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第六百九  話 緊急依頼

 

「ごめんサナ、無理言って」


 サナと一緒に着いた場所はテトの住まいのある浮島。水魔法に長けたサナに船を動かしてもらっている。レインはマリンの護衛の交代の時間の為に神殿へと向かっていた。


「でも私も一緒でもいいのかな?」

「しょうがないよ。事情はちゃんと説明するから」

「うん」


 そうしてサナと二人テトの家のドアを開けて中へと入る。


「失礼します」


 家の中に入るとすぐさま視線をヨハンへと向ける先代水の聖女テト。チラとサナに視線を向けるのだが、問い掛けることもなくヨハンへと視線を戻した。


「急用って、何があったんですか?」


 ヨハンの言葉を受けたテトは僅かに顔を俯かせる。


「つい先刻、報告があった。火の聖女バニシュ・クック・ゴードが大森林へと捜索に出た、とな」

「捜索?」

「ああ。風の聖女イリーナ・デル・デオドールをだ」


 明らかに深刻な表情を浮かべながらテトは視線を彷徨わせた。


「もしかして、イリーナ様が行方不明になったのですか?」


 問いかけに対して、テトは僅かに躊躇するように、ゆっくりと口を開く。


「……いや、違う。恐らく目的はイリーナへの神罰……お前達にわかるように言えば誅殺ということになるだろう」

「えっ!?」


 その言葉に思わず耳を疑った。サナは微妙に首を傾げている。


「ねぇヨハンくん、誅殺って? ひどく物騒な言葉みたいだけど?」

「……殺すってことだよ。罪を犯した人を」

「!?」


 驚き困惑するサナは手の平を口に当てる。


「ででで、でもどうして!? 風の聖女様は何か悪いことでもしたの!?」

「……わからないよ」


 誅殺といっても、どのような罪があるのか。先程神罰と口にしたことからして、それがパルスタット教の教義に沿って行われるのだということは理解できた。しかしわからないのはそれが同列の風の聖女に行使されようとしているということ。


「現在イリーナは赤狼族との友好関係を築きに出ておる。正確に言えば不戦協定を改めようといったところだが」

「それって、この間のフォーレイの町のことですか?」

「そうじゃ。そういえばお主はその場にいたのだったな」

「はい」

「ならば火の者の残虐さを知っておろう? いや、言葉が過ぎたな。迷いのない判断とも言うべきだろうか」

「……はい」


 思い出されるそのやり取り。そこには慈悲も容赦もなく、ただただ己の信じる教義のままに神罰という名の行為を下していた。


「でも、イリーナ様は不戦協定を改めに行ったんですよね?」


 それがどうして罰せられるのか。むしろ逆ではないのかと。


「……これは推測でしかないが、色々とタイミングが良すぎる。いや、この場合は悪すぎるといった方がいいのか」

「もしかして、イリーナ様に獣人の血が流れていることが関係していますか?」


 状況的に察するに、好戦的な獣人族である赤狼族に対して誰が一番効果的に話し合いを進められるのかという事。先日翼竜厩舎を訪れた時も獣人の姿は何人も見られた。


(だとすれば、共謀を疑われているということ?)


 その可能性が脳裏を過るのだが、テトは小さく息を吐く。


「聡いな。その通りじゃ。とにかく、細かい話は後じゃ。今はすぐに向かってくれ」

「わかりました。でもどうやって……――」


 場所もわからなければ土地勘もない。それに火の聖女が向かったとなれば使用しているのはあの地蜥蜴。あれだけの速度に対して今から向かって追い付けるのか。

 そもそもとして、向かったところでどういう対応を要するのか今の状態では判断がつかない。


「テト様っ!」


 考えていると、勢いよくドアが開かれる。

 飛び込んできたのは水の聖騎士リオン・マリオス。後ろにはカレンとモニカにマリン。


(あれはエレナだね)


 街の方に聞き込みに動いていた三人。普通の学生として過ごしながら街の様子や変わったことがないかと。伴って国立図書館にてパルスタットの歴史書や魔法に関する諸々の研究資料に目を通して呪いに関する解明のヒントになりそうなものを探していた。そのため今現在、本物のマリンはエレナの姿をして神殿にいる。


