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第五百七十七話 険悪な間柄

 

 魔王の呪いの詳細が判明したことで今後の動きにも大きな変更があった。

 全体的な方針としては人魔戦争時代から存在している国、パルスタット神聖国への調査。これに関しては表向きに大きく動くわけにはいかないので、近々大使が派遣されるその際での何かしらの手段の模索――エレナが王女として対応することで決まっている。

 アトム達スフィンクスはそれとは別、他の方面から解呪の方法を探すために旅にでるのだと。


 それと当時の遺物、円卓の間にいた全員が過去見をすることになった黄の宝珠に関しては、ローファスへの謝罪と共にパバールへと渡している。重要な物であることは勿論なのだが、今の状態では持っていたところで役に立たないのだと。

 宝珠の持つ魔力自体が枯渇してしまっており、赤と青と併せてその全てをパバールが一時預かることになっていた。


(なんにしても良かった。なんとかこれからも一緒にいられるけど、やっぱり強かったなぁ)


 今居るのは屋敷の応接間。斜め前に座るアトムと窓際で椅子に座り本を読んでいるエリザ。尋常ならざる両親の強さ。

 円卓の間での最後の話。それはアトム達がモニカを旅に連れて行くとのことだった。しかしそれは当事者のモニカだけでなく、ヨハンも含めた全員が断っていた。承諾するはずがない。


『んなこと言うがお前ら、本当にお前達にモニカを預けても大丈夫なのか?』

『信じて、父さん。僕たちを』

『……まぁ、そう言うと思ってたわ。だったらお前らの力を証明しろ。ヨハンだけじゃなくお前ら全員、魔族と戦う力があるんだってことを俺達にな』


 その結果、アトム達スフィンクスに加えてラウルとリシュエルとヘレンに果てはローファスまでも含めた面々と、ヨハン達による模擬戦が行われることになる。

 しかしそれは模擬戦と呼べるほど生易しいものではなかった。


『――――……そんなんじゃモニカを任せられないな』


 威風堂々、勇猛果敢に居並ぶアトムたちのその姿はまさしく伝説の冒険者達に他ならない。


『はぁ……はぁ……。さすがというか、当たり前というか、こんなにまで強かったなんて……』


 息を切らせながらチラと横目に見るそこには騎士鎧を纏う男アーサー・ランスレイ騎士団第一中隊長。


『ふぅ。これは骨が折れる』

『まだやれますか?』

『もちろんだよ。それにしてもまったく、急に団長から呼び出されたかと思えばまさかこんな仕打ちを受けるとは思ってもみなかったね』

『すいません。巻き込んでしまったみたいで』


 アーサーと並び立ち、正面に立つアトムとガルドフに剣を構える。

 現状、勝ち目は薄い。


『助かりました。でも本当によかったんですか?』


 問い掛けるアーサーは小さく口角を上げる。


『いや、さすがに私も伝説を相手にして戦えるともなればいくらか高揚するものがあるよ。貴重な機会に感謝するね』

『そう言って頂ければ』


 とはいうものの、全体的な結果としては惨敗。

 加勢はアーサーだけでなく、ナナシーやサイバルは勿論、マリンまでもが参戦してくれている。エレナの懇願によって嫌々ながらも参戦したマリンは贈られる寵愛による後方支援のみ。気を失っているレインの介抱をしているマリン。


