第五百七十 話 拳の熱さ
「どう、いうことですの?」
「答えを教えてあげたら試練にならないからヒントだけね」
指を一本立てて片目を瞑るエリザ。
「は、ぃ」
「あなたが受け入れようが受け入れまいが、この事実は決して覆らないということよ」
「え、えぇ」
「それと、この問題はあなた一人では解決できないということ」
「…………」
そうしてエレナが視線を向ける先は、周囲を一通り見回した後に、先程までモニカが座っていた席へ。
「突然こんなことを突き付けられたあなたが、もちろん辛い思いをして、言葉ではとても言い表せない気持ちになっていると思うの。でも、今一番辛い思いをしているのは誰なのか。 これだけ言えば十分よね?」
「…………」
「支えられるのは、そんなに多くないわ。そして、それは私達じゃないのよ」
エリザの言葉、咀嚼するまでもない。言われなくともわかっていた。
「…………そう、ですわね」
しかしもどかしさは否めない。どうにも処理しきれない感情が沸き起こっている。
けれども、自身以上にその感情に苛まされている少女のことを想えばそれもいくらかマシになった。
「わたくし」
はっきりとした眼差しを周囲へと向ける。決意。
「いってきますわ」
力強く言葉にした。
「ええ。いってらっしゃい」
ポンと軽く肩を叩く。
「ありがとうございます、エリザさん」
「またあとでゆっくりお話ししましょうね」
「はい。ですがその前に――」
カツカツと向かう先は視線を落としていた父ローファスへ。これまで一言も話していない。
「お父様」
「あ、ああ」
返事をする刹那の瞬間、勢いよく振り切られているエレナの右腕。
パァンッと鋭く激しい痛烈な破裂音がその場に響き渡った。
ドサッと音を立てて尻もちを着くローファス。
「手打ち、とまではいきませんが、とりあえずこの場はこれで収めておきますわ」
息を切らせてきつく睨みつけている。
そのまま周囲へと頭を深く下げた。
「お見苦しいところを失礼しました。さすがにわたくしも少しばかりの気持ちの整理をしておきたかったので」
「ええ。あとで好きなだけそのバカを殴りなさい。私が許可するわ」
「おう。俺も許可するわ」
ニコッと笑うエリザと意地悪く笑みを浮かべるアトム。
「ありがとうございます」
「ああでもジェニファーを叩いてはいけないわよ?」
「もちろんですわ。お母様を叩けませんもの。ただ、後で詳しいお話は聞かせて頂きたいですが」
「うん、偉いわねあなたは」
エレナの目の前でゆっくりと力なく立ち上がるローファスへ振り切られるエレナの左腕。もう一度だけ破裂音を響かせるとエレナは深々と頭を下げるなり足早に円卓の間を後にする。
「ま、しゃあねぇわな」
「だな」
苦笑いするアトムとラウル。
その場に残っていたのはかつての仲間達。エルフの里襲撃事件の際の主軸となった人物と大賢者パバール。
「さて、っと。んー!」
ようやく辛気臭い場から解放されたとばかりに伸びをするアトム。
「話に聞いていた通りだったな。ってか、実際に俺達が視ること出来たのも収穫だ。姐さん、パバールさん」
「ああ」
「ウム」
知見の深い二人の見解がどうなっているのか、検証しなければいけないことはまだある。
「皆様、大変大事な話をしているところ、一つだけよろしいでしょうか?」
口を開いたのはジャン・フロイア近衛隊長。
「お主がこういった場で口を開くなど珍しいの?」
公式な場では求められない限り発言を控える程公務に忠実な男だということはガルドフも知るところ。
「いえ、こればかりはどうにも譲れなさそうですし、それに今しておかないと機を逃しそうですので」
鎧の音を鳴らしながら向かう先は片膝を立てるローファスへ。
「ちょ、ちょっとジャン!?」
驚くエリザの目の前でジャンはローファスの胸倉を掴んで立たせていた。
「エリザ!」
制止する様に声を発したのはアトム。
「いいからほっとけ。男には男のケジメの付け方があんだよ」
「申し訳ない」
「…………」
真剣な眼差しのジャンが見つめる先にいるローファスも視線を逸らさない。交わる視線。
「歯を食いしばれ、ローファス!」
ぐっと奥歯に力を込める。
直後、ゴオッと勢いよく振り切られた拳によって、ローファスは吹き飛び壁に叩きつけられた。
「ぐっ、ぐぅぅっ」
