第五百九十二話 宗教国家
シェバンニを引率の筆頭とする学生達は街の方へと向かい、手配された宿に泊まることになっていた。その中にはサナの姿もあったのだが、ヨハン達とは別行動となることに対して心底がっかりしている。肩を落として街の方へと向かって行った。
「では私達も参りましょう」
先頭を歩き、ヨハン達を神殿内へと案内するのは水の聖女クリスティーナと風の聖女イリーナ。そのすぐ後ろを歩くのは筆頭聖騎士であるリオンとカイザス。
(……あの当時よりも綺麗だ)
記憶に新しいと言っていいものなのだろうか、それでも見知った内部の様子。気品さと神々しさを同時に感じさせる程の白。人魔戦争時代の神殿よりも更に美しさを底上げさせている。
「大変だろうなぁこれを維持するのも」
「……ええ。そうですね」
すれ違う神官と呼ばれる教団の中でも高位の役職者が頭を下げる中、ヨハンの独り言に対して返答をするのはクリスティーナ。その肩をイリーナが軽く叩くと小さく首を振っていた。
「パルスタット神が鎮座する場所なのだ。綺麗にして当然だろう」
「そうですね」
パルスタット神聖国は神を信仰する国。宗教国家。神殿は神を祀る場所として崇められている。
精霊を崇めたり、土地神を崇めたりするなどというように、その辺りに関しては歴史上いくつもそういう場所が点在しており、実際に目にした水中遺跡もまたその一つ。
「それではこちらで少しお待ちください」
案内された場所は一室。中にはいくらかの机と椅子が置いてあるだけ。この後の予定としては国王への拝謁と教団最高権力者である教皇への面通し。
「すぐにお呼びさせて頂きますので……――」
部屋の入り口からクリスティーナが廊下へと視線を送るとそこにはひそひそと話す神官の姿。
◆
しばらく待った後に呼び出され、案内された場所は神殿の謁見の間。王都や帝都とはまた様相が異なり、広く高い部屋。
奥には立派な椅子が二つあり、既に人が座っている。その背後に五人の女性の姿。クリスティーナとイリーナがいることからして他の三人も聖女なのだろうという推測は立つ。
しかしそれらよりも最初に目に留まったのは部屋の最奥に造られた巨大な石像。杖を上方に掲げた人物。
「ようこそおいでいただきましたエレナ・スカーレット王女。国王のピーター・ヒューストンだ」
「はじめましてパルスタット国王。お招きありがとうございます」
立ち上がり笑みを見せるパルスタット王と挨拶を交わすエレナ。入れ替わるのは必要な場面だけで良いので今は互いの姿のまま。
「詳しい話は外交官の方とお話しさせてもらいますので皆様方はごゆるりと観光をなさってください」
「ありがとうございます」
「国王。わたしも挨拶をよろしいでしょうか?」
差し込むように口を開くもう一人の男性。
「おお。そうだったそうだった」
笑顔のままパルスタット王が手を伸ばす先には黒を基調とした衣装を着ていた。
「お初にお目にかかります皆々様。教皇を務めるゲシュタルク・バウ・バーバリーだ」
パルスタット教団の最高権力者である教皇。一国民が直接拝謁できるものではない。
「そちらの国とは文化も大きく違って驚かれることもあるだろうが、そういうものだと受け止めて頂ければ」
「もちろんですわ。この国にはこの国のルールがあるというのは重々承知しておりますので」
「ならば良い。それと、既にいくらか挨拶は済んでいるだろうが……――」
そのままゲシュタルク教皇が背後を見る。
「――……ここにいるのが我が国の聖女達だ」
真ん中に立つ背の高い白みがかった金色の髪の女性が一歩前に出た。
「光の聖女を務めます、アスラ・リリー・ライラックです。以後お見知りおきを」
事前知識――クリスティーナから説明を受け、授業でも小さくだが取り上げた内容でもあるその五大聖女。
(全員がなんらかの力に秀でているんだろうな)
だからこそ聖女の位置に就けるのだと。ただの地位や血で決まるわけではない。
(それにしても不思議な眼だなぁ)
