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第五百七十八話 親子三代

 

 そもそも、元々この集まりに関しては何も説明を受けていなかった。

 時見の水晶の件による魔王の呪いの正体。その二日後に急遽イルマニから屋敷へ呼び出されていただけ。

 一体何が起きたのかと来てみれば目の前の事態。全く理解が追い付かない。


「あ、あの? 侯爵様?」

「ん?」

「これはどういったことなんでしょう?」


 問い掛けた結果渋い顔をされる。


「あの?」

「お前は黙ってたらいい」

「……はい」


 不機嫌なアトムによって口を挟む余地もなかった。動向を見守るしかない。


「息子にきつく当たるなんていうことは褒められることではないな」

「うるせぇよ。だいたい、俺達のことはほっとくんじゃなかったのか?」

「そうは言うが私もヨハンの後見人としての立場がある。貴様に振り回されるのも御免だ」


 漂う妙な緊張感。


「「…………」」


 もう何度となくこのような無言が流れている。


「あ、あのエリザさん?」

「なぁに? カレンちゃん?」


 居た堪れないカレンがエリザに問い掛けるも、エリザは笑顔を崩さない。


「この状況、どういうことなのでしょうか?」


 小さく問いかけるとエリザは小首をかしげた。


「やっぱり気になる?」

「そりゃあ、まぁ……」


 気にならない方がおかしい。


「そうよね。なら少しだけ話を進めましょうか」

「え?」


 パタンと本を閉じるエリザは目の前の小さな円形の木卓に本を置くとすぐに立ち上がる。

 向かう先はヨハン達の方へ。


「お二人とも、少しお話をよろしいでしょうか?」


 一体何をするのかとその後ろ姿を見送るのだが、カレンの視界に映るカールスとアトムの顔が恐怖に歪んでいた。


(何を恐がっているのかしら? もしかしてエリザさん? でもそんなまさか……)


 短い間ながらも、この二日カレンも良くしてもらっているヨハンの母エリザに対してそんな顔をする筈がない。印象としては優しさと母性に溢れる女性。


「母さん?」

「ごめんねヨハン。あんまりにも話が進まないから私も少し入らせてもらうわね」

「うん」

「じゃあ質問をするわね。あなた、ニーナちゃんとの婚約はどうするつもりなの?」

「え? あっ、あぁ……えっと、もしかしてそのことですか?」


 確かにそれならばいくらか納得はする。以前物凄い剣幕で訪問された時のことを思い出す。


「……ああ」


 確認する様にカールスを見たところ、小さく頷かれた。


「こいつの身勝手な行動のせいで私の立場がないのでね」

「あんたの立場なんて関係ないだろ? 俺の息子だろ」

「私達、ですよあなた」


 訂正するエリザにアトムは言い返すことができず目線を逸らす。


「……ん、まぁな」

「それに、そんなことを言ったらあの子の立場もないじゃない」


 向ける視線の先はカレン。カサンド帝国の皇女にして息子の婚約者。このまま娶るようであればそれなりの立場に就かなければならない。


「つまり、お互いの立場を主張し合っているのです」

「そうなんですね」


 耳打ちしながら解説をしてくれるイルマニ。

 竜人族とはいえニーナは一般人。だが父アトムからすれば旧友の娘。しかし侯爵が主張しているのはその比較。釣り合いが取れていないと。皇女であるカレンと王国とのバランス。それならば王国側もある程度の婚約者をあてがわなければいけないのだと。


(そんなに怒ることなのかな?)


 わからないのはこの辺り。だがこの辺りは侯爵ならではの苦労があるのだろうと推察する。


(めんどくせぇなおい)


 アトムからしてもカレンのことはないがしろにすることはできないのだが、こちらもニーナ同様、知り合いどころか仲間であったラウル。――だが剣聖であり、放棄したとはいえ元帝位継承権第一位の妹。その事実は揺るがない。侯爵の主張も理解できなくはない。


(やはりこのままではエリザ様の二の舞になられますな)


 イルマニが危惧するのは既視感。

 ただの立場や権力だけの問題だけであればまだ良かったのだが、問題は当人、特にカレン側の気持ちが既にあるのだから。このままいけばようやく修復を図れた元主とその娘夫婦の関係が再び崩壊するだけではない。ヨハンとの関係にも隔たりが生まれてしまう可能性。


(しかしエリザ様があれだけ余裕を見せるのですから恐らくこれは杞憂ですな)


 そうであればここは動向を見守りつつそれとなく言葉を足していけばいいだけ。

 イルマニの説明によりいくらか理解したものの、まだわからないことがある。


「でも……」


 わからないのは二人の関係性。明らかに見知った間柄。父アトムがローファスとも親友であり、伝説に謳われる程の冒険者であればカトレア侯爵とも既知の間柄だということには納得できるのだがどうしてこれほどまでに険悪になるのだろうか、と。


「あっ!」

「んだ?」

「どうした?」


 それと同時にふと頭の片隅を過った、忘れていた疑問を思い出した。


「そういえば父さん、僕からも一つだけいいですか?」

「なんだぁ?」


 おもむろに立ち上がり、書棚に向かう。


(あれ?)


