第六百二 話 聖女の系譜
「そういえば、一つ聞いておきたかったのだけど」
「ん?」
帰り道、二頭の地蜥蜴に跨るのだが、行きとは別で無理をさせて駆け付ける必要もないのでゆっくりと進んでいた。
「なにさね?」
「ううん。どうしてバニシュが聖女になったのかってことが気になって」
ミモザの記憶にある少女バニシュは、気は強いが信心深いわけではない。聖女ともなれば神の代行者。あのバニシュがどうして聖女になったのか。
「…………ウチは、あの日の記憶がほとんどないのだけど、これだけは覚えている」
「これだけって?」
「あの忌まわしき屋敷の地下には地下空洞が広がっていたのさ」
「地下、空洞?」
「ああ。あのままあの場所に留まっていれば間違いなく死んでいたさね」
燃え盛る屋敷に一人取り残されたところ、床が崩壊して地下空洞に落ちていた。半死半生の状態だったのだが、生にしがみついた。
「その時さね。ふと声が聞こえて来たのさ。それで、どういう道を辿ったのかはわからないが、なんとか地上に出たところを土の聖女と光の聖女に救われた」
遠くを見つめるバニシュ。その表情からはいくら他の聖女が同列とはいえ、尊敬の念を抱いているのが見て取れた。
「でも、それがどう関係するの?」
「アスラ様は神の声が聞こえるさね」
「……ふぅん」
「ミモザさん、神の声って?」
「ほら、この間話していたじゃない。神託のことよ。まぁもう一度教えてあげると、パルスタット教の考え方ね。聞こえる人には聞こえるという。それで、教皇や聖女は神の代行者。神官はその補佐。要は神託と呼ばれるその神の声を民衆に伝えているの」
「ああ。実際アスラ様は唯一真の神託を受けられるさね」
「へぇ。真の神託、ですか。じゃあバニシュ様も聞いたことあるんですか?」
「一度だけさね」
フッと軽く笑うバニシュ。
「さっき話した地下空洞、その時に聞こえたのが神の声なのだとアスラ様はおっしゃられた」
助け出された際にそのことを光の聖女に伝えたところ、バニシュには神託を受けられる素質があるのだと。その結果、聖女見習いの一人として土の聖女の下で修業をしており、後にその素質を開花させて、火の聖女として就くことになったのだと。
「土の聖女様の下にですか?」
ふと疑問が浮かんだ。違和感という程ではないのだが、先日聞いた話とは別の内容。
「ああ。それがどうかしたさね?」
「あ、いえ。クリス――じゃなかった、クリスティーナ様は先代水の聖女に指名を受けたと言われていましたので」
「本来は確かにその通りなのだが、次代の聖女を担うにも幾らか方法があるのでね」
そうして聖女になるための道順を聞く。
基本的には当代の聖女が次代の聖女を指名するのだが、中には例外もあるのだと。不慮の事故や重病を患った際などに当代聖女が次代の指名をしない場合に起きる。そういった有事の際には他の聖女が該当聖女の適性を判断することがあった。その他には教皇や各聖女の派閥である枢機卿団による推薦もあるのだが、優先順位としては下位に属する為にそれらを用いられることはほとんどない。
「じゃあ先代火の聖女様は?」
「ウチも話に聞いただけだが獣人に殺されたのだと」
激化していた獣人との抗争に巻き込まれる形で命を落としたのだと。そのため、後継を指名することが適わなかったので代理人として他の聖女がバニシュを指名したのだった。
「そうだったんですね」
それももう十年程昔の話なのだと。
そうした中で、現在の聖女で最古参が土の聖女ベラル。次に光の聖女アスラ。そして火の聖女バニシュ。次いで風の聖女イリーナとなっており、最後に水の聖女クリスティーナの順に就いたのだと。
「質問はもういいかい坊や」
「あっ、じゃああと一つだけ」
「どうぞ」
「あの第一聖騎士のユリウスって人なんですけど」
「ユリウスがどうかしたさね?」
「いえ、クリスティーナ様の聖騎士を務めるリオンさんと同じ家名なんだなぁって」
「ああ。そういうことかい」
納得した表情を浮かべるバニシュ。
「それはそうさね。ユリウスとリオンは実の兄弟さね」
「やっぱりそうだったんですね」
「だが……――」
僅かに眉を寄せ、指を一本立てるバニシュ。
「――……ウチのユリウスは優秀な聖騎士だが、弟のリオンは出来損ないさね」
「出来損ない?」
「クリスティーナと仲良くしているのに聞いてないのかい」
「まぁ……はい」
「ユリウスの家系は聖騎士の家系でね。その中でユリウスは歴代でも最優秀と呼び声の高い聖騎士なのだが、弟のリオンは落ちこぼれともっぱらの評判だったのさ」
「でも」
「ああ。それを先代水の聖女テト様が拾い、聖騎士まで育て上げたのさね。あのリオンやクリスティーナを育てたテト様の育成の評判はウチらの界隈では有名さね」
「そうなんですね」
「ただし、耐えられたら、の話らしいがね」
誰彼なしに育成できるものではない、と。先日のリオンの先代水の聖女に対する反応が逃げ腰だったのもなんとなくその辺りに起因しているのだと理解した。
「じゃあリオンさんは相当努力したってことですね」
「したのはしたのだろうね。あの落ちこぼれが聖騎士になれたのだから」
「はい。凄いと思います」
想像でしかないが、元々の素質があったのだろうが、それでも血の滲む努力があってこそなのだろうと。
「しかし……――」
そう考えていると、バニシュは続けて口を開く。
「――……テト様も人が悪い。いくらなんでも自分の跡を継ぐ聖女に落ちこぼれをあてがうのだから。どうせだったら風にすればよかったのに」
「え?」
そう確かに呟いた声が聞こえて来た。




