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第五百九十 話 空での襲撃

 

 あと一日もあればパルスタット神聖国へと着く頃。

 同行している学生達も初めは緊張していた空の旅をもういくらかは満喫し始めていた。


「ほんとに速いね」


 甲板で風を感じながら見るのは遠くの地平線。どこまでも続くその景色はどれだけ見ても飽きない。


「ん?」


 そうした中、前方でふと視界に捉えるのは広がる青空の中にあるいくつもの小さな粒。


「どうかしましたかヨハンさん?」

「エレ――じゃなかった、マリンさん。ちょっとあっちが気になって」


 横に立つのはエレナではなくマリン。正確には特殊な魔道具を用いて外見の姿をマリンに変えたエレナ。途中から容姿を入れ替えている。


(あれ? んー?)


 ニーナが魔眼を凝らすと元のエレナとマリンの姿が見えたのだが、他が気付いていないのであればさしたる問題でもないと。それよりも今はヨハンが指差した先の方が問題。


「慣れねぇよな、これ」

「レインがぼろを出さなければいいのだけど」

「それはこっちの台詞だっての。ちゃんと王女さまを演じろよエ・レ・ナ――いたっ!」


 エレナの姿のマリンによりガンっと勢いよく足を踏まれるレイン。


「わたくしの演じるエレナに間違いはありませんわ。どれだけエレナを見て来たと思っているのよ」

「ってぇなっ! だいたいそのセリフもなんかおかしいぞ?」

「そろそろ遊んでいる暇はありませんわよ二人とも」


 エレナが声を発す中、周囲もヨハンが最初に気付いた粒の正体に気付き始めていた。


「ったく、空の旅でも戦闘があるのかよ」

「何を言ってるのよレイン。エルフが森を主とするように、空は空で主とする者がいるのも自然なことでしょ?」

「そこのエルフの言う通りですわ。(ここ)ではわたくし達が侵犯者ですもの」


 既にパルスタットの使者団には連絡がいっており、甲板には護衛を務める聖騎士リオンを始めとして兵達が戦闘準備を始めていた。

 もう目視出来るほどに迫って来ているのは空を縄張りとする魔物――翼を持つ悪魔とも比喩される人型の魔物ガーゴイル。単体でさえ討伐難易度Cのそれが群れを成して飛空艇目掛けて一直線に向かって来ている。


「ヨハン様」

「クリスティーナ様」


 聖騎士達より僅かに遅れて駆け付けるのは水の聖女クリスティーナ。


「ここは私達が対応します。皆さまは艇内へ」

「ううん。僕たちも戦います」

「ですが」

「大丈夫です」


 ニコッと微笑むと、リオンがクリスティーナの肩を掴んだ。


「クリスティーナ様。彼らも冒険者の端くれ。私達が指示する立場にありません。それよりもここで彼の実力を見定められるのはありがたいです」

「……リオン」


 類い稀な実力を有しているのだろうということは聞き及ぶ偉業とS級の事実を考えればわかってはいるのだが、それでも幾らかの不安は拭えない。


「ま、言い方はあれだけど、確かにその人の言う通りね」


 一歩前に出るのはヨハンではなくモニカ。腰には母ヘレンより渡された大事な剣――愛剣が差さっているのだが、鞘はこれまでとは違っている。


「実力を見せろってことなら、ねぇ、私に行かせて。いいわよねヨハン?」

「別にいいけど」

「ありがと。ちょうどこれを実戦でも試してみたかったの」


 ポンと手の平で軽く叩く鞘。それは時見の水晶の過去見を終えてドルドとローファスによって宝物庫から取り出された祝剣本来の鞘。煌びやかな様相。


「無茶はしないでね」

「もちろんよ。それじゃいってくるわね。逃したやつだけお願い」


 もう既に眼前へと迫っているガーゴイルの群れ。見るからに三十匹はいる。


「ま、逃がすつもりもないけどね」


 軽やかに駆け出すモニカ。


「モニカ様!」

「大丈夫ですわ。クリスティーナ様」


 モニカの後ろ姿を見送りながら不安な眼差しを向けるクリスティーナは声の先、エレナの姿をしたマリンを見る。


「エレナ様?」

「彼女、モニカの戦闘能力はわたくしやナナシーに並ぶほどですもの。それこそ剣姫の異名を得る程ですのでこの程度問題ありませんわ」


 ニコリと微笑む様はエレナそのもの。あまりにもエレナに見え過ぎてレインも呆気に取られる。


(すげぇ。これならなんも問題ねぇな)


 それもそのはず。幼い頃からエレナを見続けていたマリンにはエレナの真似事をするなど造作もない。


「私達はどうするの?」

「そうだな。あの程度であれば問題はあるまい。まずはお手並みを拝見させてもらおうか」


 パルスタットの使者団の混乱とは別に落ち着いた装いを見せるミモザとアリエル。ガーゴイルは確かに空を主戦場としているが飛空艇が落とされる程ではない。それよりも子どもとはいえヨハン程の強さを持つ者が仲間を強いと賞賛するのだからその実力を見てみたい。


