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第六百四  話 閑話 アイシャの過ごし方②

 

 セリスが開いた扉の先の光景に戸惑いつつも思わず目を輝かせるアイシャ。


「なに……ここ?」


 大きな部屋の中、中央である目の前には大きな大理石のテーブルがあり、奥にはいくつもの炉。壁にぶら下がるようにしてかけられているのは数種類の金属製の手鍋等の調理器具。厨房。


「す、ごい」


 それだけに留まらないのは、明らかに高価な食器も収納されており、流石は大貴族と言わんばかり。それに下品な物は何一つなく整理整頓された状態で行き届いている。


「あなた、お料理が得意なんですって?」

「え? はい、そうですけど。それがどうかしましたか?」

「やっぱり何も聞いていないのですね」


 プンスカと怒っているセリスの仕草は、アイシャ自身も自分で言うのもなんだが年相応だと思えた。


「あのですね、これからここを使ってあなたが作った料理を振る舞って欲しいの」

「えっ!?」


 突然の話に驚きを禁じ得ない。


「わ、私が?」

「ええ。アイシャさん、あなたが」

「そ、そんな恐れ多いです。とてもセリス様のような大貴族様に食べて頂けるようなものでは」

「そんなこと、食べてみないとわからないじゃないですの」

「で、ですが……――」


 目線を逸らすアイシャ。いきなり料理しろと言われてもできない。

 厳密にはできないこともないのだが、大貴族のお嬢様のお口に合う料理を作れるのかどうかの自信がない。


「その様子だと、やっぱり自信がありませんのね? それとも実は料理が下手だとか?」

「……そんなこと」

「となると、帝国の方達は王国民に比べて舌が未発達のようですわね」


 溜息を吐いたセリスは、次には流し目をアイシャに向ける。不快感を得る中でセリスはさらに小さく口角を上げた。その仕草を見るなりアイシャはピクッと反応を示す。


「――……そんなこと」


 思い返すガトーセボンを訪れる常連のお客の顔。確かに高級店のために富裕層の人達が大半ではあるが、それでも人柄の良い人たちばかり。


「あーあ。せっかく美味しい料理が食べられると思ったのですが、下手くそでしたら仕方ありませんわね」

「そんなこと……――」

「いいですわ。今回は諦めますの」

「――……そんなことありません! 確かに私はまだ未熟ではありますけど、私の料理をはっきりと美味しいと言って頂いております!」


 突然のアイシャの大声に対してセリスは小さく笑う。


「そうでしたか。それは失礼致しました。それでも私に振る舞えないということは、やはり帝国の料理の方が王国より質が落ちる、そういうことでよろしいのですわね?」

「違いますっ! 王国の料理と帝国の料理には確かにいくらか違いはありますが、それはまた別の問題です! 帝国の料理も決して王国の料理と比べても引けは取らない自負は十分に、いえ十二分にあります!」


 ダンッと手の平で勢いよく胸を叩く。


「未熟な私のことは何と言われようとも構いませんが、あの人たちの笑顔に嘘はないと、私は断言します! あの笑顔を見ていないあなたに否定はされたくありません!」

「では、その笑顔を作り出せる料理を今ここでお披露目して頂けますか?」

「もちろんです!」

「はい。決まりですね」


 笑顔のままパンッと軽く手の平を重ね合わせるセリス。


「…………あ」


 先程までの意地の悪そうな笑みが姿を消し、次には無邪気な笑みが姿を見せた。


「楽しみですわ。カサンド帝国の料理を一度食べてみたかったのですが、どうせ食べるなら美味しい方が良いですもの。では私は食堂で待っていますわね。あとで案内の者を寄こしますので」


 楽し気な表情を浮かべながら厨房を出ていくセリス。


「……や、やられた」


 パタンと閉まるドアを見届けながらその場で一人取り残されるアイシャ。


「つい挑発にのってしまったじゃない。あんな安っぽい挑発に」


 これが仮に孤児院の他の子に言われたのであれば料理で黙らせればいいだけ。実際自分の作る料理をマズいと言うのは一部のひねくれ者だけなのは知っていた。影では美味しいと言っていたとこっそり他の女子が教えてくれている。

 それがつい初対面の高飛車な貴族子女に言われたことで腹を立ててしまったと。しかし一連のやりとりを思い返すと、確実に全て計算づく。


「なんなのよあの子」


 あれだけ綺麗に着飾ろうとも、上品な顔立ちをしていようとも、やることがまるで計算高い悪女。


「……どうしてこんなことに」


 確かに時間は持て余していたのだが、こんなことをする為に王都に来たわけではない。


「…………はぁ。めんどくさいわね。どうして私がお気楽貴族の道楽に付き合わないといけないのよ」


 盛大な溜息を吐くと同時にドアの方角から声が聞こえてきた。


「あの?」


 思案に耽っていたところ、思わずその声にビクッと肩を震わせる。


「せ、セリスお嬢様?」


 いつの間にかセリスが戻ってきてドアの隙間から顔を覗かせていた。今の独り言を聞かれていないかと心臓が鼓動を高める。


「言い忘れていましたが」

「は、はいっ!」

「食材や食器は好きに使って下さいませ」

「あ、ありがとうございます」

「ではよろしくお願いします」

「は、はいっ!」


 ゆっくりとドアが閉まろうというところでチラと隙間から目が合うセリスとアイシャ。


「そうそう。お気楽貴族の道楽に出される料理がどのようなものなのか、楽しみにしていますわね」


 ニヤッと笑みを見せ、パタンとドアが閉まった。


「や、やっぱり聞かれてたぁぁぁぁ」


 顔面蒼白。このままではパルスタット神聖国から帰ってきたヨハンに迷惑を掛ける事になる。つまり、こうなったら手抜きなどできようはずがない。美味しいと言わせるしかない。


「い、いいわよ。だったら覚えてなさい。目にもの見せてやるんだからねっ!」


 ギラッと目を光らせ、あの余裕の顔を驚きの色に染めてやるのだからだと決意する。

 そうしてどのような食材があるのか確認していった。



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