 チラリと視線を向ける先は小さな円形の木卓の上。そこにあったのは目的の物。見える本の背表紙は先程までエリザが手にしていた本。そのままその本に手を送り持つ。


「すいません話が違うんですけど覚えている間に聞いておきたくて。僕が気になってたのはこの本、アインツの本のことなんですけど」


 そう言ったところですぐさま目線を逸らすアトムとカールス。エリザとイルマニは小さく笑っていた。


(あら? あの本は、確か以前ヨハン様に揃えておいて欲しいと言われた本ですね)


 ヨハンの私室も含めた書棚の本の種別の大半はイルマニの指示によって用意されている。加えて他にいくらかはネネが買い揃えていた。主であるヨハンはほとんど希望を出さなかったのだが、唯一これだけは、と言われて用意したのがそのシリーズ『アインツの冒険譚』。


(でもそれがどうかしたのでしょうか?)


 一体今のこの状況でそれがどう関係するのかと。

 そんな疑問をネネが抱く中、ヨハンは本のページをパラパラと捲る。


「もし、違っていたらごめんなさい。でも、もしかしてこれって、父さんたちのことじゃないんですか?」

「「えっ!?」」


 重なるカレンとネネの声。二人してすぐさま手の平で口を塞いだ。


「申し訳ありません」


 自分でも思っていた以上の声量が出たことですぐに頭を下げて謝罪をするネネ。


(あれがヨハン様のお父様の本?)


 そうだとすればこれはとんでもない話。

 そもそもヨハンの両親の素性をイルマニから教えてもらった際には驚くしかなかった。開いた口が塞がらなかった。


『まさかあの伝説の冒険者だっただなんて』

『いらん騒ぎになるから口外せんようにな』

『え、ええ。しかし納得しました。それでカトレア様がヨハン様をこれほどまでに厚遇なさるのですね』

『まぁそれだけではないがな』

『え? それだけではない、とは?』

『いや、なんでもない。時が来ればまたわかる時がくるさ』


 その時は何があるのだろうかといくらか考えはしたものの結局わからずじまい。しかし今この場に於いてそれは劇的な展開を迎えている。


(あれがアトム様とエリザ様の記録だとすれば……)


 頭を下げながら僅かに向ける視線の先にはカールス・カトレア侯爵。

 その本が創作物ではなくスフィンクスの伝記のようなものだとすれば、それはカールス・カトレア侯爵も無関係ではない。むしろ紛れもなく関係者。


(こんなことって……)


 ネネはアインツの冒険譚をこれまで読んだことはなかったのだが、主がどうしても欲しいという本だったこともあり時間を作っては一通り目を通している。内容のそのほとんどは確かに冒険者に憧れる少年が好む内容そのものなのだが、冒険譚にしては異色ともとれるアインツとエルネアの恋愛模様。身分違いの恋の発展に恥ずかしながら焦がれるものがあった。


(だとすれば、エリザ様は……)


 思考を巡らせ、色々と符合する。諸々の相関図が。

 以前イルマニにヨハンをカトレア侯爵が厚遇している理由がそれだけでないと言っていたことの意味も遅れながら理解した。

 しかしまだそうだと決まったわけではない。息を呑む。


「ネネ」

「は、はい!」


 不意にイルマニから声をかけられたことでビクッと身体を起こしながら向けるイルマニはテーブルを見ていた。


「し、失礼しました。すぐにご用意致します」


 空になったカップに紅茶を注ぎながらカールスとアトムの二人の様子を窺う。


「ではヨハン様も」

「ありがとうございます」


 本を片手に元の椅子へと腰掛けるヨハンに紅茶を差し出した。

 そうしてネネはすぐさまドアの前に立つ。


「どうなの? 父さん」


 問い掛ける質問に、ぼりぼりと頭を掻くアトム。


「わあったよ。正直に教えてやる。お前の想像通りだ。それは俺たちの冒険を元に書かれてる」

「やっぱり。じゃあ母さんって」

「ああ。家は出たけど一応貴族令嬢だ」

「そうだったんだね」

「ついでに言うと、目の前にいるのがお前の祖父さんだ」

「え?」


 不意に突きつけられた事実に耳を疑う。


「カールス様が……僕のお祖父さん?」

「あ、ああ。まぁ……そうだ」


 決定的な一言が放たれた。恥ずかし気に頬を掻くカールス・カトレア侯爵。その様子を見守っていたイルマニは布で目尻の涙を小さく拭っており、ネネは後ろ手に親指を立てながら拳を握っていた。


「え?」


 しかしその場に取り残されるのはカレン。


「うそ?」


 まるで信じられない。ただの猟師の子だと聞かされていた冒険者の男の子がまさかシグラム王国の貴族、それも四大侯爵家の正統な血縁者だったのだと不意に知ることになる。



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