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第五百八十九話 パルスタットへ

 

 クリスティーナの計らいにより、冒険者学校の学生で有望な学生もパルスタットを訪れることになっていた。引率にはシェバンニを始め何人かの教師。とはいえ行動自体はヨハン達とは別行動。貴重な機会なので学生として他国を学びにいくというもの。


「楽しい日々を過ごせました」

「いえ」


 使者団が王都に滞在中は、時間があれば観光案内としてクリスティーナと行動を共にしている。率先して案内をするのはレインであり、自慢の料理店を紹介する際に鼻の下を伸ばしているのをマリンが面白くなさそうに見ていた。

 そうして使者団――特にクリスティーナは賑やかな王都を目の当たりにして、自由な雰囲気なものだと感心しきっていた。


「名残惜しいですが、では次は私達の国へと参りましょうか」


 案内されるまま飛空艇に乗り込み、次には動力である魔石が光を放ち、すぐさまプロペラと呼ばれる羽がけたたましい音を響かせながら回り始める。草原の草を薙ぎ倒す程の豪快な風を巻き起こして浮上し始めた。


「大丈夫だよモニカ」


 ゆっくりと空に浮かび上がる飛空艇の中、眼下を見下ろしているモニカは不安気な表情を見せている。


「僕たちを信じて。それに、モニカ自身の力を信じようよ」


 何かがわかるという保証があるわけではない。しかしそうであったとしても絶望を抱くことはない。


「うん。わかってるわ。私は私だもの。モニカ、モニカ・ラスペルよ」


 笑顔を浮かべるモニカを救う方法を探すため、ヨハン達はパルスタット神聖国へと向かった。



 ◆



「ほほ、ほんとに浮いてるぜおい!」


 眼下に広がる景色を見下ろしながらぶるぶると震えるレイン。


「わっ!」

「ぎゃあっ!」

「あはははははっ」


 そのレインを指差し笑うマリン。


「な、なにすんだてめぇっ!? 落ちたらどうすんだよ!」

「何言ってますの。こんなことで落ちるわけありませんわよ」

「そ、そんなのわかんねぇだろ」

「……わかるわよ。なに言ってるのよ」


 呆れて物も言えない。腰に手を当て、恐がるレインを小馬鹿にするマリンなのだが、それは他の学生にしても同じ。初めて乗る乗り物どころか、巨大な構造物が空を飛んでいる。墜落でもすればひとたまりもないといった恐怖を抱く。


「にしてもカニエスもほんと情けないわよねぇ」


 さらに問題はそれだけでない。マリンの従者を務めるカニエスを始めとして、船酔いをしている学生は部屋に閉じこもっていた。


「どれぐらいで着くんですか?」


 そうした中、そういったことを他人事だとばかりにヨハンは飛空艇の甲板に出て風を感じていた。隣にはクリスティーナ。


「そうですね。気流の関係にもよりますけど、三日ほどで」

「凄いですね」


 通常の地上ルートでパルスタット神聖国に行こうものなら馬車でも一ヵ月はかかる。速度だけでなく、起伏の激しい山々を越えるだけでなく馬も人も休息を必要とするのだから。


「確かにこれが正式に運用されれば経済効果はかなりのものですね」

「ええ。本当なら量産して各国に配備すればいいのですけど、そういうわけにもいかないので」

「そうですね。それは仕方ありませんよ」


 自国の利益を上げることは自然なこと。管理下に置く方が望ましい。


「パルスタット神の教えに沿うならそれも違うのですが……」

「え?」

「あっ、いえ、なんでもありません。では私は少し休ませてもらいますね」

「はい。お疲れのところすいませんでした」

「とんでもありません。ここでしか休まらないので」

「はぁ……?」


 そうしてクリスティーナは艇内に入っていった。


「……宗教国家、パルスタット神聖国、か」


 進行方向、外の景色を眺めながら考える。

 シグラム王国にはほとんど馴染みのない宗教。パルスタット神を崇める思想なのだが、行動指針は全てその教義に沿っているということだと。


「なにか考え事?」

「ミモザさん」


 後ろから声をかけて来たミモザの顔を見てふと思い出す。


「ミモザさん」

「なぁに?」

「そういえば、帝都の孤児院って教会みたいな感じでしたよね?」

「あー……そうだけど?」

「ということは、ミモザさんはパルスタット教を崇めているんですか?」

「んー? 私は違うけど、でもあの孤児院を建てた人がそうだったわ。それに悪いことでもないから子ども達にはそういうのがあるっていうのは教えるしね。あの孤児院がなければ私達は生きていくことができなかったもの。教えた後に崇拝するかどうかは個々に任せているけどね」


 孤児院の成り立ち、自分達がどうやって生活を送れているのかを教える時に併せて説明していた。その上で信仰の自由を任せているのだと。


「でもそれだと、迷う時はどうしてるんですか?」


 個々に判断するといっても子ども自身で簡単に判断できるものでもない。


「それは、判断出来るような考え方が身に付けるように話すわ。といっても難しいのだけど、でもあの子達にとっては寄る術がないことで安定しないことがあるから、そういうのでも生きる活力になればそれに越したことないもの」


 風に揺られる髪をかき上げながら遠くを見つめるミモザの様子に疑問が浮かぶ。


「なんだかミモザさん自身がそうだったみたいですね」

「…………言い方がマズかったかしらね。その洞察力は女性には禁止よ?」

「すいません。聞きすぎたみたいですね」

「まぁ……昔の話よ?」

「聞いても良いんですか?」

「気になるでしょ?」

「……すこし」


 指先を摘まむ仕草を見せると、ミモザは小さく笑う。


「いいわ。話しておいた方がいいかもしれないからヨハンくんにだけは話しておくわね。私とアリエルのことを」

「アリエルさんもですか?」

「ええ。もちろんよ」


 そうしてミモザとアリエルの幼少期の話を聞くことになった。



 ◆



 話を聞き終えるヨハンは、目の前のミモザがそれだけの過去を乗り越えて来たのだとは思えなかった。


「全部ラウルのおかげよ?」

「凄いですねラウルさんは。でもまさかパルスタットに奴隷があっただなんて」

「表向きは孤児にも施しを、とか言うような、そんな(てい)の良い張りぼてのような崇高な思想だけどね」


 しかし実状は大きく異なっている。

 現在から約二十年前。孤児として生きる術を持たないミモザは人売りによってとある神官の家に売り払われたのだと。そこにはミモザ以外にもアリエルや何人かの孤児がいたのだが神官の表向きの表情とは別に裏の顔があった。

 結果、偶然町を訪れた旅人――異変を感じ取ったラウルによって救い出されることになり、そうしてラウルが信用できる人物に孤児を預けたのだが、ミモザはラウルの後を追いかけていた。


(あの時、アレが精一杯だったけど、ラウルには迷惑をかけたわねぇ)


 ヨハンには話さなかったのだが、置いて行かれる恐怖や孤独。孤児同士の横の繋がりはいくらかあったのだがそれとこれとは別。ミモザを追うようにしてアリエルも付いて来ている。


『俺に付いて来るのは構わないが、お前らを助ける為に旅をしているわけではない。自分で戦う力を身に付けるのだな』

『『は、はいっ!』』


 冷たく言い放たれたのだが、最低限戦うための基礎知識や技術は教えてくれていた。


『二人とも魔法が使えるとは思わなかったな』

『あはっ』

『えへへ』


 風と炎と、ミモザもアリエルも器用とは言えなかったのだが、だからこそ一つだけを追及出来ていた。目の前に剣だけに特化した、後に剣聖の称号を得る人物がいるのだから。



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