第五十八話 激闘
黒い鎧剣士はガシャガシャと鎧の軋む音を鳴らしながらゆっくり近付いて来ていた。
近付いて来る黒い鎧剣士を正面に捉えながらヨハン達は左右に広がりその動向をじっくりと見る。
「なぁ、あの鎧のやつ、なんだろうな?これも試験なのか?」
その可能性も考えたのだが、果たしてほぼ全滅状態の周囲の状況がそれを肯定することができるのだろうか。
「さぁ、わからないけど…………あの鎧は明らかに明確な敵意を持って迫ってきている。これだけはわかるわ」
「魔物なのかな?それにしては気配が妙なんだよね…………」
「でもこれだけの学生が傷付けられている。明らかに異常事態ですわね」
突然の出来事に遭遇して多少の動揺はするものの、その判断は至って冷静なものだった。
それはたった一年の学生生活だったとはいえ、その経験した中身がとにかく濃厚だから。
「――来ますわ!」
およそ十メートルに距離が詰まる頃、黒い鎧剣士が前傾姿勢になり足に力が入る。
ダンッと力強く地面を踏み抜いた。
向かう先は一直線にモニカ。
袈裟懸けに剣を振るう。
キィンと小さな金属音を鳴らすと同時に、モニカはその華麗な剣の技術を用いて黒い鎧剣士の剣を柳の如く受け流す。
「――ファイヤーショット!」
そこにレインが小さいがいくつもの炎の球を繰り出し、黒い鎧剣士目掛けて打ち抜いた。
モニカに剣を受けられて崩れた態勢の間隙を縫って繰り出された複数の火の玉は黒い鎧剣士へ見事に被弾する。
「ダメージは…………は、まぁ当然無いよな」
「――――ダメージは無くともこういう戦いでは隙を作らない、隙を突くということが大事ですわよ!」
真っ直ぐにエレナは鎧剣士の近く、自身の間合いに踏み込んでいた。
エレナはレインが放ったその火球が被弾した直後を狙って薙刀を、遠心力を目一杯に使ってその黒い鎧剣士の胴に振るっている。
黒い鎧剣士はエレナの薙刀の強烈な一撃を受け、衝撃と共に激しく鈍い金属音を響かせた。
そのまま黒い鎧剣士は後ろに弾け飛ぶ。
エレナの薙刀は確実に黒い鎧剣士の胴体目掛けて見事に振り切られていた。
しかし黒い鎧剣士はその手に持っていた剣を胸の前に差しこんでおり、いつの間にかエレナの薙刀を受け止めている。
その衝撃と勢いに任せて後ろに飛んでいただけであった。
「――それで倒せないのはわかっていたよ。だけど、さらにこれならどうだ!?」
ヨハンはエレナの行動を予測して弾け飛んでくる方向を事前に察知している。
黒い鎧剣士の後方にて待ち構えていた。
その手には剣を構えて。
ヨハンはその手に持つ剣で飛んで来た黒い鎧剣士に向かって剣戟を何度も放つ。
飛んで来た勢いとヨハンの剣の技術に合わせた攻撃力でその威力は数倍に跳ね上がっていた。
剣はその黒い鎧剣士を上空に跳ね上げ、頂点まで上がると重力そのままに落下し、地面に叩きつけられる。
激しい落下音と土煙が巻き起こった。
「どうだ?」
「あれだけの攻撃を受けたのよ、いくらなんでもちょっとぐらいダメージはあるわよ」
「……だといいですが」
「…………」
煙の中をジッと見つめる。
起き上がるのか、それとも倒したのか。目を離すことはない。
煙の中、むくりと影が起き上がる。
黒い鎧剣士は軋む金属音を立てながら何事もなかったように立ち上がった。
煙が晴れたその向こう、黒い鎧剣士にダメージは見られない。
「えっと、これ割とやばくね?」
「あの攻撃を受けてもダメージを受けた様子がないなんてね」
「こちらの攻撃力が足りないのか、あちらの防御力が異常に高いのか…………それとも他になんらかの理由があるのか、何かあるはずですわ」
一連の流れを確認したところでレインとモニカとエレナは今の攻防に一定の見解を持つ。言葉とは裏腹にまだ余裕が窺えた。
そこにヨハンが合流する。
「ねぇ、なんだか今の凄い違和感があったんだけど?」
「違和感ってなんだよ?」
「いや、それはまだわからないけど、攻撃が当たる瞬間にいつも感じる手応えがなかったんだ」
「手応えがない?実体がないということですか?」
手を開いて閉じて、先程の手の中の感触を確かめる。
「そういうのとも違うかな。手応えはあるんだけど、手応えが緩いというか薄いというか…………」