「お前はヨハン? それとキミは……――」


 リオンは見知らぬ少女サナに視線を向けるのだが、すぐに首を横に振った。


「――……今はそれどころではないな」

「リオン。アレをお前に貸そう」

「わかりました。すぐに準備します」

「ああ」


 テトとリオンの二人で首を縦に振る。


「アレって?」

「こっちだ。ついてこい」


 そうしてリオンに連れ出されたのは家の裏側にある大きな空間。

 リオンは倉庫のような建物の鉄製の扉を押し開いた。


「これで向かう」

「これは……」


 一目で見てわかる。それが小型の飛空艇だと。人数としてはそれほど多く搭乗できそうにはないのだが、それでも今居る人員ぐらいは十分に乗れるほど。


「私も一隻持っておるのだ。初期の頃の試作品なので今のと比べると大した性能ではないがな」

「ではいくぞ」


 すぐに乗り込むリオン。続いてヨハンも乗り込むのだが、僅かに足を止めるのはマリンの姿をしたエレナ。


「どうかしたの、マリンさん?」

「テト様」


 エレナが振り返った先には疑問符を浮かべているテト。


「なんじゃ?」

「これは先日受けた依頼とは別の依頼になりますわよね?」


 鋭い眼差しを向けられ、テトは僅かに思案する。


「ん? 確かにそうではあるな」

「でしたら、もちろん見返り――つまり報酬は頂けますわよね?」

「貴様っ! この非常時に何を言っている!?」

「非常時はそちらの事情でしょう? こちらは間接的に巻き込まれているだけですわ」


 テトが自分達に応援を出した理由も何となくだが推測できた。内部の事情――不穏な気配が感じられる中では頼れる者も限定されるのだろうと。


「ですので、通常の依頼と異なる用件を受けたらそれに見合う報酬を頂くのは冒険者として当然ですもの」


 エレナの言い分にも理解はできるのだが、しかしそれを今ここで口にする理由。恐らく駆け引き。


「わかった。何を所望する?」

「テト様!?」

「そやつの言っておることは至極当然じゃ。彼女らは教徒ではないのだ。こちらの思惑外の動きをする。だからこそそれに期待したのではないのか?」

「うぐっ……」


 思うところのある様子のリオンはそれ以上言葉を発さない。


「時間がない。はよう申せ」


 エレナは目線を背後の小型飛空艇に向けた。


「こちらからの要求は、成果に応じてこの飛空艇の秘密。動力に関する部分の情報を開示してくださいませんか?」

「なっ!?」


 エレナの提案にリオンは驚きに目を見開く。


「そんなことできるわけないだろうッ!? これは国家機密だぞッ!?」

「ですが先程の話は、十分それに見合う案件だと考えられますが? 国家の最高機関である五大聖女、その一角の進退、それも生死を分かつほどの処遇なのでしょう? となればこちらはそれに首を突っ込むわけですので対価としては正当だと思いますわ」

「し、しかしだな……――」


 リオンもマリン――エレナの言っていることに反論できないでいた。確かにその通り。


「もっと他の要求でも」

「わかった。考えておこう」

「テト様っ!?」

「落ち着けリオン。そやつは先程成果に見合った、と言ったのじゃ。つまり、それだけの成果が上げられるかどうかによる。上げられないようであればそれで終わりじゃ」

「その通りですわ」


 意地悪く笑みを浮かべるエレナ。


「し、しかし、もしこいつ等が大した成果も上げずに権利だけ主張してこれば」

「その時はこうじゃ」


 腕を大きく上方に振り上げるテト。同時に浮島の周りを囲んでいた水が一斉に渦を巻いてすぐさま上方へと舞い上がり、いくつもの水の竜巻を巻き起こした。


「パルスタット神の教えに沿うて適正でない虚偽の報告には神罰を下そう。このわたしが直々にな」

「……わかりました。テト様がそこまで言われるのでしたらこれ以上は何も言いません」


 気勢を失くしたリオンは大きく息を吐いて小型飛空艇へと乗り込む。


「さて。後は頼んだ」

「ええ。スカーレット家の名に懸けて嘘は申しませんわ。それと、出来得る限りの最善を尽くしますので」

「うむ」


 そうしてテトへと背を向けるエレナ。


「……凄いねエレナ」


 小さく耳打ちすると、エレナは小首を傾げた。


「そうですの? せっかくの機会ですもの。適性な報酬を先に提示させて頂いただけですわよ?」

「確かに国家の案件に首を突っ込むのであればあれぐらいは必要よ」


 カレンもエレナの言い分には一定の納得を示している。

 元々貿易――空輸に関しては不利な条件を強いられていた。しかしシグラム王国でも飛空艇の開発に成功すれば条約をいくらか緩和できる。


「ほんとこういうところ抜け目ないわね」


 モニカも一連のやり取りに感心を示していた。


「今度教えて差し上げましょうか? モニカにも覚えておいてもらえると助かりますもの」

「結構よ。私はそういうのに興味ないもの」

「そうですか。残念ですわ」

「何をのんびりしている。お前達がいないと動かないのだ。早くしろ」


 動力を流す操舵席の前に立つリオン。試作品としての飛空艇はある程度の魔力をその場で込めなければならない。


「ここでいいんですか?」

「ああ。さっさとしろ」


 リオンに言われるがままの場所、円柱に手の平を乗せて魔力を送り込む。


(これは……中々…………)


 ぎゅんッと勢いよく身体の中から魔力を吸い上げられるような感覚。

 魔力に反応すると、小型飛空艇はゆっくりと浮上していった。

 一人その場で飛空艇が飛び立っていくのを見上げるテトは口元を緩める。


「リオンの手前、ああしたが恐らくその必要はないだろうな」


 成果に応じて情報の開示。リオンはそれを不利な条件と受け取っていたがテトとしては真逆。成果を上げられなければ情報の開示は要求されない、と。



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