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第五百七十一話 逃避の行方

 

 太陽が空の頂点にある中、王宮を飛び出して周囲を見渡すのだがモニカの姿はどこにもなかった。


「……いない」


 王宮を出入りする人たちが何事かと疑問符を浮かべているヨハンを見るのだが意にも介さず王宮へと振り返る。しかし過る考えを即座に否定した。

 慌てて飛び出したとはいえ、追い越したり王宮に残っていたりするとはとても思えない。その場にいたくなかったからモニカは飛び出したのだから。


「いったいどこに?」


 すぐに追いかけなかったことを後悔する。


「そんなに慌ててどうかしたのかい?」


 聞き覚えのある声に対して振り返ると、そこにいたのはアーサー・ランスレイ騎士団第一中隊長。後ろにはスフィアの姿。


「アーサー……さん、あの、モニカを見ませんでしたか?」

「モニカ君?」

「はい」

「もしかして、仲違いでもしたのかい? だったらまだこちらにも望みがあるというものだ」

「ありませんよそんなチャンスは。モニカなら街の方に走っていってたけど、本当になにかあったの? あの子のあんな顔初めて見たから」

「どっちに行ってましたか!?」

「あっちだけど……」

「ありがとうございます!」


 スフィアが指差す方角へ向けて駆け出そうとしたところ、アーサーにグッと腕を掴まれた。


「すいません急いでいますので」

「少しでいいのだ」

「……なんですか?」


 その眼差しに若干の苛立ちを覚える。


「っ!」


 直後、不意に振り切られる斬撃。腕を振りほどいて後方に飛び退いた。


「隊長!?」

「なにをするんですか?」


 周囲がざわつく中、真っ直ぐに騎士剣をヨハンへと向けるアーサー。


(この気配……)


 向けられる気配は明らかに本気。


「どういうつもりですか?」

「焦っているように見えたけどさすがだね。よく見えている」

「質問に答えてください」

「いやなに、もし彼女を泣かせるようなことがあれば、私は遠慮しないよ」

「大丈夫です。モニカは大切な仲間です。泣かせるようなことはありません」


 ジッと見つめ合い、アーサーは騎士剣を鞘に戻す。


「そうか。仲間、ね。まぁいい。今はそういうことにしておけばいいさ」


 振り返り、背を向けるとすぐに王宮へ向かい歩いていた。


「ごめんなさい。変な隊長で。悪気はないと思うの、たぶん」

「……いえ」


 頭を下げるスフィアは慌ててアーサーの後を追いかける。


「おーい!」


 入れ違うようにして王宮からレイン達が出て来ていた。


「モニカはいたか!?」


 レインの問いに小さく首を振る。


「それが……見失っちゃって」


 見失うなと父に言われたのだが結局見失ってしまった。


「もうっ! 何やってるのよお兄ちゃん!」

「ごめん。でもみんなは? もしかして…………――」


 深く頷くカレン。


「わたし達にも視えたの。あの人魔戦争がね」

「――……やっぱり。だったらモニカも」

「でしょうね。あんなの見せられたら逃げ出したくもなるわよ」

「……とにかく、モニカを探そう。みんなも手伝っ――」


 言いかけて途中で言葉を止める。

 そこに見えるそれぞれの笑顔。聞くまでもなかった。


「いまはどういう状況ですの?」

「エレナ!?」


 遅れてそこに駆け付けるのはエレナ。


「その……エレナは、大丈夫なの?」


 ヨハンの問い掛けに対してエレナは僅かに寂しげな笑みを浮かべる。


「ええ。さすがにあれだけのことですので、大丈夫とまでは言い切れませんが」

「そう、だよね」


 しかしすぐさま笑顔の形が変わった。ニコリと柔らかに微笑む。


「ですが、わたくし以上に問題を抱えた子がいますもの。落ち込んではいられませんわ。それに、一応の落とし前は付けて来ましたので」


 手の平を軽く体の前でひらひらとさせていた。


「エレナ、それ……」

「当然お父様に、ですわよ?」

「ひええぇ。女は強し、だな」


 微笑むエレナの冷笑。この場でその笑顔を作れる豪胆さ。


「そんなわけないじゃないレイン。女の子はそんなに強くないわ。人間もエルフも」

「わかってるよ。冗談だって」


 そうナナシーに言い返すものの、レインの周りの女性達は確かに強い。間違いなく。肉体的にも、精神的にも。


(そのモニカがああだもんな)