『諦めてお母さんたちと一緒に来たら? モニカちゃん』

『い、いやよ。私はヨハンといるの。絶対にっ!』


 よろよろと立ち上がるモニカ。ただで負けるつもりもない。意識を朦朧とさせながらも最後まで意地を貫き通していた。気力を振り絞る。


『はぁ……相変わらず強情ねぇ……』

『わ、私達の力はこんなものじゃないわ』

『……モニカ』

『そう、ですわ。ここで引き下がるわけにはいきませんの』

『エレナちゃんも。いいわ。わかったわ』


 深く頷くヘレンはモニカ達に向かって歩き、振り返った。

 その行動にモニカもエレナも疑問符を浮かべる。


『おかあ、さん?』

『あなた達の気持ちは痛い程わかった。うん、お母さん決めた』


 剣先を真っ直ぐアトム達へと伸ばす。


『なんだヘレン?』

『ねぇアトム。この子達ならきっと大丈夫よ。だから私はこっちにつくわ。愛する娘の味方をするために』


 ニコッと微笑んだ。

 その結果、顔を見合わせるラウルとリシュエルとクーナは頷き合うと、すぐにそれに追随する。


『え?』


 その光景に思わず目を疑った。


『……お前らまで、どういうつもりだ? まさか情に絆されたとか言うなよ?』


 明らかに怒気と殺気を放つアトムの形相は恐怖そのもの。肌にひりつく感覚。


『それだよそれ。いやなに、本気のアトムとやってみたくなってな。懐かしいだろ?』

『同じく』


 共に剣を構える剣聖と竜人。


『本気、なんだな?』

『ああ』

『無論だ』

『いいぜ。だったら相手してやるぜ。覚悟しなッ!』


 ラウルとリシュエル、共にアトムとはかつて敵対していた関係。今でこそ仲間と呼び合えるが、殺し合いをしていた間柄。


『……クーちゃんは?』

『決まってるじゃない。その方が面白そうだからだよ?』

『あなたねぇ』

『えへっ』

『かまわぬエリザ。このままではワシも面白くなかったのでな。もう少し歯応えが欲しかったのよ』

『うわぁ、おっかなぁい』

『くくっ、よう言いおるわい』


 上方に杖を掲げるシルビア。頭上に描かれる大小無数の魔法陣。


『じゃあやるよナナシー、サイバル。しっかりついて来なさい。これがあなた達を指導する最後になるかもしれないのだから』

『『は、はいっ!』』


 そうしてそこから先は激しい戦いが繰り広げられる乱戦。そこはもう親の世代と子の世代の戦いどころではなくなっていた。



 ◆



 結果としてはアトム達が折れる形で終局を迎えたその激戦。母エリザに言わせれば途中までは悪ノリだったらしいのだが最後には熱がこもり過ぎたのだと。このままでは死人がでかねないと判断した結果エリザがアトムに不意討ちでキスをして冷静さを取り戻させていた。


 それから二日後、現在に至る。

 屋敷の応接間で目の前の光景に疑問を抱きながら思い返していた。


(――……でも、どうしよう……)


 しかし困るのはこの無言の間。不穏な空気。


「どうぞ」


 ネネによって差し出される紅茶が三つ。


「ありがとうございますネネさん」

「……いえ」


 そのネネも一言発すとヨハンの目の前に座っている二人の人物にチラリと目線を送るなりそそくさと部屋の入り口に歩いて行く。


(……なんだかすっごい険悪なんだけど)


 明らかに不機嫌そうに向かい合って座っている二人の人物。

 一人は主の父であるアトム。


「ちっ!」


 そのアトムは正面に座る人物を軽く睨みつけては紅茶を口に運ぶ。


「嫌なら飲まなくてもいいぞ」

「んな指図は受けないね」


 掛けられる声を意にも介さずカチャンとカップを粗雑に扱った。


「そういうところだ。やはり貴様には任せておれんな」


 対するアトムの正面に座るのはカールス・カトレア侯爵。侯爵は当然の如く綺麗な所作を用いて紅茶を口に運ぶのだが、醸し出す雰囲気は明らかに怒気を孕んでいる。


(なにこれ?)


 ネネが視線を向ける先、ヨハンの背後には執事然として無言で立つイルマニ。窓際にある書棚の近くに置かれていた椅子に座るエリザとカレン。本を捲りながらニコニコするエリザとは対照的にカレンは不安そうにヨハン達の様子を見ていた。

 使用人としていつでも用事を請け負えるように応接間の入り口でお盆を胸に抱くネネもこの空気に耐え切れないでいる。


「どうするつもりなんだ?」

「なにがだよ?」


 射抜くような視線を向け問い掛けるカールスに対してソファーに腕を回して不遜な態度で応対するアトム。


(どうしたらいいんだろう?)


 侯爵を相手にする父の態度に疑問を抱くのだが、カールス・カトレア侯爵の問い掛けも確かに不躾。仲の悪さが滲み出ていた。

 まるで板挟み。しかも理由が全くわからないから困ったもの。肩越しにイルマニに助けを求める様に視線を向けるとニコッと無言で頷かれるのみで助けてくれる気配の一切がない。



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