第五百八十六話 パルスタットからの使者
そうしてあっという間に三日が過ぎた。
近衛隊長のジャンと宰相のマルクスによって連れられたのは王都の外れにある開けた草原。集まっているのはジャンの部下の近衛兵と中隊規模の騎士達。加えて馬車が十数台用意されている。
「あの? どうしてこんなところなんですか? それに……――」
疑問に思うのは、他国の使者を出迎えるというのに王宮どころか王都の入り口ですらない。何故草原なのか。更に疑問を重ねるのは、草原には十数メートルにも渡る大きな布、シグラム王国の国章が描かれている布が広げられていた。
「ヨハンさんは初めて目にされるのですわね」
「初めてって?」
「わたくしも以前、というよりも、一度しか目にしていませんので今からわくわくしておりますの」
「何を?」
「それは実際に見てのお楽しみ、ということで」
指を一本立てるエレナの横で渋い顔をしているのはマルクス。
「まったく、まったくもって後手に回っているでおじゃるよ。権利が向こうにあるので仕方ないと言えば仕方ないでおじゃるが」
話の内容が全く見えなかったのだが、それどころではなくなる。
「お、おい、なんだあれは!?」
遠くの空を指差すレイン。その表情は驚愕に目を見開いていた。
「あれって……」
ゴウンゴウンと音を鳴らして近付いて来る巨大な船。
「船が空を……飛んでる?」
「ええ。あれがパルスタットの空中交易船ですわ。飛空艇、と呼ばれるものですの」
「……すごい」
まるで想定外。船が空を飛ぶなどと。そうしてどうして広々とした草原にて出迎えることになるのかということを理解した。確かにそんな巨大な船が王都に降りられるはずがない。
(まさかこんな物が造られていたなんて)
エレナによると、詳しいことは国家機密らしいのでわからないらしいのだが、パルスタット神聖国が古代の技術と現代の技術を融合させた独自の技術によって空飛ぶ船、飛空艇を完成させたのだと。
十年前に一度パルスタット神聖国の使者が王都を訪問した際は、飛空艇の遠距離での試運転を兼ねてのことだと。その時は何かの襲撃だと王都中大騒ぎになっていた。
動力に用いられているのは巨大な魔石だということらしいのだが、どうにも自然の物ではなく人工物。魔道具研究所の所長のナインゴランがどうにかして再現しようと躍起になっているのが現状。
(確かにこれは便利だね)
マルクスが渋い顔をしていた理由は、パルスタットが今後のシグラムとの交易の為にその飛空艇の運用を持ちかけて来たのだが、飛空艇の権利の全てをパルスタットが所持しているので交易自体にも莫大な金がかかり、とても同じ土俵に立てていないのだと。その結果、交易によって国益となる利益は微々たるもの。それでも国交の為には無碍にもできない。人や荷の輸送にこれほど便利な物はない。
(どんな人が乗ってるんだろ?)
興味津々で飛空艇の着地を見届ける中、物凄い風圧を伴いながら飛空艇は草原へと降り立つ。
地面に降りるなりすぐさま梯子が下ろされると、中から法衣や鎧を来た人間が何人も降りてきた。
「お待ちしておりました。パルスタットの使者殿」
「お出迎えありがとうございます。お騒がせして申し訳ありません」
ジャンが声を掛けると、その中で鎧の兵士達の間を割る様にして姿を見せるのは、優麗な笑みを浮かべた白の衣装を身に纏った蒼い髪の女性。
「はじめまして皆様。パルスタット神聖国よりの使者、クリスティーナ・フォン・ブラウンと申します」
軽く頭を下げて自身の名を名乗る。
「ようこそシグラム王国へ。わたくしはエレナ。エレナ・スカーレットと申します」
歓待する代表としてエレナが前に立った。隣にはジャンとマルクスの姿。
「宰相のマルクスでおじゃる。それとこちらのお方、エレナ様は王女であらせまする」
「そうでしたか。わざわざ王女様自らありがとうございます。それにこれだけの出迎えに感謝いたします」
周囲でその様子を見ていたヨハン達に対してもクリスティーナ・フォン・ブラウンは笑みを向ける。
「突然の質問をお許しください」
「はいどうぞ」
「もし間違っていれば申し訳ありません。その衣装を見る限り、クリスティーナ様は聖女様なのでしょうか?」
エレナが確認するクリスティーナの出で立ち。清潔感の伴う白の衣装は胸にパルスタット神聖国の国章があり、肩には水を模る紋様。加えて気品のある仕草。
「はい」
「こちらの方は我が国の水の聖女であられる」
「あなたは?」
クリスティーナの後ろに立つ鎧の青年。鎧には国章の他に、クリスティーナと同様の水の紋様が彫られていた。よく見ると他の兵士にも同様の紋様が刻まれている。
「私は水の聖騎士リオン・マリオスだ。聖女様の守護をしている」
「そうでしたか。守護騎士のことですね。それぞれの聖女様には所属騎士がいるのだとうかがっております」
「ああ。聖騎士は今回私だけだ。彼らは一兵卒に過ぎない」
「わかりました。しかしどなたであっても我が国では使者の方達を歓待させていただきます」
「痛み入る」
「では早速王都へとご案内させて頂きますわね。ジャン」
「はっ!」
そうしてパルスタット神聖国からの使者団である水の聖女クリスティーナ・フォン・ブラウンとリオン・マリオスを始めとして、外交官達を馬車に乗せ王都へと向かうことになる。
◆
ガラガラと走る馬車が王都へと向かう道中、お互いの国による制度について話していた。
飛空艇には騎士団の中隊である第三中隊が警護に当たっており、王都へと向かわない人達、飛空艇の中には整備士などの搭乗員はそのまま残っている。
「なるほど。エレナ王女が学生とは、そういうことなのですね。お噂はかねがね。私もいくらかは話に聞いています。シグラム王国には冒険者の養成機関がある、と。それでこちらの方がエレナ様のご学友なのですね」
「ヨハンといいます」
そこで初めて自己紹介をすることになった。
「よろしくお願いしますヨハン様」
「こちらこそ」
馬車に乗っているのはエレナとヨハンとクリスティーナにリオン、それにマルクス。レイン達は他の馬車に乗っていた。
そうして程なくして王都の外壁を潜り、真っ直ぐに王宮へと向かう。クリスティーナは目を輝かせながら車窓から外の景色を物珍しそうに眺めていた。
「ではヨハン様。後ほど」
「はい」
そうして王宮の入り口で馬車を降りる。
あとはシグラム王国の要人とパルスタット神聖国の使者団による国家間の条約の話となっていた。ローファス王への謁見が終われば時間が許す限りは王都を案内することになっている。軽く手を振り王宮の中へと入る聖女クリスティーナを見送った。
「ふぃ。緊張したぜ。ってかなんだよ。結局話に聞いていた程じゃないじゃんかよ」
レインがそう言うのは、パルスタット神聖国は宗教国家。その独特な国が故の固さについて。
「そうだね。でもまだ少ししか話してないからわからないよ」
しかし実際に会う限りの水の聖女、クリスティーナ・フォン・ブラウンの印象としてはそのような節、様子の一切が見られない。
「まぁここで何言ってても仕方ないから私たちは話し合いが終わるまで待ちましょうよ」
そうして会談が終わるまでの間の数時間を待つこととなった。