 推し量れないその気持ち。感情。向ける先はヨハンへ。


(お前がなんとかしないといけないんだけど、わかってんのかなこいつ)


 今は誰がモニカと話すのに適しているのか。


「とにかく、モニカを探しますわよ」

「だなっ」


 考えていればモニカが見つかるわけではない。それに探す当てがあるわけでもない。


「手分けして探そう」


 広い王都の中を、手分けして探し始めることにする。


「わたしは王都の入り口で聞き込みをしてくるわ。外に出られると探し出すのも一苦労だからね」

「お願い、カレンさん」

「わたくしは学校周辺を」

「だったら俺らは街の方を探すぜ。手当たり次第にな」

「じゃあみんな、お願い!」


 そうしてモニカを捜索するために奔走した。



 ◆



「……はぁ……はぁ……どこにもいない」


 息を切らせ探し回るのだが、手掛かりすら掴めない。

 頂点にあった太陽はもう半分程傾いてしまっている。間もなく夕刻を迎える頃。夜になればさらに見つけにくくなる。


「いたか?」

「こっちもだめ」


 学生寮の門で合流するのだが誰もモニカを見つけられなかった。


「門兵には声をかけておいたから王都から出てはないはずだけど」


 カレンが真っ先に向かった王都の出入り口。モニカを知る門兵に言付けている。


「にしても、これだけ聞き込みをして誰も知らないなんてね」


 困惑顔のナナシー。もう思い当たるところはない。


「いったいモニカはどこに……」

「どうしたの? そんなところにみんなで集まって?」

「サナ?」


 そこに偶然通りかかったサナ。


「あっ、そういえばさっきモニカさんを見たわよ? なんか必死だったけど何かあったの?」


 不意にもたらされた目撃情報。


「どこで!?」

「ちょ、ちょと、よ、ヨハンくん、ち、ちかい、かな」


 顔面を真っ赤にさせて照れるサナ。向かう先はヨハンの唇へ。


(そ、そういえばまともに話すのあの時以来だな)


 羞恥に襲われるのだが、そんなこと意にも介していない様子。

 だったらこの勢いで以前の状態に持ち込むが吉。


「も、モニカさん、物見塔に登って行っていたわ。あんなところに何か用事でもあるのかな?」


 指を顎に持っていき疑問符を浮かべていたのだが、直後にはボンっと一気に顔を紅潮させるサナ。


「はわっ!?」

「物見塔だねっ! ありがとうサナ!」


 ぎゅっと抱きしめられていた。


「あっ……」


 しかしすぐさまその力強さは身体から離れていく。


「いこうみんなっ! 物見塔へ」


 振り返り声を掛けるヨハンは背後でへなへなと倒れるサナに気付かない。


(ひどい奴だなこいつ)

(それはかわいそうよヨハン)

(あれはさすがに耐えられませんわ)


 それぞれ思い思いの感情を抱いていた。


「どうかしたの?」


 ようやくモニカの目撃情報が得られたというのにどうしてこのような反応になるのかわからないでいた。

 そうして向かった先は南地区にある大きな塔。今はもうその役割をほとんど果たしていない。観光として登ることもできるのだがそれも億劫な高さ。


「お兄ちゃん。高くて視え辛いけど、確かにお姉ちゃんここにいるっぽいよ」


 右手で輪っかを作るニーナ。魔眼を通してじっくりと頂上付近を見る。薄っすらと視える魔力の揺らめきは良く知るモニカのそれ。


「じゃあ、迎えに行こう。モニカを」


 笑みを向けると一様に頷き合う。


「よろしくお願いしますわ」


 深々と頭を下げるエレナ。

 そうして頂上にいるモニカを迎えにいくため物見塔へと入っていった。



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