第五百六十九話 還って来た円卓の間
眩い光が収まった途端、最初に目にしたのはエレナの後ろ姿。横目に見えるのは勢い良く立ち上がっているアトムの姿。それは過去見をする直前の状況と同じ。
(……なにも変わっていない?)
状況が呑み込めない。
俯き始めるエレナ。天を仰ぐローファス。その反応が示すのは、先程目にしたことを当事者である二人も視て来たのだと。
(エレナ……さすがにショックが大きいよね)
血縁関係のない自分でさえこれだけの衝撃を受けている。そんな状況でどうやって声を掛ければいいものかわからない。
「フム。それが呪いの条件とは予想はあったが本当にそうだったとはな」
静寂の中を突くその一言。
「え?」
発言の主はパバール。改めて見るその容姿には確かに当時の面影をいくらか残している女性。直後、小さくカチャンと背後に響く金属音。
肩越しに顔を向けると、モニカの手の中にはその愛剣が握られていた。
「……そっか。そういうことだったのね」
モニカが小さく呟く。
「モニカ、もしかして……?」
その言葉を発する理由、それはモニカも自身と同じものを視たのかと。
「――っ!」
目が合ったその瞬間、ガタンとモニカが勢いよく立ち上がる。唇はぎゅっと横に結び、後方、ドアに向けて走り出した。
「モニカっ!」
声を掛けるのだが立ち止まることなく走り去る。入り口に立っていた近衛隊長であるジャンも制止しようかと僅かの躊躇を見せるのだが腕を動かすのみで足は動かせない。
「バカヤロウッ! てめぇ何してやがる!! 早く追いかけろ!!」
モニカの姿がなくなった円卓の間に響くアトムの怒声。
「とう、さん?」
目が合うなり深く頷かれる。
「早く行け。絶対に見失うなよ?」
「う、うん!」
全体の事情は呑み込めないのだが、恐らく少なくとも自身の出生を視て来たが故に飛び出したのだと。
そのまま素早くモニカの後を追うようにしてその場を後にした。
「ったく、世話焼かせるなよな」
そのままアトムが続けて視線を向ける先はレイン達へ。その気迫の籠った眼差しにレインは思わず目を逸らす。正しく怒気。
「レイン、テメェは行かねぇのか?」
「えっ……あっ、いや……あの……――」
「俺に視えたってことは当然お前らも視たんだろ?」
「う……うす」
「だったらてめぇも早く行きやがれッ! 仲間だろうがっ!」
「は、はい!」
立ち上がるレインよりも先に動いていたのはナナシー。腕の先をレインへと伸ばしている。
「いくわよ、レイン」
「あ、ああ!」
ヨハンから僅かに遅れることレインとナナシーもその場を後にした。
「待って! あたしも行くよ!」
続いて駆けるのはニーナ。
「仕方ないな」
ゆっくりと立ち上がるサイバルは長であるクーナへと顔を向ける。
「いってらっしゃい」
「はい」
慌てることなく続くサイバル。
「カレンは行かないのか?」
ラウルの問いかけ。
困惑しているカレンの視線の先にはエレナ。エレナは未だに誰とも目を合わせていない。
「ここは任せておけ」
「……はい」
立ち上がり、周囲に深く頭を下げる意はエレナのことをよろしく頼む、と。いくら芯が強いエレナであってもこれだけの衝撃は人生に於いてそう何度も受けるようなものではない。
そのカレンの心配を表すかのように、自身の仲間が全て出て行った部屋の中、気力を失くしたエレナは力なく椅子へと落ちるようにして座った。
「あれだけ怒っていたのに何も言わないのだなドワーフ」
「うるさいわ竜人。こんなもの視せられて何が言えるというのだ」
小さく言葉を交わすリシュエルとドルド。久しぶりに旧友が訪問していた際に漏らしていたローファスへの疑念。
元々、定住する際の住まいの提供、加えてアトム達の現役時代に共に懇意にしていたローファス。自身が丹精を込めて打った祝いの剣を手放したことで不義理を働かれたのだといくらか不信感を抱いていたのだが、その全てを払拭された。同時に得るのは驚嘆。
(これは、思っていた以上だったわ)
突然呼ばれたことに不満はあったのだがそれもこれだけの事情があるのであれば致し方なし、と。
「さてっと」
小さく声を発すアトム。モニカのことはヨハン達に任せればいい。問題はこの場に残った少女。目の前の父親はどう見ても言葉を失っている。
(あっちも今はだめだろうな)
そのまま視界に捉えるのはジェニファー王妃。涙を流して嗚咽を漏らしていた。
「すまん頼むわ」
「ええ」
背後、肩にそっと置かれる手の平。この場で誰がそれに適しているのか、それは誰よりもアトム自身が知っている。最愛の人。
(しっかしまさか全員が知ってしまうとはな)
確かに驚きは隠せない。それは当のモニカとエレナ達に限らないのはそもそもとして、自分達にしても同じ。ラウルやエリザも予め聞かされていたとはいえ内心驚かざるを得なかった。
「…………」
無言のエレナの背後に立つエリザはそっと両肩に手を置くと、そのまますぐにエレナの正面へと腕を回す。
「ねぇエレナちゃん」
「…………」
穏やかで包み込むような問い掛け。優しさが滲み出ていた。
「びっくりしたよね。どうしたらいいのかわからないよね」
反応がないにも関わらず、エリザは続けて言葉を紡いでいく。
「賢いエレナちゃんならわかってると思うけど、どうしてだか私達にも視えちゃったの。たぶん、エレナちゃんが見たのと同じものを。でも、多くを説明しなくとも、あなたならきっと理解してくれると信じてるわ。それだけの愛があそこにはあったから」
エレナの様子を窺うわけではない。等しくエリザ自身の言葉。真心。
「でもね、一つだけあなたに試練があったの」
「…………試練」
「それはあなたがこの事実を受け止めることではないわ」
「え?」
そうでなければ何が試練だというのか。これだけの事実を突き付けられて、他に何があるというのか。思わずその言葉を発した女性、エリザの顔を見た。そこには変わらない笑顔のエリザ。強くて逞しい尊敬する人物であり、好意を寄せる人物の母。




