第五百八十三話 思わぬ来訪者
アトムたちスフィンクスが王都を旅立ってひと月経った頃、王宮へと呼び出されていた。
謁見の間に姿があるのはヨハン達とローファス王に加えてマリンや近衛隊長のジャン・フロイアといったエレナとモニカに比較的近しい者たちばかり。
「さて、かねてより伝えてあったパルスタットからの使者が三日後に来訪するわけだが、それまでに先に二つ伝えておかなければならないことがある」
玉座に座るローファス王は神妙な面持ちで話し始める。両隣にはエレナとマリンの姿。
「一つは、エレナたっての希望で使者とはマリンが王女として対応してもらうこととなった」
その一言で驚く一同なのだが、マリンはため息交じりに口を開いた。
「驚かされたのはこちらの方です。正直、人生でこれほどまでに驚かされることがあるとは思ってもみませんでした。まさかそこの剣姫、モニカがわたくしの従妹――エレナと双子であったなどと」
じっとモニカを見つめるマリン。
「まぁ、私もびっくりしたのだけどね」
「驚かない方がどうかしていますわよ」
「だからこれからよろしくね」
「……はぁ。わかりましたわよ」
折をみてはマリンにも伝えるということがローファスとマックスの二人で話し合われていた。突然の話に驚愕するばかりであったのだが、国王と父である公爵の二人が口を揃えてこのような戯言を用いて自身を謀る理由などありはしない、と。
そうなると半信半疑ながらも受け入れざるを得なかった。
「でも、どうしてマリンさんがエレナの代わりに王女を?」
ヨハンが放つ疑問は誰もが抱くもの。モニカも困惑しながらエレナを見ると、エレナは微笑みながら頷く。
「まず、パルスタットからの使者が訪れた後、わたくし達もパルスタットへと赴くことになります。外交的な目的ですわね」
それは以前に聞いていた話と同様。しかしそれがどう関係するのか。
「それでですね、わたくしも向こうでは自由に動きたいので、それでマリンに代役を願い出ました。公女としてのマリンであっても良かったのですが、王女としての立場で伺う方が向こうから引き出せる情報も多いでしょうし」
全てはモニカのため。宗教国家パルスタット神聖国は厳格な国として国内の情報は外部に多くは漏らさない。しかし一国の王女であれば情報量に差異が生じるのでその方が良いと。
エレナとしてはモニカと別行動するよりも常に一緒に行動していたいという気持ちの表れから。マリンもその意を汲んで渋々の承諾。
「そういうわけですので、気が引けますが仕方なしに承諾しましたの。ただし、条件はレイン、あなたが以前同様わたくしの護衛に付きなさい」
「お、おれ?」
突然の指名に自身を指差すレイン。
「事情が事情ですもの。護衛は事情を知る者でないといけないのはわかるわね?」
「……わかったよ。けど、俺だけじゃないんだろ?」
王女の護衛が一人だけなどあり得ない。しかし仰々しくするわけにもいかない。
「もちろん。エレナやモニカも護衛として同行しますが、向こうでは別行動になりますわ」
「だったら私がやろうか? それ?」
軽く手を上げるナナシー。
「……やはりそうなりますわね」
「え?」
「いえ、なんでもありませんわ。他にも何人か見繕いますが、流石にこれだけの出来事。人選は慎重にしなければいけませんわね」
「いや、それに関しては少々当てがある。今日の夕刻には着くと連絡があった。それがもう一つだ」
ローファスが言葉を差し込むのだが、再び疑問符を抱く一同。モニカの一件を話しても良い相手など他に誰がいるのだろうかという疑問。
「気にはなるだろうが、お前の屋敷に向かうと聞いておる。あとは自分の目で誰が来るのか確かめてみろ」
そうして謁見の間を後にするのだが、誰が来るのかということに思い当たる人物はいない。
◆
「ねぇ、イルマニさんは誰が来るのか知らないんですか?」
「いえ? お客様が来られるので丁重におもてなしせよとは仰せつかっておりますが……」
エレナ達には応接間で過ごしてもらう中、イルマニと二人、私室で話すのだがイルマニも誰が来るのかということを知らなかった。
「ヨハン様、お客様がみえました」
ネネが訪室して客人の来訪の報を受けるとそのまま応接間に向かう。
応接間の前に着くとドア越しでも大きな笑い声が聞こえてきた。
「うっそ!? ニーナちゃんヨハンくんと婚約したの!?」
「でへへ」
「ふむ。これはまさかの展開だな」
「でも凄いじゃないですか! こんなお屋敷まで頂けるなんて、さすがヨハンさんです!」
聞こえてくる声に聞き覚えがあった。
(あれ? この声ってもしかして…………)
そんなまさかとは思うのだが、それ以外に考えらない。
「あっ、でもそうなるとカレン様が正室でニーナさんが側室ってことですよね?」
ゆっくりとドアを開けながら、カレンとニーナのことを知りながら自身を知る人物など限られるのだと。
「やっぱり」
そこに姿があったのはカサンド帝国でお世話になったミモザとアリエル。それに孤児となったアイシャの姿。
「ヨハンさん!」
入口に立つヨハンの姿を見るなり勢いよく抱き着きに来るアイシャ。
「久しぶりだねアイシャ。元気だった?」
「うん! とっても元気だったよ! やっと会えた! くぅぅぅぅっ!」
目を潤ませるアイシャの頭を撫でる。
「少し背、伸びた?」
「えへへぇ」
子どもの成長は早いものだとばかりに、身長を大きくさせるアイシャは幼い子から少し年下の女の子といった程度になっていた。
「でも、いきなりどうして?」
部屋の中には関係者が一堂に会しているのだが、まだ誰も事情を聞いていない様子。
正確にはカレンは少しだけミモザたちから聞いてはいる。
そうしてどうして王都を訪れることになったのか、その話を聞くことから始めた。




