第五百九十九話 蜥蜴部隊
大きな平原を、広範囲に土煙を上げて疾走しているいくつもの姿。
「へぇ。意外と上手いもんだね」
火の聖女バニシュ・クック・ゴードは地を這う一際大きな蜥蜴の背に跨りながら背後を見ては感心していた。
「凄いですねミモザさん」
「でしょう?」
ミモザとヨハンの二人して乗っているのはバニシュと同じ生き物である地蜥蜴。アースリザードと呼ばれるそれは馬よりも遥かに速い生き物であり、大陸南部に棲息している。ヨハンにすれば非常に珍しい生き物。
「でもちょっとだけズルしてるのだけどね」
意地悪気に片目を瞑るミモザなのだが、街を出る前にバニシュから提示されていた条件。一緒に来るのは構わないが、付いて来られなければ置いて行く、と。
しかし現状問題なく付いていけていたのだが、何をしているのか。
「ズルって?」
「これよコレ」
手の平を上に向けてビュッと小さな竜巻を起こす。
「普通に考えて普段乗り慣れない二人を乗せて追い付けるわけないじゃない。だから少しでも手助けしてあげているのよ」
地蜥蜴の正面に風の膜を張ることにより、抵抗をなくしているのだと。つまり風除け。負担の軽減を図っていた。
「なるほど。確かにそれならこの子の負担も楽ですね」
周囲を見回す周りには同じように疾走する火の聖女の騎士達。
「そういえば、聖騎士って何人ぐらいいるんですかね?」
「私も詳しくは知らないけど、見た感じ人数に違いはありそうよねぇ」
バニシュの守護をする聖騎士は三人。水の聖女の守護聖騎士はリオン一人。
◆
そうして馬であれば丸一日かかるであろう距離を三時間で走破する。
「凄いですね」
「ええ。だけど少し酷使し過ぎじゃないかしら?」
もう間もなく目的の町ということもあり、近くに地蜥蜴を集めているのだが、そのどれもが息も絶え絶え。ヨハンとミモザの二人が乗っていた地蜥蜴も疲労の色を滲ませているのだが、それでもミモザの風除けにより負担を軽減させていることによって幾らかマシに見える程。
「それだけ急いでいたってことなんじゃ?」
「……だといいけど」
「どうかしましたか?」
その声色の違和感。戦闘準備をしている火の聖女バニシュの守護聖騎士である三名を始めとして、他には五十名程。
「いえ。あの人たち、どう思う?」
小さく問い掛けられる内容。
「……少なくとも、焦っているようには見えません。妙に落ち着いているというか」
これから獣人と一戦交えようというのに、恐怖や戦闘独特の緊張感などの一切が伝わってこなかった。
「やっぱりヨハンくんにもそう見えるよね?」
そうなる可能性はいくつかある。
町の被害の原因である獣人に恐れを抱いていないのか。自分達の腕に絶対の自信があるのか。それともただの楽観視なのか。他に思いつくのは、自分達が心酔する象徴である火の聖女が同行していることによる高揚感からなのか。どれに当てはまるのかは定かではないのだが、今は考えていても仕方ない。
「聖騎士を一人、二人の護衛に就けよう」
ふと声をかけてくるバニシュ。手には錫杖を持っていた。火の赤を連想するような色味の魔石を先端に取り付けられている。
「お初にお目にかかります。火の第三聖騎士ガウ・バードリーと申します」
ヨハン達の目の前で片膝を着く男性。長槍を所持していた。
「いらないわ。私達は私達で自分のことぐらい守れるわよ」
ミモザの言葉を聞いたバニシュは一瞬目を丸くさせる。そうしてすぐに口角を上げた。
「へぇ。あの泣き虫ミモザが随分と強気な発言をするようになったものさね」
「泣き虫?」
ヨハンが首を傾げていると、ニヤニヤと笑みを浮かべるバニシュ。
「ああそうさね。この子は怖くなるとおも――」
「言わせないわっ!」
勢いよくミモザはバニシュの口を塞ぐ。
「そ、それに昔の話でしょ!? それより、襲撃を受けている獣人ってどんななのよ!?」
そのまま慌てて話題をすり替えると、バニシュはすぐさま表情を引き締めた。
「そうさね。町を襲撃しているのは赤狼族さ」
「赤狼族!?」
「危ない人たちなんですか?」
その言葉を聞いた途端のミモザの気配。明らかに警戒心を高めている。
「そうさね。赤狼族は獣人の中でも特に好戦的であり、種としてもとても強いさね。それに何より仲間意識が強く、狩りに行く際は常に集団で行動をする。しかし停戦協定があるので本来は迂闊にはこちらへ手を出さないはずなのだが、考えなしの行動なのか……それとも……――」
チラリと町の方角を見やると黒煙が登っていた。
「それがどうして?」
「さぁ。それを今から確認するんだろ? さぁ野郎ども! 出発さ!」
「「「おおおッ!」」」
バニシュの声に呼応するようにして、勢いよく町に向けて地蜥蜴を走らせる。
「では我等も参りましょう」
「……別にいいって言ったのに」
若干不貞腐れ気味のミモザなのだが、護衛に就けられた聖騎士ガウ・バードリーは意にも介していない。
「バニシュ様の命令ですので」
「わかったわ。じゃあいくらか質問させてもらうから、ちゃんと答えてよね」
「仰せのままに」
そうして遅れてヨハン達も獣人の襲撃を受けた町へと向かって行った。




