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第五百九十三話 水の都

 

 先代水の聖女のところまで案内されるために街へと出るのだが、思わず感嘆の声を漏らす。


「うわぁ、物凄いですね」


 上空、飛空艇からも確認していたのだが、至る所に水路が張り巡らされていた。しかし平面状に捉えて初めてその凄さが見て取れる。


「別名、水の都とも呼ばれている街ですので」

「あっ! 聖女様だー!」

「せいじょさまー!」


 街中を歩いている間に子どもに声を掛けられ、笑顔で応えていた。


「これはこれは聖女様。お客人ですかな?」


 その中で一人、貴族服らしき服に身を包んだ高齢の男性が声をかけてくる。後ろには二人の従者の姿。


「ええ。シグラム王国からのお客様なのです」

「ほぅ。これはまた遠方からご苦労さまです」


 クリスティーナは特に意にも介していないのだが、ヨハンには気になるモノがある。

 従者の一人はヨハン達よりも少し小さな女の子。人間だったのだが、もう一人は明らかに獣人。皮膚にそれほど体毛があるというわけではなく、人間と同様の肌も露出させていた。しかし決定的な違いは頭上にあった兎と同様の耳。


「兎耳族ね」

「……はい」


 そっとカレンに小さく耳打ちされる。

 獣人の中でもその特徴が大きく現れていることで種別の分類をしているのだと。猫耳、犬耳、兎耳のような耳での区別を図る場合と、黒狼族や馬王族のように毛の色や顔の形、身体の大きさなどで区別する場合があった。


(でも、それ以上に……)


 この辺りに関しては知識として知ってはいたのだが、シェバンニ曰くさしたる問題ではないと。例え獣人だろうと、個性を尊重すればいいだけの話であると教わっていた。


(……隷属の首輪)


 問題はその首にはめられていた魔道具。シグラム王国でも使用されることがあり、国やギルド側では盗賊などの捕縛用。人攫い側からすれば悪用しているのだが、それを堂々と見せびらかすでもなく、自然なこととして周囲が受け入れていること。


(奴隷……か)


 生活する能力のない者達に対して仕事や施しを与える代わりに取り付けるというもの。主に対して反乱を起こさせないためという公然とした理由と共に。


「では、パルスタット神のご加護があらんことを」

「神の加護を」

「いくぞ」

「「はい」」


 いくらかの考えを抱きながら、そのまま男性と二人の従者の姿を見送った。


「その様子だと、やはり驚かれた様子ですね」

「そう、ですね。でも、お互いが納得してるようなら」


 国ごとに道徳観や倫理観は異なって当然。それ自体は自分達が介入する問題でもない。

 実際に可哀想だという理由で隷属の首輪を付けずに従者にしており、結果殺された者もいるほど。そういった罪悪感を抱かずに済むようパルスタット神――神の教えや救いだと云い人民の不安を和らげているのだと。


「クリスティーナ様はどうお考えなのですか?」


 ふと疑問を投げかけると、クリスティーナは僅かに困惑した表情を見せる。


「そう、ですね」

「クリスティーナ様」


 それまで黙って歩いていたリオンが言葉を差し込んできた。そのまま無言で目線だけを交差させると、クリスティーナは小さく息を吐く。


「わかっています。自分の立場ぐらいは」


 そうして微かに笑顔をヨハン達に向けた。


「この国に於いて、神の教義が崇高であり、思想です。それに反することは異端とされ、異端審問にかけられます。私はその采配も振るっておりますので」


 笑顔で言葉にされることと、その直前に見せていた表情に加えて守護騎士リオンとのやりとり。


(やっぱり悩みがないなんてことはないんだろうなぁ)


 他国からの流入者、一時滞在者などである冒険者や商人を除けば国民全てといってもいいほどのパルスタット教の崇拝者。その最上位に位置する聖女は国民の悩みを聞く側であり、絶対的な象徴。それを自分達と僅かにしか歳が変わらないなかで就いているという責任。


「では、ここからは船を」


 水路に浮かべられた一艘の小舟。


「申し訳ありません。あまり大勢で押しかけるわけにもいきませんので三名までにさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「わかりました」


 そうして周囲を見回す。


「いいわ。わたしはニーナとナナシーを連れて観光してくるからあなた達で行ってらっしゃい」

「ありがとうございます」


 あなた達――ヨハンとモニカとエレナのことなのだと。


「どうやらお決まりのようですね。ではリオン。ここからは私一人で十分ですので」

「で、ですがクリスティーナ様」

「それとも、来賓の方々の案内を放棄してまであちらに向かう必要があるとでも? そんなことをすればテト様はどんなお顔をされるでしょうね」

「わ、わかりました。で、では他の皆様はこちらへ……」


 苦虫を嚙み潰したような顔をしながらリオンはカレン達を連れて行った。


「彼はどうかしましたの?」

「まぁ、昔、テト様――先代水の聖女に色々とされていまして」


 無邪気な笑みを浮かべて楽しそうに言葉にするクリスティーナの様子はまるで普通の少女のよう。


「じゃあ僕が漕がせてもらいますね」


 小舟に乗り込み、備え付けのオールを手にするヨハンにそっと手を伸ばすクリスティーナ。


「必要ありませんよ」

「え?」


 どういうことなのかと疑問を抱いていると、クリスティーナは魔力を練り上げる。


水上移動(アクアムーブ)


 直後、船と水面の間が僅かに光り、同時に水面が揺れ始めた。次には船が自然と動き出す。


「へぇ。こんな魔法もあるんですね」

「他では使いどころはそれほどありませんが、ここでは割と重宝しますので」


 至る所に水路を張り巡らせているからこその利便性。

 そうして水に揺られながら向かった先は小さな家屋が建っている浮島。



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