第五百九十八話 火の聖女
パルスタット神聖国の首都であるパルストーンを訪れて三日目。
街の中、朝日が水路の水面に反射をする頃、ヨハンはミモザに連れられミリア神殿の方角にある四つの塔の内の一つへと向かっていた。
「そのバニシュって人が僕に会いたいって、どういうことなんですか?」
火の聖女、バニシュ・クック・ゴードへの訪問理由。
「あの子、謁見の間であなたを見て気になったのだって」
「気になるって?」
「さぁ? でもあの子昔からそういうところあったから」
幼少期、数いる孤児の中でもミモザとアリエルに積極的に話し掛けていたと、ミモザ自身が話す。
昨日の話の中にあった出来事。偶然ラウルによって助け出されたのだが、それよりも以前に、奴隷として扱われる神官の屋敷を逃げ出す算段をバニシュの提案によって立てられていた。詳細は語られなかったが、他の怯えている孤児とは二人が違って見えたのだと。
(でも、今思えば不思議よねぇ)
確かに後にS級まで上り詰めることができたとはいえ、それはラウルの指導があってこそ。当時のミモザは気弱な、どこにでもいるただの女の子。むしろ心の強さでいえばアリエルの方が圧倒的に強かった。それがどうして頼りにされていたのか甚だ疑問を抱くばかり。
(ま、どうでもいいわね。いまさら)
互いに無事に生きていることができたのだから。それも聖女になっているだなんて御伽噺のよう。先日街の中を共に歩いていたバニシュは特に若い女性からは羨望の眼差しを受けていた。
「あっ、ここだわ」
ミリア神殿の周囲の四つの塔は、各聖女の専用の建物となっていた。
「立派ですよね」
入り口には聖女のローブや守護騎士の鎧に印されているそれぞれの紋様が彫られている。
クリスティーナからもいくらか話を聞いていたのだが、中では神への祈りを捧げているのだと。祈祷と呼ばれるその行為により、神の言葉。お告げと呼ばれる神託が得られるらしいのだが、現在では光の聖女と大神官がそれを受けられるのだと。
「僕も神様の言葉を聞いてみたいですね」
「……そうね。そんなのがあればね」
「ミモザさんは信じていないんですか?」
「……わからないわ。信じているからこそ聞こえると言うから、信じていない私には聞こえなくたって当然だもの。それに、魔王の存在やカレンちゃんが出会っていた精霊王みたいな、人間に認知されない存在がいるのだから神がいたとしても不思議ではないわね」
「そうですね」
良いとか悪いとかの話ではない。それによって救われるのかどうか。クリスティーナも言っていたように、教義があるからこそ幸せに過ごせることができるのだと。信じるものの方向性が同じだからこそ迷うことがないのだと。
考え方としては馴染みがないのだが、それが文化の違いだと受け取るしかない。
「やぁやぁやぁ。よう来たさね」
塔の中から姿を見せたのは火の聖女バニシュ・クック・ゴード。
「急に呼び立ててしまってすまんさね。えっと、確かヨハンくん、だっけ?」
「はい、そうです」
返事はしたものの、そのあまりにも飄々とした様子に気を抜かれる。
「あの……?」
「ん? どうかしたさね?」
「い、いえ、この間の様子と全然違うなぁって」
「このあいだって……あー、あの時か」
ポンと手を叩くバニシュ。
「いやぁ、ああいう堅苦しい場ではああしていないと怒られるから仕方なく、ね。色々と五月蠅いのさ。聖女の振る舞いはあーだこーだ、ってね」
片目を瞑るバニシュの砕けた態度。
「おっと」
遠くに姿を見せた神官がギロリと視線を向けると、バニシュは軽く咳払いをして態度を正す。
「とにかく、だ。うん、やっぱり気のせいなんかじゃなかったさね」
「気のせいって、何がですか?」
「いやいや、良い眼をしてるなぁって。キミのことはクリスティーナが囲い込んでいたから中々話す機会がなくてね。気になってたのさ」
「…………はぁ」
「まぁこんなところで立ち話もなんだ。中でゆっくりと話そうか」
招き入れるように背中を押された。
「ミモザさん?」
チラッと困惑しながらミモザの顔を見ると、苦笑いしている。
「ごめんねヨハンくん。こういう子なの」
「いやぁ、それにしてもミモザがこんなかわいい子を連れてくるなんて思わなかったさね。もらっていい?」
「あげないわよ」
「え?」
「え、じゃないの、え、じゃ」
呆れるようにしてバニシュを追い越すミモザ。その様子に溜息を吐くバニシュ。
「なぁんだ。残念」
「大変ですゴード様!」
塔の内部に足を踏み入れた直後、入り口側から大きな声が聞こえて来た。
「その様子だと出撃みたいだね」
「はっ! 南東の町が獣人の襲撃を受けております! 今のところは持ちこたえていますがお力を!」
「まったく。人がゆっくりしようというところで何を考えているのやらあの野蛮人どもは」
バニシュは腰に手を当て、盛大な溜息を吐いた。
「そういうわけだから、しばらく帰って来れそうにないので話はまた今度ってことでよろしくさね」
苦笑いしながら背を向けるバニシュの姿を見て、ミモザは思案に耽る。
「……ねぇ。それって私達も行っていい?」
「「え?」」
僅かに思案した後に口を開いたミモザの提案。バニシュとヨハンは二人して驚くしかなかった。