「彼女は相当ですよ」

「あら? あなたは確か」

「学校で教鞭をとっているシェバンニ・アルバートといいます」


 学生達を艇内に残して甲板へと様子を見に来たシェバンニ。


「ほぅ。千の魔術師が言うならば確かなのだろうな」

「私のことをご存知でしたか。私もあなた達のことはアルバ――王都のギルド長を通じて聞いていますよ。風迅と爆撃のお二方」


 シェバンニの言葉を聞いたアリエルとミモザは顔を見合わせる。


「さすがですね。まさか私達のことを知っていただなんて」

「いえいえ。流石に稀有ですよ。僅か二年でS級まで上り詰めた少女が二人も同時にいたのですから」

「そういう意味ではそちらには黒の閃光がいたのでは? 私達よりも優秀だったと聞くが?」

「ええ。彼女も活動期間は短かったですが……――」


 そのままシェバンニが顔を向ける先にはモニカの背中。モニカが向かった先は甲板の先端にある水平より少し上に突き出された円錐。飛空艇の先頭部分。


「――……彼女には受け継いでくれる者がいましたから」


 その技術の粋を芯まで叩き込まれた少女。持ち合わせる力は乗り越えるための力を身に付けるため。今となってはヘレンが言っていた言葉のいくつもの意味を理解できた。


「さて。やるわよ」


 そうして多くの視線を一身に集める中、モニカは軽く跳躍する。


「――……なるほどな」

「確かに閃光ね。あの子、私より速いわよ?」


 聖騎士を務めるリオンも驚きに目を見開く程の圧倒的な速度を空中で展開していた。


「はあッ!」


 ザンッと横薙ぎに振るわれる剣によって断末魔を上げることすら適わずに絶命するガーゴイル。そのまま空中で身を捻るモニカは元の場所に着地する。


「キギャアアアッ!」

「グギャアアアア!」


 突如として切り裂かれた同胞に驚きはしたものの、ガーゴイルは円錐の先端に悠然と立つ少女へと襲い掛かった。


「私を標的にしてくれたのなら好都合ね」


 風に揺らす金色の長い髪を左手で耳にかき上げ、右手に持つ愛剣を真っ直ぐ真上に突き上げると、モニカへと迫るガーゴイルの鋭い爪はその美しい顔へと届くことはなく、正確な見切りによって二匹目のガーゴイルを倒しきる。


「全部でどれくらいいるのかしら」


 モニカが確認する様にして周囲を見回すのは、ガーゴイルの残りへと。

 襲撃するはずだった人間の空船。自分達の領域を踏み荒らした者達へその凶暴な力を以てして襲い掛かるつもりだったのだが、たったの二撃で彼我の差を知らしめられた。


「グ……ガ…………」

「ギギギ…………」


 翼をはためかせて襲い掛かるのを躊躇させる。


「モニカ様……強い」


 クリスティーナを始めとしたパルスタットの使者団の兵達が魅入られる程、剣姫の異名にも大いに納得がいくその華麗な身のこなしに剣の鋭さ。言葉では言い表せられない程に圧倒的。


「今のうちに魔法を!」

「待ってください」


 神官へと魔法攻撃を放つよう指示を出すのだがヨハンが腕を伸ばして制止させた。


「被害が出る前に倒さないと」

「大丈夫です。モニカはあれだけじゃありません。見ててください」

「え?」


 ヨハンが指差した先をクリスティーナが見ると、そこには剣を鞘へと戻しているモニカの姿。


「いったいなにを?」


 剣を鞘に戻してしまえば抜くのに一撃しか振るえない。


「グガ!?」

「ギギャッ!」


 その隙を察したガーゴイルたちは本能的にモニカへと一斉に襲い掛かる。


「かかったわね」


 敢えて見せたその隙。実戦の運用は初めてだが、自信は十二分にあった。

 小さく口角を上げて笑い、手の平から剣へと魔力を流し込む。


「あれは!?」


 驚きに目を見張るクリスティーナなのだが、隣に立つリオンにはそれが感じられていた。


「す、凄まじい魔力反応だ」


 それはモニカ自身もそう感じていたのだが、相乗的に魔力を引き上げているその輝く鞘に向けて。


「紫電……――」


 ドルドの祝剣の本来の性能。ただでさえドワーフ一の鍛冶師が丹精を込めて打った折れることのない鋭く強い剣。

 その剣は鞘と合わせて一つの剣。鞘には魔力を相乗させる効果が付与されていた。原理としては魔法剣と似たような性質を伴うのだが、使用者によって威力は大きく異なる。ドルドの最高傑作の一つ。


「――……乱桜」


 眩い光と共に抜き放たれる剣撃。真一文字に振り切られる剣は薄紅紫色の光を宿しながら周囲へと稲光を迸らせた。バチバチと鋭い音を響かせながら一斉に襲い掛かって来ていたガーゴイルの群れへと広範囲に襲い掛かる。


「グギャアアアアアア!?」

「ガババババババ」


 突如として巻き起こる幾重にも飛び散る稲妻によって黒焦げになるガーゴイルの群れ。

 余すことなく、すぐさま絶命して地上へと落下していった。


「これでよし、っと。もう他に逃がしていないよね?」


 振り返り、剣を鞘に戻して顔の横で小さく指を二本立てる少女にクリスティーナは呆然とする。


「クリスティーナ様?」

「こ……――」

「こ?」

「――……こ、ここまで強かったのですかあなたたちは?」


 先程の言葉からすれば、この強さに並ぶ者達があと何人もいるのだと。


「これではまるで、まるで伝説の冒険者達のようではありませんか」


 その言葉を聞いてヨハン達は互いに顔を見合わせた。


「あー……」


 口を開いてクリスティーナに伝えようとしたところで腕を水平に伸ばすのはマリンの姿をしたエレナ。


「そうですわね。わたくし達はそんな伝説の冒険者に負けない自信はありますわ」


 その言い方や仕草もマリンにそっくり。


「ええ! 本当に凄いですよ!」


 肩越しに振り返るエレナが片目を瞑る仕草に思わず苦笑いをする。


(っていっても実際はまだ届かないんだけどね)


 つい一か月ほど前に負けたばかり。その伝説の冒険者達に。実際には負けたともいうわけではないのは肉薄したといっていいものなのか、引き分けと言われていた。



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