光の聖女アスラ・リリー・ライラックの両目。左右の眼球の色が赤と青とで異なっていた。その瞳で見られると、まるで吸い込まれそうな感覚に陥る。
レイン達も同種の感覚を得ている中、全く違うことを考えている者がいた。光の聖女に視線が集まるその中で、ミモザとアリエルだけは後方に並ぶ聖女達の中で一番右端に立つ、燃えるような赤髪をした女性を見ている。
「……ねぇアリエル。あれってもしかして、バニシュ?」
「…………」
疑問を投げかけるミモザなのだが、アリエルは無言。その女性――聖女を見つめるのみ。
それからはシグラム王国の外交官二人が今後の予定の確認をする。主に飛空艇の運用に関する協定について。
(アレ……もしかして……いや)
周囲を見回した先、背後に立っている巨大な石像。改めて考えていたのだが、間違いないのだと。視線の先は杖の先端に向けられている。
(やっぱりあれは魔宝玉)
杖の先端に見える小さな緑色の塊。その塊には見覚えがあった。
(――……緑の宝珠)
断言できた。どうしてそんな場所にあるのかということは、石像の風貌を見ればヨハンに限らず過去見をした全員が理解できる。
(シグだ。この石像)
細部まで再現できているわけではないのだが、石像が見せる特徴的な長い髪と大きな杖。その先端に緑の宝珠が付いているともなればそれ以外に考えられない。
◆
そうしてパルスタット王とゲシュタルク教皇たちが退室したその場に残るのはヨハン達とクリスティーナ。
「立派な石像でしょう?」
「え? あっ、はい」
「暇そうにしていたものね。やっぱりあんな話はつまらなかったですよね」
「い、いえそんな」
手を振り否定するのだが、クリスティーナは口に手を当て小さく笑う。
「別に私はいいですよ。やっぱり難しい話ともなるとそういうものでしょうし」
「すいません。それで、この石像って」
「はい。かつて世界に混乱を巻き起こした魔族の王、魔王を封印した勇者の像とされています」
「……へぇ」
やはりそうなのだと再び石像を見上げて見る中、クリスティーナは疑問符を浮かべていた。
「驚かないのですね?」
「驚くって、何がですか?」
「いえ。魔王、と私は口にしたのですが、ヨハン様があまりにも無反応でしたので」
「あっ、ああっ! 魔王って言ったんですねいま。すいません、勇者って言葉に思わず惹かれてしまって」
「うふふ。ヨハン様もそういったことに興味があったのですね。意外です」
意外に子供染みたことに興味を引かれるものだと。
「でも、魔王だなんて、そんなのがいたんですか?」
「はい。正確にはいたとされている、なのですが、そう伝え聞いています」
「伝え聞いているって、誰から?」
「先代水の聖女と光の聖女様です」
「そう、なんですね。あの、そのお二人とお話できますか?」
「え?」
突然の問いにきょとんとした顔を見せるクリスティーナ。
「さすがに光の聖女様はお忙しいので確約はできませんが、先代でしたら。でもいったいどうして?」
「僕、英雄譚が好きなんです。アインツの冒険譚が特に。それで、パルスタットの歴史の話にも興味があるから」
「わかりました。そういうことでしたら少し予定を確認させて頂きます。あの件とも無関係ではありませんので」
あの件――パルスタット国内における不穏な気配の正体を探って欲しいというもの。
「少し、質問をよろしいでしょうか?」
手を上げるミモザ。
「はい。どういったご質問でしょうか?」
「あの紅い髪の聖女様のお名前はなんというのでしょうか?」
「あの方ですか? 彼女は火の聖女バニシュ・クック・ゴード様です」
「……やっぱり」
小さく呟き視線を床に落とすミモザ。
「それがどうかされましたか?」
「あっ、ううん。綺麗な人だなーって」
「確かにバニシュ様は綺麗なお方ですが、比較するような発言はなさらないでくださいね」
各聖女に序列をつけるような不遜はしないようにと予め忠告を受けていた。筆頭聖女になる光の聖女は別としてだが、そもそもそれぞれの聖女は等しく同列なのだと。




