第六十 話 結末
黒いローブの何者かは凄まじい炎の魔法をその黒い鎧の剣士にぶつけた。
余りにも突然の出来事に呆気にとられるのだが、それだけでは終わらない。
その爆炎が晴れる前に、立て続けに黒い鎧の剣士が立っていた場所に手をかざす。
パキパキと音を立てて大きな氷柱を発生させた。
氷柱の中を見ると黒い鎧剣士が見事に埋まっている。氷漬けだった。
それはあっという間の出来事。
あまりにも予想外の展開にキズナは呆然とする。
「…………えー、これはどういうこと?」
困惑した表情のモニカが問い掛けたのだが、誰も答えられない。
「あの鎧剣士を攻撃しましたわね」
「ってことは味方か?」
「ちょっと意外な展開だね」
黒いローブの何者かはキズナの方に身体を向けるとゆっくりと歩いて来る。
「こっちに来る!?」
鎧剣士に向かい攻撃をしたとはいえ、警戒心を最大限に高めそれぞれ身構えた。
「あー、ごめんなさい。戦うつもりはないからそんなに警戒しないで?」
黒いローブの何者かが声をかけて来る。
その声から判断できるのはどうやら女性のようだ。
「ということは味方なのか?」
「あー、あー、えーっと、非常に申し上げにくいのだけれど、どちらかというと、あっちの鎧男の味方……かな?」
そこには先程まで見せていた圧力は感じられない。
薄く口角を上げるとそこでフードを脱ぐ。
見えた顔は赤い髪の綺麗な女性だった。
レインは思わず見惚れてしまう。
「どういうことですか?」
「詳しい話はとりあえず後でしましょうか。ねぇシェバンニ先生?」
「「「「えっ!?」」」」
思わず四人の声が重なり、女性が向けた視線の方向を見る。
「仕方ありませんね。やり過ぎたのはこちら側…………というか彼ですね。あなたが止めに入らなければもう少しで私が止めに入るところでしたよ」
誰もいないその場のはずなのだが、マントを脱いだシェバンニ教頭が姿を見せた。
そこへユーリとサナが慌てた様子で走ってくる。
「お、おい、一体どうなってるんだ?突然爆発したかと思えばあの鎧のやつが氷の中に埋もれているじゃないか!あれは誰の魔法だ!?」
「ヨハンくーん!無事で良かった!本当に良かった!!」
サナは泣きながらヨハンに抱き着く。
「ちょ、ちょっとサナ?ほら、この通りピンピンしているよ」
「ヨハンくーん」
泣きじゃくるサナを見るモニカもエレナも、こればっかりは仕方ないと顔を見合わせて息を吐いた。
「あのねユーリ、僕たちにもなにがなんだか…………」
実際わけがわからない。
困った顔をしてユーリを見るのだが、そこでエレナは小さく溜め息をつく。
「事情は先生方がご存知のようですわ。もちろんきちんと説明して頂けますわよね?シェバンニ教頭?」
エレナは何かを察したのかシェバンニ教頭をきつく睨んだ。
「まぁ話はあとでしますよ。それよりもまずは他の学生たちの救護です。先生方お願いします」
詳しい話を何もされないまま、救護をすると言うと、ローブの女性が現れた道から学校の先生が何人も駆けつけて来た。
すぐさま傷付いた学生達をテキパキと治療していく。
「では動ける人は……八人ですね。ではこちらに来てください。ああ、その前に――――」
シェバンニはローブの女性を見た。
「ローズ、お願いします」
「はい、先生」
シェバンニは女性をローズと呼ぶ。
ローズと呼ばれた女性は魔法力を練り、氷柱に手をかざすと氷柱が砕け散った。
黒い鎧剣士が氷柱から前のめりに地面に落ちる。
地面に落ちた拍子で兜が脱げ、兜の中から顔を見せたのは黒髪の男。
「ぁいててててて…………やぁ、はじめまして」
おどけた様子で手を挙げていた。
黒髪の男はかなり若く見える。
それからシェバンニに案内されたのは奥に繋がる道。
その道の奥には小さな部屋があり、石で出来た台座が置かれていた。
台座の上には小さな宝石が散りばめられている。
恐らくこれが試験で持ち帰る宝石だったのだろうというのは何となく理解できた。
近くには魔法陣が敷かれており、転移魔方陣のようで学校と繋がっているという説明をあとで聞いた。
部屋に案内されたのは、ヨハン、レイン、モニカ、エレナ、ユーリ、サナ、アキ、ケントの一学年八人とローズに黒い鎧の黒髪の若い男の二人。
「さて、と。何から話しましょうか。あまりにも呆れすぎて物も言えません」
「おいおい、シェバンニ先生よぉ、ちゃんと説明してやってくれよー」
「おだまりなさい!」
冷やかしを浴びせる黒髪男にシェバンニは厳しい視線を向ける。
シェバンニの怒声に一同はビクッと身体を硬直させ、黒髪男と目が合った。
黒髪男は片手を縦に上げて申し訳なさそうに片目を瞑る。
「――はぁ、私も責任の一端を担っているので説明責任を果たさなければいけませんね」
そう言ってシェバンニは今回の事の顛末を語った。
結論から言えば、この黒い鎧の剣士はキズナの為に配置されたのだった。
他の学生たちにはある程度の身の危険を感じさせて、その際の対応を見るという。
この地下四階に至る迄には遭難したものや命の危険に晒されたものはその場ですぐに強制的に試験を終了させられていた。
気配を消す特殊な魔道具と簡易転移魔方陣によって学内に連れ戻されていたのだという。
地下四階に辿り着いた学生はこの黒い鎧の剣士が立ちはだかり、未知の強敵に遭遇するという段取り。
彼我の力の差を見て逃げたものはすぐに試験終了。
別に逃げることは悪いことではない。それもまた一つの判断。
力の差を見極められず立ち向かったもの。それも一つの判断。
時には勝てない敵に立ち向かわなければいけないこともある。今がその時かどうかはまた別の話なのだが、時には今回のレインのようにこれまで以上の力を引き出すものもいる。
「(なんちゅう試験用意しやがんだよこのババア)」
シェバンニの話を聞いてレインは苦笑いしかできない。
「あの、先生?」
「なんでしょう?」
「どうにかすれば僕たちはあそこをくぐり抜けることが出来たのでしょうか?いえ、僕たちだけでなく他の学生もそうなんですけど…………」
とてもそんな風には思えない。
ユーリ達の顔を見ると、ユーリ達も同じ疑問を抱いている様子だった。
「そうですね、最大の誤算はそこでした」
ここで今回の試験最大の問題が起きた。
シェバンニは呆れた表情をする。