ヨハンが感じた違和感の正体とは一体どういうことなのか全員が疑問符を浮かべた。
「――散って!」
そこに黒い鎧剣士は再びヨハン達に迫ってくる。
さっきまで見せていた速さよりも一段速く。
その動きは先ほどまで見せていた全身鎧の動きにくさを感じさせていない。
そこからはキズナと黒い鎧が入り乱れての乱戦の様相を呈していた。
黒い鎧剣士はその凶剣を振るう。
たいして速くはないその剣をしっかりと見切ってそれぞれが寸でのところで躱していく。
攻守が入れ替わる激しい交戦がそこには見られた。
黒い鎧は最初の内は敢えてそうしていたのだろうかと思えるほど、ヨハン達の攻撃を受けることが多かったのだが、徐々に動きに滑らかさを生み回避を見せるようになっていく。
時間が経過するほど速さが増してきていた。
それでもキズナの連携は衰えない。
黒い鎧剣士からの決定打を受けていないからか、抜群の連携を発揮する。
一人だけが黒い鎧剣士からの一方的な攻撃を受けないようにそれぞれが間に入れるように代わる代わる攻撃を受ける対象に移行している。
その間にそれぞれが攻撃を加えていくのだが、黒い鎧剣士の勢いは尚も衰えず、衰えるどころかその勢いを増していくようにすら見えた。
他の学生の治療に回っていたユーリとサナはいつの間にか見入ってしまっている。
キズナと黒い鎧剣士の戦いを、衝撃をもって見ていた。
「……な、なぁサナ?お前にはあれが見えるか?」
「な、なんとか…………。けど、見えていたとしてもとてもあの中になんて入っていけないよ…………」
「そうか、俺も同じ気持ちだ…………ヨハン達はここまで強かったのか」
ユーリとサナの受けた衝撃は事実間違っていない。
二人もビーストタイガーの件以来出来得る限りの努力はしてきた。
それもこれもあの時の自分たちの不甲斐無さを悔いているから。
あの時はまだ子供の自分たちの手に負えるものでもないと受け止めていた。
だが唐突に生命の危機に瀕したのもまた事実。
だからこそ、そんな自分たちが如何に甘えた考えを持っていたのかを身に沁みさせられた。
ガルドフ校長が入学式のあの日に言っていたことを思い返している。
『ここでは何より実力を求められる。魔物との戦闘はいついかなる時も起こりうる。君たちはまだ幼いが、これからこういった突然の戦闘にいつ巻き込まれるかもわからない。時には命を落とす事もある。まだ入学したての君たちには多少酷だったかもしれないが、君たちは強くなることが求められる』
その通りだった。
拾ったこの生命を必死に大事にして冒険者をやめようとは思わなかった。
まだ他の選択肢を持てなかったこともあるが、悔しさをバネにしてその反骨心でユーリとサナを学年上位まで押し上げている。
その二人をもってしてもキズナの戦いはまるで手の届かない領域にあった。
そしてそれは同時に黒い鎧剣士の凄さを物語っている。
先程まで戦っていた自分は手を抜かれていたのか。
ユーリは悔しさで奥歯を噛み締める。
――――そして、とうとう戦況に動きが見られた。
いくらお互い互角の攻防を見せていても、まだ子供と大人の中間に位置するキズナはその体力に限界もあった。
「――はぁ……はぁ……はぁ……」
レインは肩で息をしている。
一瞬の気の緩みが視線を地面に向ける。
「レイン!」
誰が発した声だったのか。
耳に入るその声は確かに自分に向けて発せられていた。
ほんの、ほんの一瞬だった。
だが、そのほんの一瞬が命取りになる。
高レベルになればなるほど、その一瞬は命のやり取りに直結していく。
動き続けたその結果、呼吸を整えるために取ったその一瞬の間。
――――黒い鎧剣士はその一瞬を見逃さなかった。
「レイン!」
声を掛ける。
レインに向けて。
だが、その声は間に合わない。
声に反応して顔を上げると、目の前を影が覆う。
その黒い鎧剣士を視界に捉えた時にはもう目の前に到達されていた。
どうする?
横に飛ぶ?
後ろ?いやすぐ後ろは壁だ。無理だ。
ならいっそ前か?
高速で思考を巡らせるが判断が追い付かない。
間合いを詰められたレインは、ヨハンもモニカもエレナも間に合わないほどの位置にいる。
黒い鎧剣士の凶刃をその眼前で振り下ろされた。




