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第五十九話 激動

 

「――レイン!」


 その声はレインに届いただろうか。


 黒い鎧剣士はゆっくりと振り返る。

 コヒューコヒューと細い息をあげながら、その手に凶剣を携えて。


「レイン!」


 振り返った先、黒い鎧剣士の正面にはヨハン、モニカ、エレナがそれぞれ立っている。

 その三人の目の前に、レインは立っていた。


 その身体に薄っすらと黄色い光を纏って。


「おいおいそんなに心配するなよ」

「いや、でも――」

「ってかっこよく言いたいところだけど、ごめん、マジで心配してもらっていい?今の本気でやばかったから」


 言葉は軽口を叩くが、その表情から真剣さが窺える。

 レインの近くに寄り、モニカがレインの身体の光にそっと触れた。


「レイン……これ?」

「うん?ああ、これ闘気だよな?」

「レイン使えましたの?」

「いんや。使えるように訓練はしていたけど、まともにできたことがなくて今この瞬間にできた」


 恥ずかしそうにポリポリと頬をかく。


「凄いやレイン!」

「いやいや、お前に言われてもなぁ」


 呆れながらヨハンの顔を見た。


 レインは黒い鎧剣士に追い詰められたその瞬間、闘気を身に纏うことに成功していた。

 眼前で振り下ろされたその剣を、闘気を身に纏った状態での驚異的な身体能力の底上げを発揮して回避することがギリギリ出来たのであった。



「(恐らくレインは――)」


 エレナがジッとレインを見て考えた。


 闘気は魔力を体内に張り巡らせ、その魔力を感じ取り、身体能力の向上に用いる。

 その微細なコントロールや魔力を闘気に変換(厳密には闘気も魔力なのだが)する必要があった。


 闘気を満足に扱えるのは上級の剣士や戦士でも成人してからがほとんど。

 レインがこの局面で闘気を扱えた理由を今のレインもわかっていない。


 元々の才能はあったが、キズナとして活動する間にレインの潜在的な経験値は自覚がないまま格段に上がっていた。


「(――といったところでしょうか?)」


 エレナの分析は大筋合っている。


 加えて明確な目標ができたことでその実力を押し上げる。

 黒い鎧剣士に追い詰められたその極限状態が闘気の発動を可能にしたのがレインを助けたのであった。



「なんか悪いな、お二人さん。俺が先みたいで」


 モニカとエレナに言葉では申し訳なさそうにだが意地悪い表情でにやにやと言う。


 これまでレインは二人の後塵を拝していた。二人を超えることなど一度もなかったのだ。

 それをこの場面で偶然の産物とはいえ、二人を上回れた。


 レインは別に優越感で本気で言っているわけではないのだが、それでも嬉しさが込み上げてくる。


 それでも心のどこかで少なからず優越感は持ってしまう。


 次の瞬間までは――――。



 モニカとエレナは顔を見合わせ同時に微笑んだ。


「――は?」


 徐々にモニカとエレナを薄い黄色い光が張り巡らされていく。


「えっ!?」


 レインは呆然とそれを眺める。


「……マジすかっ?」


 と小さく呟いた。


 聞いて確認するまでもない。

 モニカもエレナも闘気をその身に纏っていた。


「いやぁ、一応私たちも使えたのだけど、まだ不安定で慣れてないから実践じゃ使えないよねって言っていたの」

「ええ、それに闘気を使っている間、これは魔力の使用量は少なくても集中を取られ過ぎて他の魔法を使う余裕がなくなってしまいますのでそこも問題ですわね」

「まぁでもあの黒い鎧剣士は魔法を使ってこないみたいだし。それならレインも使えて、こっちの戦い方の方がいいかもね」


「えっ?えっ?」


 ヨハンはモニカとエレナを交互に見やる。


「三人とも凄いよ!いつの間に」

「いやぁお前に凄いと言われてもなんだかなぁ」


 目を輝かせてモニカ達を見た。



「それにいつの間にも何も、俺は今の間に、だ」

「そっか、じゃあ僕も!」


 そうしてヨハンも闘気を身に纏うのは、気を遣っていたわけではなく、連携のバランスを考慮してこれまで使っていなかった。

 それぞれがまだ十分でないにしてもその身体能力を格段に上昇させる闘気を用いられるのならば戦い方は劇的に変わる。


 黒い鎧剣士の方に視線を向けると、その動きを止めていた。

 しかし、コヒューと発していたその息は依然と変わっていない。


「(いや、少し荒いかな?)」


 ほんの僅かな違い。

 どこか先程までと比べると荒くなっているように感じた。


「(疲れているのかな?)」


 もしその予想通りならつまりあの鎧剣士にも疲労感があるということ。

 チラッとレイン達に視線を向ける。


「(これならいけるかな?)」


 このままいけば勝機が見えるかもしれない。


「よしっ、じゃあ行くよ!」

「おぉ!」

「ええ!」

「うん!」


 ヨハンの声に同調してそれぞれが闘気を纏い黒い鎧剣士に向かっていく。


