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第五百八十五話 女の勘

 

 思わぬ訪問者達の歓迎会を開いたその翌日。


「あー、あったまいたぁ……」


 ヨハンの屋敷の客室で額を押さえながら身体を起こすミモザ。

 久しぶりに羽目を外して飲み過ぎたなと反省しながら隣のベッドを見ると、そこには本来であればすやすやと眠っているはずのアイシャの姿がなかった。


「まったく。楽しそうねあの子も」


 どこに行ったのかということはすぐにわかる。ヨハンのところなのだと。

 帝都からヨハン達がシグラム王国へと帰ってからというもの、日常的に笑顔は多く見られたのだが、それが取り繕った笑いだということはわかっている。


(ま、でも私の時より強いけどね)


 肉体的な強さのことではない。精神的な強さ。ミモザ自身も孤児としてラウルに拾われたからこそ置いて行かれることに対する心境には共感できた。時折隠すようにアイシャが見せる表情。


「――……ねぇアリエル?」

「なんだ?」


 反対側にいるアリエルはベッドに横になっている。


「ちょっとアイシャちゃんのことなんだけど、相談に乗ってくれないかな?」

「どうせ大方このまま王都で暮らせればとか言い出すのだろう?」

「よくわかったわね?」

「無論だ。それ以外何がある?」

「じゃあ――」

「すぐにはだめだろうな。あの子は帝都でも人気の菓子職人だぞ? まるで夜逃げかのように、逃げる様にここに定住するのはあの子の性格上ないだろう。お世話になったあの店に仇を返すようなことはな」

「わ、わかってるわよそれぐらい」

「そんなに焦らずとも、方法などいくらでもある。だがそのためにはまだ時期尚早さ」

「それって?」


 アリエルは何を考えているのかと疑問符を浮かべるミモザ。


「まぁ今は私達も久しぶりの王都だ。逸っても仕方がない。ゆっくりと満喫しようではないか」

「……それもそうね」


 それから三日間、パルスタット神聖国からの使者が来るまでの間、ミモザとアリエルはこれでもないかという程に王都を満喫して過ごすことになる。



 ◆



 ヨハンとニーナとカレンはアイシャを連れて王都観光をしていた。

 初めて訪れる王都を、アイシャは物珍しそうに眺めている。


「やっぱり帝都と王都って全然違いますよね」

「そうだね。僕も初めて帝都に行った時はそう思ったし、今度行くことになるパルスタット神聖国もまた雰囲気が違う国らしいし」

「……お留守番だなんてやだなぁ」


 ミモザとアリエルは先日の話の通りマリンの護衛として同行するが、当然のことながらアイシャは選考外。ヨハン達がパルスタットに赴いている間は屋敷にて過ごすことになっていた。


「大丈夫だよ。イルマニさんとネネさんに頼んでおいたから」

「う、ん……」


 表情を難しくさせるアイシャの様子を見ながら首を傾げるニーナ。


「アイシャちゃんこのまま王都にいたらいいんじゃないの?」

「え? できませんよそんなこと。スーザンさんはこんな私を雇ってくれたのですから」


 不義理は働きたくない。

 帝都の菓子店、ガトーセボンで今は菓子作りもさせてもらう程。最初こそ抵抗はあった衣装なのだが、お客に自分の作った菓子を美味しいと言って喜んでもらえることにやりがいを感じている。なにより、アイシャ自身が寂しさを紛らわす為に打ち込むことがあるということが丁度良かった。


「ざんねん。せっかく部屋も余ってるのに」

「我儘言わないの。だいたいあなたの屋敷じゃないでしょうに」

「でもお兄ちゃんと結婚すればあたしの屋敷でもあるんだけど?」

「……ははは、そうだね」

「そういえば、改めて考えてみたのですが、本当に凄いですねヨハンさん。まるで本当のお貴族様みたいです」

「「…………」」


 目を輝かせて口にするアイシャなのだが、ヨハンとカレン、二人共に黙ってしまう。


(とりあえず、黙ってよっか)

(わたしの立場の優位性無くなってしまったしね)


 目を合わせて互いに無言での意思疎通。実際に貴族の血筋なのだと。しかしわざわざ混乱させるようなことを言う必要はない、と。

 エレナ達には必要なことなので話しておいたのだが、レインは衝撃の事実にあんぐりと口を開けていた。


『エレナは驚かないのね。私はかなりびっくりしたけど』

『わたくしは先日マリンから聞いておりましたので。さすがにモニカのことに比べればそれほど驚くこともないかと』

『まぁ、そりゃあね』


 モニカの一件を話した時の事。隠し事、知らないことのないように、お互いが知っていることを全て包み隠さずに話している。

 加えて冗談半分でエレナからマリンへの問いかけ。レインに関して問い掛けた際のマリンは若干ながらも濁していたのだが逆もまた然り。ヨハンに婚約者がいることを皮肉混じりに口にされたのだがなんのことはない。自身の将来については既に決まっていた。


『エレナ、あなたねぇ』


 キスはしたものの、添い遂げたいという意思をヨハンに伝えるつもりはない。一過的な感情の波なのだとあとで説明していた。


『そんなことでいいと思っていますの?』

『違いますわ。わたくしは、王女となる身。それこそヨハンさんが貴族の血筋だということは本来であれば喜ぶべきことなのですが、それは叶いませんわ』

『どうしてよ?』

『考えればわかることでしょう? 既にカレンさんとニーナという二人を婚約者として抱えており、全てを捨ててわたくしの婿になると思いますか? あのヨハンさんが』

『……思わないわね』

『でしょう? つまり、そういうことなのですわ』


 王女の婿になるということ。それ自体は四大侯爵家の血筋であれば問題はない。しかし天秤にかけるとはとても思えない。困らせるだけ。


『はい、ですのでこの話はこれでおしまいですわ』

『……エレナ、本当にそれでいいの?』

『議論の余地もありませんわ』


 すげなくあしらわれていた。


「でもヨハンさん?」


 だがアイシャとしては見過ごせない問題も昨日目にしている。


「ヨハンさん、多くの女性に囲まれていますけど、他の方との関係性は?」

「えっと……」

「もう他にはいないのですよね」

「あー、まぁ、うん」


 歯切れの悪い返答を受けるアイシャは僅かに目を細めて疑念の眼差しを向けたのだが、しかしすぐさま小さく息を吐いてニコリと微笑んだ。


「ならいいです。私はやっぱりカレン様と結ばれて欲しいですので。ニーナさんもいるなら尚更です」

「アイシャちゃんは良い子ねぇ」

「えへへ」


 カレンに頭を擦られるなり破顔する。


(もしかして、ヨハンさんって意外とダメなところあるかも)


 他に女の影を色濃く感じ取るアイシャの直感。


(まったく。しょうがないのだから)


 優し過ぎるのも考えものだとばかりにその横顔を眺めていた。



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