第五百六十五話 十五年前
それから先、白んだ世界で次々と映されていく景色はまるで走馬灯のような光景。流れ往く刻。
「平和な世界が築かれていったんだなぁ」
そう思えるほどにこれまで見て来た世界と正反対に穏やかな日常。
人魔戦争直後こそ慌ただしさが見られていたが、戦争によって荒廃した土地の再生がいくつも行われていた。
「へぇー。シグラム王国もこうして創られていったんだ」
エルフ達とミリア達が手を繋ぐ世界樹と草原、そして織り成す新緑の数々。エルフの里の成り立ちとそこから比較的近郊、元グラシオン魔導公国領。荒れ果てた土地はとても人の住めるような土地ではなかったのだが、それでも世界樹を中心として潤い始めているその土地には徐々に人が集まり始めている。
しかし僅かにしこりを残しているのは、魔族に関する以後のことが映されていない。それは追想する記憶の中に映るものではないからだと理解していた。
(たぶん、ずっと身を潜めていたんだろう)
ガルアー二・マゼンダは人魔戦争当時の魔族。当然の選択とも思えるのは、魔王の復活を目論むのであればそれも理解できる。
「あの人がカレンさんとラウルさんの先祖なんだ」
見覚えのある帝国城。現在とは外観に若干の違いはあるのだが、断崖絶壁を背負う城の規模はあそこぐらいしかない。
傭兵隊長を務めていたレイが統治者、皇帝として就く様子。
「――……ミリア……泣いてる。そっか、良かったね」
そう思えるのはミリアの花嫁姿。多くの人々に祝福されている。
泣いているミリアの頭を困り顔で擦るシグ。
『ったく、家名なんていらないけどな』
新しい国の建国に因んで家名が必要になっていた。
『だったら、スレイの名前も入れられない?』
『本気で言ってるのか?』
『当たり前じゃない。冗談でこんなこと言わないわよ』
『……わかった。ミリアがそう言うなら。それとなくだけどな』
そうしてシグラム王国。家名はスカーレットとなった。
そこから先はミリアと、シグの、いくつもの記憶。
呪いに関することはシグとパバールが調べるもののわからず。そして子へ伝承として伝えられている。話に聞いている通り、現代へと繋がる話。
「あっ」
ミリアがミランダと共にサンナーガ遺跡、当時の街であるサンナーガの地下に壁画の間を作っていた。そうして黄の玉をはめ込むミリア。
『いつかこれを必要とする時、きっと運命が導くわ。その人の下へと』
『光の聖女の祈りね』
『ええ。その未来を見ることができないのが残念だけど、私は信じるわ。あの子達の、シグとスレイの絆を』
『……ミリア』
黄の宝珠が地下にあった理由。
(…………運命、か)
偶然なのか、必然なのか、それとも導かれたのか。ともかく、黄の宝珠が目指して来たところへと辿り着くための確かな一助となっていることは間違いない。
そして次々と映しだされる子孫の記憶。時代を跨いで幾年もの歴史が流れていくシグラム王国。それはスカーレット家が歩んできた歴史そのもの。その端々を垣間見る。その中には賢者パバールが王国を後にする姿もあった。
荒れ果てた大地は脈々と成長を遂げていき、小さかったシグラム王国の開国も年代を重ねることによって国としての規模を大きくさせていく。いくつかの転換期は訪れるのだがそれもまた国が辿るべき通過点。人魔戦争を見て来た後からすればまさに泰平の世と云って差し支えない。
「やっぱり魔王の呪いはどの時代でも成就されることはなかったんだ」
そうして白んだ世界が視界を覆い尽くす程の光を放つ。
(まだ、まだ何かあるはずだ)
光が収まると、目の前には大きな部屋。知らない部屋の中なのだが壁に描かれている紋様を知っていることはもちろん、ヨハンも良く知る人物がその部屋の中にはいた。
(これって王様と王妃様だよね? 若いなぁ)
いくらか若さを感じさせる程のローファス王とジェニファー王妃。歳にすれば三十にも満たないくらい。
(王妃様のお腹、赤ちゃんがいるんだ)
部屋は恐らく王妃、ジェニファーの私室。ベッドに横になっているジェニファーは大きなお腹を嬉しそうに擦っている。身重。
「ふふっ、もうすぐね。みんなびっくりすると思うわ」
「ああそうだな」
意地の悪そうな笑みを浮かべ、同様の笑みを作るローファス王。
(だったら、やっぱりエレナが……)
この場面が映し出されるということは、現代における魔王の呪い、器となることかと。
「これまで秘密にしてきた甲斐があるというもんだ――」
直後、僅かの時間を要してスッと移り変わる次の場面は全く同じ場所。王妃の寝室。
「――っつぅぅぅっぅぅ、はぁ……はぁ……」
苦悶の表情に顔を歪める王妃の側には年配の侍女が一人。
(あれ? あの人ってどこかで見たことあるような……)
しかしどこだか思い出せない。それでも絶対にどこかで会ったことある。確信を抱きながら同時に考えるのはこの場面がこれまでとどう関係するのかということ。
「頑張ってください王妃様、もうすぐです! あとひと踏ん張りです! もう頭まで見えていますよ!」
「頑張れジェニファー! もうすぐだ!」
侍女の後ろで狼狽えながらも声を張るローファス。
「しかし婆や! 男はどうしてこうも無力なんだ! もうすぐ日を跨ぐじゃないか!」
「ええい五月蠅い!」
「山で例えると今は何合目だ!?」
侍女の返答に言葉を重ねる。
「ローファス! 今大変なのはあんたじゃなくて王妃様なんだよっ! あんたはどっしりと構えて王妃様を安心させなっ!」
「安心させるっていったって……」
「だったら黙って王妃様の手でも握ってやりな! こういう時はそれだけでもいくらか楽になるんだよ!」
「わ、わかった」
そうしてジェニファー王妃の横に膝をつくローファスはしっかりと手を握った。
「頑張れジェニファー。もうすぐ生まれるんだ。俺とお前の子が」
「え……ええ」
「だいたいあんたは出産を山で例えるだなんてどういう了見だい。そもそも、出産をわたし一人でさせるのもどうかと思うがね。あんたの時も二人でやったわい!」
侍女の言葉にそれまで顔を歪ませていたジェニファーはニコリと微笑む。
「も、申し訳ありませんマリアン。これは二人で相談して決めましたので――はあぁっ!」
「しっかりいきんで! で、相談って、なんのだいローファス?」
疑問符を浮かべる侍女マリアン。
(こんな場面、見てしまってもいいのかな?)
思わず目を逸らしたくなる様子。過去のこととはいえ、エレナの出産を目撃することになるとは思ってもみなかった。
(父さんも僕が生まれる時こんな感じだったのかな?)
加えて同時に考えるのは生命の誕生について。父も母も間違いなく多くの愛情を注いでくれている。
(でも、本当にどうして一人なんだろう?)
王女の出産だというのに周囲に人の気配が見られなかったのは確かに不思議な感覚。
「最初に驚くのはマリアンだろうな」
疑問を抱く最中、にッと笑うローファス。
「出産で何を驚くことがあるというのだ」
「っつうっ! はあっ!」
「話はあとじゃ! 生まれるぞ!」
「頑張れジェニファー!」
侍女マリアンがシーツ越しにジェニファーの股に腕を入れ、グッと腕を引き抜くとバッと取り出されたのは小さな赤ん坊。
「オギャアアアアッ!」
その腕の中には確かに元気な産声を上げる姿。




