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第六百八  話 大きな翼竜

 

「しっかしニーナの嬢ちゃんよぉ、シグラムから移籍してうちに入らねぇか?」

「えー? やだよ。はははっ、くすぐったいって」


 翼竜厩舎で成体の翼竜に顔を舐められているニーナ。隣には風の第二聖騎士であるニック・ワーグナー。狼の顔。


「んー。けどなぁ。こんだけ竜に好かれるやつも珍しいんだけどなぁ」


 片肘を着きながら呆れるようにして見る。


「ムリムリ。諦めやニック。確かにうちの大将もニーナが入れば嬉しいだろうけど、この子はそんな簡単に首を振らないって」


 ニックの背後に立つ女性は風の第三聖騎士カルー・ベルベット。特徴的なのはその猫耳。


「ウチもニーナの勧誘をしたけど全くだったからねぇ。この子は竜を好きだけど、それ以上にお兄ちゃんを好きなんだとさ」

「そっか。色物好きのうちの聖女様なら喜んで受け入れてくれるんだけどなぁ」

「それはウチもそう思うよ。けど、この子にその気がなければ意味がないよ」

「しっかしこれだけ竜に好かれるのに好きな奴がいるだなんて可哀想なもんだ」

「他の騎士達が羨ましがってたからねぇ」


 尚も片肘を着きながら溜息を吐くニック。


「そりゃそうだよなぁ。ほんと勿体ねぇ。それに嬢ちゃんならもしかしたらアイツに乗れるかもって思ったんだけどな」

「それは無理があるんとちゃうん? いくらニーナでもアイツは一筋縄じゃないって」

「いいや、わかんねぇぜ」


 これだけ連日のように訪れては接するどの翼竜にも好かれるなど見たことも聞いたこともない。


「あいつ?」


 二人の会話に首を傾げるニーナ、


「ああ。うちの誰も乗ることができない暴れん坊なんだが、会ってみるか?」


 ニックの言葉を聞いた途端目を輝かせるニーナ。


「会いたいっ!」

「ニックぅ。大将がいないのにそんなこと言ってもいいんかい? それにどうせ無理だって」

「そんなに凄いの?」


 疑問符を浮かべて首を傾げるニーナ。そのニーナにカルーは意地悪く笑みを浮かべる。


「ウチの第一聖騎士のカイザスどころか大将でも懐かなかったんだよ?」

「ふぅん」

「だからカイザス達が帰ってきた時に驚かせてやろうぜ」


 ニッと笑みを浮かべるニック。

 そうしてニーナを連れて厩舎の奥にある一番大きな檻へと案内した。


「――……うわぁ。おっきいねぇ」


 ニーナも思わず見上げる大きさ。これまで触れあっていた成体の翼竜が幼体に思える程。


「……グルゥ」


 檻の中の翼竜は見慣れない少女をギロッと僅かに眼球を動かして視界に捉えるのだがすぐに目線を逸らす。


「どうだい嬢ちゃん?」

「んー……――」


 後頭部に両の手の平を回すニーナ。


「――……嫌われてはいないみたいだけど、興味もないみたい」

「わかるん?」

「なんとなくだけどね」

「「…………」」


 その言葉を聞いてニックとカルー共に呆気に取られた。


「竜人族ともなると、やっぱ俺らとは感覚が違うみたいだな」

「みたいやね」

「ねぇ、この子のどこが暴れん坊なの?」


 次には顔を見合わせる。


「それはまぁ、コイツには何人もケガさせられたからさ」

「そんな風には見えないけどね」

「だが事実だ。ただ、それにもちょっと理由があってな。どうにもうちの聖女様によると、コイツに認められないといけないんだとよ」

「……ふぅん」


 元々翼竜に騎乗するには信頼関係が重要。だからこそ幼体から世話をすることで信頼を築ける。翼竜を恐がると、敏感な翼竜はそれを捉える。

 通常と異なる大きさで生まれたこの大きな翼竜に風の騎士団は大いに沸いた。誰の目に見ても明らかな特別な翼竜なのだが、誰も乗れなかった。誰も乗せようとしなかった。

 そうなると団の中ではこの翼竜を恐がる者も現れる。誰も乗れないのであれば処分しようという声も上がる程。

 しかし、その声を一蹴したのが風の聖女であるイリーナ・デル・デオドール。


『ダメだ』

『ですがコイツは危険です!』

『おいおい。どこをどう見て危険って判断したのだい?』

『そんなの誰が見ても――』

『違うね。コイツは自分を乗り回そうとした者だけを振り落とした。私も含めてね。けど、それ以外では世話もされれば空に放ってもきちんとここに帰って来る。つまり、ここが自分の居場所だと認識しているのさ。頭の良い竜だよ。だから、こいつを必要以上に畏れる必要などないさ。他の竜と同じようにこれからも世話してやりな』

