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第五百六十八話 剣の由来

 

「でもさ、どうしてヨシュアなの?」

「ん? お前達は付き合っているのだろう? 結婚を前提として?」

「なっ!? どうしてそれを!?」

「ジェニファーに教えてもらったのだが?」


 途端に顔を赤らめるヘレン。


「ご存知でしたか。申し訳ありません」

「いや、気にしなくて良い」

「べ、別にヨシュアのことなんてなんとも思ってないんだからね!」


 ブツブツとひとり言を口にしていた。


「と言っているが?」

「気にしないで続けてくださいませ。しかしこのような形で恩を返せることになるとは」

「ヨシュア?」


 スッとヨシュアはヘレンの手に自身の手を重ねる。


「突然のお話で困惑しておりますが、何も悪いことばかりではありません。陛下に拾ってもらい十数年、こうして生きて働かせてもらえるだけでなく、こいつとも出会えた」

「ヨシュア……」

「それに何より、陛下の子を育てるなんてこと、今後人生を何百回やり直しても二度とないことでしょう。その願い、謹んでお受けさせて頂きます」


 その様子を見るヘレンは大きく溜息を吐いた。


「はぁ、あんたって何かあれば陛下陛下、もう仕方ないわね」

「すまない、助かる」

「けどこっちからも条件があるわ」

「当然だろう、聞こう」


 そうしてモニカを預かるための最終的な条件の提示が行われる。

 片目を瞑りながら指を一本立てるヘレン。


「とりあえず十年。まずは十年を一区切りにさせて。その十年の間に、その子、モニカについて色々と見定めさせてもらうわ」

「ああ。それで何もなければいくらかはこちらとしても多少安心はできる」


 そのままヘレンはもう一本指を付け足した。


「商人にしてくれるのはこっちとしても助かるわ。王都に顔を出すのに公然とした理由ができるもの。だからね、私も荷の輸送で適度に王都に顔を出すようにするわ。だから私が王都に来た時に、その、この子のお姉ちゃんに当たる子、エレナって言ってたわね、その子の顔を見せてちょうだい。遠くからでいいから」

「それはどういうことだ?」


 首をかしげて疑問符を浮かべるローファス。


「だってこの子達は双子なんでしょ? もしそっくりだったら問題になるかもしれないじゃない」


 当然の帰結。似た人物とは違う。


(あれ? そういえばモニカとエレナって……――)


 そのやり取りを目にしていたヨハンも思い返した二人の容姿。全くとまではいかなくとも違っていた。


(――……シグとスレイみたい、か)


 しかし疑問に思うのは二人ほどに対照的ではない。確かにモニカは魔法が得意というわけではないがそれなりに扱える。特に治癒魔法に関しては相当。剣だけで云えば特級。対してエレナに至っては戦闘技術全般に秀でている。


(魔法技術の進歩か、それとも…………)


 ミリアとシグの血、スカーレット家として優秀なのだろうかと考えるのだが、どちらもあり得た。


「確かにその通りだ。わかった。一縷の望みに賭けるのは、例は少ないが双子でも似ない場合があるらしいからな。ただまぁ、もし似るようであればどうしたものか。しかしそれよりも――」

「わかってるわ」


 ローファスが見せる表情の機微をヘレンは的確に見抜く。


「もしこの子が魔王、魔族になるようなことがあれば私が責任を持ってこの子を殺すわ」


 ビクッと身体を震わせるマリアン。しかしグッと吐き出しそうな言葉を飲み込んだ。それはそれだけの覚悟を要してこの場に同席している。


「……すま、ない」

「何回謝れば気が済むのよ。もう謝らないでよ」

「そうだな、ありがとう」

「そう、それでいいのよ」


 チラとヘレンがモニカに視線を向けると、赤ん坊は短い腕をヘレンに向けて必死に伸ばしていた。


「これからよろしくねぇ、モニカちゃん」


 指を赤ん坊のモニカの前に持っていくと、ゆっくりと指先を両手で掴むモニカ。


「きゃっきゃっ!」

「かわいい。ほんとさっきの話が嘘みたいね。マリアンさん、よろしくお願いします」

「いえ、とんでもございません。こちらこそお世話になります」


 そんな未来など、訪れることがないように祈りながら、ローファスは背後の荷に手を伸ばした。取り出したのは一本の剣。


「これを」


 机の上にガチャっと置く。それはヨハンも良く知る剣。


(この剣は、モニカの――)


 愛剣であり、母から渡されたと言っていた剣。


(――あれ?)


 思い返す円卓の間にいた人物に対する疑問。


(もしかしてドルドさんがあの場にいたのって)


 初めて鍛冶師ドルドの下を訪れた時、ドルド自身がモニカの剣を打ったと断言していた。そのことに関係するのかと。


「良い剣ね」


 剣を鞘から抜くヘレンは感触を確かめる。剣身にヘレンの顔が綺麗に反射していた。


「ドルドから出産の祝いだから当然だな」

「へぇ。あの堅物が打ってくれるだなんて珍しいこともあるのね。いいところあるじゃない。いっつも素材を持って来いって五月蠅いのにね」


 鞘に戻しながらヘレンは疑問符を浮かべる。


「さすがドワーフで一番の鍛冶職人。だけどいいの? これは出産祝いだったんでしょ? 言えばエレナって子にだろうけど」

「いや、俺達の子に貰ったやつだからモニカに渡すことになっても問題はない。ドルドには悪いがな」

「物は言いようね」

「それに、俺がモニカに送ってやれる物で身元がバレない特別なものといえばこれぐらいだ。せめてもの贈り物として渡して欲しい」

「……わかったわ。冒険者の娘にとっては良い贈り物だと思うわ。じゃあこの子が大きくなったら持たせるわね。もちろん問題がなさそうだったらだけど」

「ああ」


 そうしてモニカがドルドの打った剣を持つ由来を知ることになった。


(そっか、だからドルドさんあの時あんなに驚いていたんだ)


 ローファスの子、この時点ではエレナへと贈られた物をモニカが所持していたとすれば驚くのも頷ける。加えてドルドのその背景、鍛冶師として一流の腕を持つが故の悩み、シグラム王国に来ることになった他者に対する不信感。


(もしかして、だからなのかな?)


 あの場、円卓の間にいたことに対する見解。全てを明かす、それはドルドに対しても同じであり、謝罪の念も含まれていたのだと。誠意の意味も含めて。


(ドルドさん、ドワーフだったんだ)


 同時に知り得たドルドの種族。そういえば特徴は見事に一致する。

 ようやく最後の違和感も払拭された。


(あっ……――)


 世界が白みを帯び始めている。それはこの場がまた移り変わるのだということ。

 耳に聞こえてくるのは続けられている会話。


「最後にもう一度だけ確認するけど、本当に私達でその子を預かって育てていいのね?」

「ああ。どういう形にしろ、何もなかった時のことを考えた場合、この子が幸せに育ってくれること。それが一番大事なんだ。そのために出した答えがお前達に預けるという結論なんだ」

「わかったわ。じゃあマリアンさん、ヨシュア、準備が出来たら向かいましょうか。私達の新しい門出に。頑張ろうね、モニカちゃん」


 そうしてマリアンからモニカを受け取りその胸に抱くヘレン。

 直後、辺り一帯が大きく光を伴って白んでいった。


(……モニカ)


 多くの事情を目にすることになったその追想。

 そうして一際大きな光が収まるのと同時に目の前に広がっていたのは見知った景色。


「還って……きた?」


 居並ぶ面々が同じのその場、そこは間違いなく円卓の間だった。



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