫でなりません」

「ぐっ……」


 悔しさを露わにしながら歯がみするリオン。言い返そうにも言葉を持ち合わせていない様子。


「あの?」


 そこで口を開いたのはマリンの姿をしたエレナ。


「どうかしたさね? お嬢さん?」

「あっ、いえ。少し立ち入ったことをお伺い致しますが、よろしいでしょうか?」

「…………――」


 目線を周囲に走らせるバニシュは僅かの思案の後に笑みを浮かべる。


「――……それはこの状況のことでいいのかい?」

「はい。状況を見るに、火の聖女であられるバニシュ様が風の聖女様の部隊を取り囲んでいるように見受けられますので」

「その通りさね」

「バニシュ様」

「別にいいではないかいユリウス。隠したところでどうせクリスティーナを通じてこの子らも耳にするだろうし。それに、この後の処遇を考えればこの子らも無関係ではないのだからね」


 ユリウスは瞑目すると、後方へと下がった。


「……わかりました。バニシュ様の意のままに」

「うん。ユリウスは察しが良くて助かるよ」


 ニコリと笑みを見せるバニシュはそのまま風の聖女イリーナへと顔を向ける。


「さて。思わぬ介入があったが、話を続けようさね。この状況、何か反論する気はあるのかい?」

「無論あるに決まっている。私達は彼らと共謀などしていない。むしろその反対だ」


 赤狼族を差すようにして手を広げるイリーナ・デル・デオドール。

 赤狼族と共謀してフォーレイの町を襲撃したという罪。


(あの言い方だと濡れ衣を着せようとしているのか? でもどうして?)


 これがバニシュの独断なのか、それとも誰かの指示によるものなのかということ。とにかく今はこの状況を見送るしかない。下手に他国の事情に介入することはできない。


「ふむ。それもそうさね。確かにこの状況ではそう言い繕うしか残されていないからね」

「貴様ッ! 言わせておけばッ!」

「やめろゲンガっ!」


 ダンッと勢いよく駆け出す赤狼族の戦士の一人。同族が止める言葉を無視して大きな斧を振りかぶってバニシュへと襲い掛かる。


「ぐあっ!」


 しかし斧が振り切られることなく、ゲンガと呼ばれた獣人は槍で一突きにされていた。

 槍を繰り出していたのは火の第三聖騎士ガウ・バードリー。


「野蛮な行いにはそれ相応の罰が起きるよ」

「お怪我は?」

「もちろんないさね」

「よくもゲンガをっ!」


 仲間を殺されたことで激昂する赤狼族の戦士たち。


「ポッカ! オレはもう我慢できねぇッ!」

「死ねぇッ!」

「だあっ!」

「よせっ! クエルガ! バン! ドネア!」


 一人その場に残される男、ポッカは冷静に状況を見極めていたのだが、慌てて行う制止も間に合わず仲間達は駆け出す。


「フンッ」


 スッとバニシュの前に立つユリウスはガウ・バードリーと並び立ち、騎士剣を抜いていた。

 しかし、その場に割って入る様にして飛び込むのは四人。


「ほぅ。どうして邪魔をする?」


 ユリウスの前で響く鋭い金属音。


「どうしてって、そんなの決まってるじゃないですか……――」


 ヨハンは突きを繰り出そうとしていたガウ・バードリーの槍を左手に握り、ユリウスの剣を自身の剣を以てして受け止めている。


(ごめんなさいミモザさん)


 内心でここにはいないミモザへの謝罪。あの時は他国の事情に介入しないように言われていたのだがそうもいかない。例えテトから受けた依頼によってここに来ていたのだとしても、もうそういったことを抜きに、止めに入らずにはいられなかった。


「――……いきなりこんな場面に出くわしたら止めに入りますよ」

「ヨハンの言う通りよ」


 呆れながら声を放つモニカ。

 ヨハンの背には三人の女性。モニカとカレン、それにマリンに姿を変えているエレナが獣人達の動きを止めている。


「なるほど。それはつまり神の意に背くということを理解しているのだな?」


 冷たく底冷えのする声。同時にパチンと小さく聞こえる音。


「例えミモザの知り合いだとして関係ないさね。愛の下に神罰は下される」


 次の瞬間、サラマンダーの口腔内から業火が吐き出され、ヨハン達へと迫っていた。



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