『『…………』』


 その言葉を聞いて団員の視線が大きな翼竜に集まる。


『それに、もしかしたら、待っているのかもね』

『待っている?』

『ああ。自分が乗せるに値する人物を』


 その場に居合わせたニックとカルーも思い出せるイリーナの言葉。ニーナであればもしかしたらその可能性があるのではと思い連れて来たのだが、そっぽ向かれたこの様子だと望みは薄い。


「大きな翼竜かぁ……。じゃあギガゴンってとこだね」


 見上げるニーナは一人呟く。


「ギガ、ゴン?」

「うん。大きなウイングドラゴンだからギガゴン」

「なんて安直な……けどどうして急に名前を?」

「だって大きな翼竜とかアイツとかコイツとか、特別だって言う割には名前もないんでしょ? だったら名前ぐらい付けてあげたいじゃない」

「ん、まぁ確かに言われてみれば嬢ちゃんの言う通りだな」


 翼竜騎士の大多数は相棒である翼竜に名前を付けている場合が多かった。それは風の聖女イリーナも同様。しかし名付けは普通跨る騎士が付けるものであり、跨る者のいないこの翼竜に名付けをした者はいない。そのため、一時滞在にしかないニーナが仮名を付けたところで特に問題もない。


「しかしギガゴンなんて名前でいいのかよ」

「まぁ誰も名付けてなかったからいいんとちゃうん」

「しっかしなぁ……」


 腕を組み悩むニック。イリーナもカイザスもいない。そこまで勝手をしていいものなのかと考えながら大きな翼竜を見上げると、僅かに目が合う。


「ん?」


 珍しいことなどあるものだと。ニック自身もこの個体と目が合うなど数えるほどしか記憶にない。ほぼこれまで相手にされてこなかった。


「ニック様!」


 ふとその場に響く大声。


「どうした?」


 突然一般の騎士が慌てた様子で駆け寄って来る。


「あの様子だと、何かあったんとちゃうんかな?」


 カルーの予想通りではあるのだが、事態はニックもカルーも全く以て想定していなかったこと。


「大変です! イリーナ様に謀反の疑いが掛けられています」

「は?」

「え? どういうこった?」


 片膝を着いて、騎士が慌てた様子で口を開いた。


「それが、トリアート大森林に出向いているイリーナ様ですが、どうにも先日の赤狼族と密会していると、神殿内部で噂になっております」


 フォーレイの町を襲撃した獣人族である赤狼族。火の聖女バニシュ・クック・ゴードが対応した事態。


「……そうか。わかった。あとのことは任せてお前達は業務に当たっておいてくれ」

「はっ!」


 足早にその場を後にする騎士。


「まぁそういうわけだ嬢ちゃん。今日のところはこれで帰ってくれ」

「うん。なんだか大変そうだよね」

「最近は特に風当たりが強いからねぇ」

「じゃあまた遊びに来るね」

「ああ。入団したくなったらいつでも歓迎するぞ」

「あはは。それはないって。じゃあギガゴンもまたね」


 そうして手を振り、その場を後にするニーナの背を見送るニックとカルー。


「――……さって。うちの聖女様のお迎えにいきましょうかい」


 翼竜に跨り、出発の準備をする二人。


「だね。うちの大将はほんと嫌われもんだよ」

「ギガゴンみたいにか?」

「ははは。ちょっと近いかもね」


 バサッと大きく翼を動かして大空へと駆けて行った。



 ◆



 翼竜厩舎を後にするニーナは何度も首を捻っている。


「おっかしいなぁ。あそこには絶対なんかあると思うんだよねぇ」


 ただ遊びにいっているわけではなかった。確かに翼竜と触れ合うことは楽しいのだが、目的は忘れていない。


「あの()な感じ、絶対魔族が関係してるはずだよ」


 明確に分かっているわけではないのだが、不穏な気配は確かに翼竜厩舎の内部に感じられる。


「ま、わかんないこと考えてもしょうがないよね。あーギガゴンに乗って空を飛び回ってみたいなぁ」


 空を見上げながら、あの大きな翼竜に跨ればどれだけ気持ち良いのだろうかと考えながら宿へと戻っていった。



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