 闘気の扱いが未熟な三人は闘気を使用している間に魔法の使用はできないが、その分劇的に身体能力は向上していた。

 物理攻撃に特化した連携を発揮して黒い鎧を追い詰める。


「よしっ!」

「このまま押し切るわよ!」


 黒い鎧剣士を中央に、前後左右から飛び込み剣戟を浴びせ離れるのを繰り返す。

 防戦一方になる黒い鎧剣士はその場を動けずにいた。


 その荒くなり始めた息遣いがさらに荒くなっていく。

 コヒューと発していた息遣いはもう既に「ゴフー、ゴフー」と鳴っていた。


「……もう少し、か?」

「どうでしょうかね?」

「とにかくこのまま攻め続けるわよ!」

「行くよ!」


 互角どころか、レインが追い詰められたその瞬間には確実に劣勢になっていた。

 しかし、現在は全く真逆。


 黒い鎧剣士との戦いは遂にキズナの方に傾き、一方的な展開になった。



「――おい、あいつら勝てるんじゃないか!?」

「うん、凄い!あともう少し!」


 遠目に見ているユーリとサナもグッと手に力が入る。



 これまで以上の速さと連携を駆使して、攻撃を加えていく。

 その速さは黒い鎧剣士に反撃の隙を与えない。


 黒い鎧剣士はもうその場から一歩も動いていない。


「これで……――どうだ!」


 手に持つ剣に魔力を走らせると、剣は瞬時に赤く輝く魔法剣になる。


 最後の止めとばかりに動きの完全に止まった黒い鎧剣士に向かって攻撃を加えた。


 シトラスと戦ってから魔力の扱いの鍛錬を欠かさなかった。

 闘気を練る練度を維持しながらも、魔法剣に流す魔力量も安定している。


 その魔法剣で黒い鎧剣士に強烈な一撃をお見舞いした。


「――ん?」


 一瞬剣を当てる瞬間に鎧剣士と目が合った気がしたのだが、確認する術もなく黒い鎧剣士は凄まじい速さで壁まで吹き飛ばされ、衝突する。


 黒い鎧剣士は壁に衝突すると前のめりにその場で崩れ落ちた。

 地面に倒れて微動だにしない。


 壁が衝撃でガラガラと崩れ落ち、鎧剣士の上に落ちる。


 その衝撃により、地下四階全体にズウンと地響きが起きた。


「さすがにこれで倒しただろう?」

「だといいけどね」

「それにしても、この鎧剣士の鎧はいくら攻撃を加えても一切砕ける気配がなかったのですが、これはどういうことでしょう?」

「わからない。もしかしたら僕たちの知らない何かがあったのかもしれないね」


 瓦礫に埋もれた黒い鎧剣士は動く気配を見せない。


 そこでやっと終わったと思った瞬間――――。



「――そんな!?」

「あれでもダメだっていうのか!?」


 瓦礫の中をガラガラと音を立てて黒い鎧剣士は立ち上がった。


「――グワッハハハハハハハハッ!」


「あの鎧剣士、あれは笑っているのか?」

「お、おい!ちょっとこれは本当にまずいんじゃないか!?

「……そうね。こうなるともう勝てる気がしないわ」

「まさか、これほどまでとは想像も出来ていませんでしたわ」


 これまで息遣いしか聞こえてこなかった黒い鎧剣士から初めて声が聞こえて来た。

 そして黒い鎧剣士は立ち上がると同時にその全身を黄色く光らせている。


「(あれは闘気……なのか?)」


 そうとしか考えられない。


「…………僕が、時間を稼ぐ。その間にみんなは他の子達を連れて上階に逃げて。上にも魔物は現れるだろうけど、あれと戦うよりは生還できる確率は高いはずだよ」


 勝てない。

 最後まで諦めはしないが、こうなると出来ることをしよう。


「だめよ!ヨハンは絶対に助からないといけないわよ!」

「ああ、そうだ。むしろここは俺に任せろ」

「レイン?あなた一人に任せられませんわ」

「いや、そら実力は足りないけど、きっとなんとかしてみせるさ!」


「…………みんな」


 誰かが黒い鎧剣士の足止めをしないと全滅は免れない。

 犠牲を払ってでも退却を決断した。

 それほどの絶望を植え付けられるほどの力の差を感じていた。


「えっ!?ちょっと待って!」


 さらに何かの気配を感じ取る。

 エレナ達はヨハンの言葉に疑問符を浮かべた。


 気配を感じたのはこの地下四階のさらに階下に通じる道だろうか。

 小さな道があるその道は下りて来た道とは装いが異なっていた。


 その奥からフードを頭まで被った黒いローブの何者かがこの広場に歩いて来ていたのだ。


「誰だ!?」


 ヨハンは突如姿を現したその黒いローブに対して声を掛けるが、返事はない。


「新手?」

「ちっ、どうなってんだよ!」


 そして同時に黒い鎧剣士はヨハン達に向かい歩き始める。


 黒いローブの何者かはそこで手をかざす。

 手の前で魔方陣が形成される。


 魔法だ。


 その規模、圧力は凄まじいものだった。

 どう見ても魔法障壁を全開にしても防ぎきれる自信はなかった。


「挟み撃ち…………か」


 もう退路はない。

 諦めざるを得ないその状況の中で、黒いローブから冷たい冷気を纏った魔法が放たれた。



 ――――黒い鎧剣士に向かって。



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