本気も本気。鍛え抜かれた肉体による打撃はローファスの口から血を流させる程。
「お主、そんなことして良かったのか?」
「処分ならいくらでも、極刑でさえも甘んじて受け入れよう。これは古くからの友としての怒りの拳だ」
「暑苦しい男よな」
とはいえガルドフもジャンの気持ちがわからないでもない。わなわなと震わせている拳を目にすれば。
「いや……――」
よろよろと立ち上がるローファスは真っ直ぐにジャンを見る。その眼には怒りの感情は一切なく、弱々しく、謝罪の意も汲み取れた。
「――……本当ならもっと早くこの拳を受けなければいけなかったんだ」
それでもジャンの真正面に立つ。
「だが、だが、だったらどうすれば良かったんだ? もし魔王の復活にモニカが関係するともなれば、国民にどう伝えればいい? これまでに何度も言おうかと迷ったさ。だが一度言いそびれるともう言い出すきっかけがなかった。今回だって世界樹の件がなければ――」
直後、再び響く鈍い音。
「そういうところだローファス」
威圧感たっぷりに見下ろすジャン。
「お前は子どもの頃から何も変わっていないな。王様の服を着たただのガキだ」
「…………」
手の平を頬に当てるローファスの胸倉を両手で掴むジャン。
「貴様はさっきのアトムのことを見ていなかったのか?」
「おれ?」
身に覚えのないことに軽く自身を指差すアトム。
「いつだって抱え込もうとする。もっと周りを頼るようにしろと何度も伝えたはずだ。だったら今回の件だってもっと早く対応できたはずだろう!?」
「あっ、それもう前にそいつに言ったぞ?」
「「…………」」
水を差すようなアトムの言葉。
「そ、それはそれとしてだな! だからこそ誰もモニカを、モニカ様をこの場の誰も追わなかった! モニカ様の仲間を信頼している証だろう!?」
「……そうだな。ジャンの言う通りだ」
パッと手を離すとドサッとその場に落ちるローファス。
「だから遅れた分を今日取り返させてくれ。そのためにこれからはジャンの力も存分に借りたい。よろしく頼む」
その笑顔を見てジャンは溜息を吐き、続けて深く頭を下げる。
「ご無礼を失礼いたしました。処分は如何ようにでも受け入れる所存でございます」
「いや、友の気持ちの籠った言葉なんだ。今回は不問だ」
襟を正して頬を擦るローファス。
「さて、話を整理するぞ」
見届け、溜息を吐きながら声を発すシルビア。
「こやつの言うておった事態を大きく上回る事態が起きたようだが」
こやつ――パバールの言。
時見の水晶、その使用者のみが過去視をすることができると言っていたが実際はそれ以上の出来事。全員が視ている。
「一体どうしてそのようなことになったのじゃ? パバール殿が言っていた水晶の力を大きく上回っておったようだが?」
シルビアの言葉を引き継ぐガルドフの言葉。
「恐らく……――」
水晶を使用した時の状況を思い返す。突如として起こった黄の光。
「――……恐らくだが、さっき部屋を出て行った小僧が持っておったようだな。あの秘宝、魔宝玉を」
その見解に異を唱えることはできない。それは確かにそれらしい光を目にしていた。
「一体あの子いつの間にそんな物を手に入れたのよ?」
「わかんねぇが、後で聞くしかねぇな。とりあえずわかってることを整理してくれや」
「情報の整理も大事だが、戻って来るのか?」
「さっきジャンが言ってただろ。俺らが行くより仲間が解決するのが一番良いんだよ。俺らも若い頃はそうだったろ? 上のもんにあーだこーだ言われるより、隣に立つ仲間の言葉が一番刺さるんだって。あの年頃は特にな」
「そういうあなたはそうでもなかったけどね」
隣に座るエリザの笑み。
「そうじゃな。お主は出会った頃から厄介だったぞ」
「おいおい、んなことねぇっての」
「ええい! いつまでのんびり話しておる!」
その場に轟く雷。シルビアの我慢が限界にきていた。
「ふむ。そういう短気なところは未だに成長しておらぬと見える」
「なにを? 千歳の婆が」
「よし。では年の功を見せてやろうではないか」
厳格な間である円卓の間に轟く魔法。呆れるクーナとエリザは被害が出ないように魔法障壁を頑丈に展開させる。
「結局似たもの同士なのよねこの二人」
呆れながら見る師に対するエリザの見解。
魔法合戦が落ち着いた頃にようやく今後についての話し合いが行われることになった。




