第五百六十三話 神の槍
崩壊した荒野に降り注ぐ大粒の雨。
「ぐっ!」
迫る斬撃。鋭い刃はシグのローブをピッと切り裂く。
「ミリアの魔法がなかったらあの世行きだったな」
届ける寵愛によって劇的な身体能力の向上を得ていた。これまでの自分の身体では到底成し得ない動き。
「これならどうだっ!」
杖の先端に魔方陣が二つ描かれ、呼応するようにシグの周りを浮遊する赤と青の魔宝玉が輝きを増す。
「炎波、氷波」
ドンッと激しい音を響かせ、魔方陣からスレイへ向けて炎と氷が飛び出した。
「黒炎」
呟くスレイの前に突如として立ち昇る黒い炎。シグが放った二つの魔法が呑み込まれる。
「ったく、めんどくせぇなアイツ。魔法使ってるじゃねぇかよ」
緑の魔宝玉が輝くと同時に足下に風を生じさせた。
(……浮遊魔法)
緻密な魔力制御ができなければ空中を動き回ることなどできはしない。
(これが……勇者と魔王の戦い)
近くにいる生き残っていた連合軍もその戦いに目を奪われる程。
「スレイと戦っているのはダレだ?」
「……ギニアス」
「シルヴァは……ダメだったカ」
横たわる戦友に目を向ける獣魔人の戦士は瞑目する。
「我モ参戦しよう。魔宝玉ヲ奪ったアノ魔導士を倒せばいいのだナ?」
「違うのギニアス」
ギニアスからすれば目の前で魔宝玉を用いて戦っているのは見知らぬ魔導士。対する剣士は様子が違えどもよく知る戦友。一体何が違うのかギニアスは目を細めた。
「いいよ。わたしが言ってやるよ」
「ドウいうことだミランダ」
「……信じられないかもしれないけど、スレイが魔王の器だったのさ」
「なにッ!?」
そのまま確認する様にミリアを見るギニアス。深刻な顔で戦いを見守っているミリアは小さく頷く。
「一体、なにがドウなっているというのダ…………」
周囲の連合軍、特にスレイをよく知る者程状況の理解が追い付かない中、激しさを増す二人の戦いに大きな動きがあった。
「なんとかして踏み込まねぇと」
跳躍するとシグに対して上空へといくつもの斬撃を放つスレイ。
「そのまま果てろッ!」
避ける隙間もない程の広範囲に放たれる斬撃。
「やなこった」
正面に魔宝玉を四つ集める。
「だがこれをどう躱す?」
「そんなもん、ここなら逃げられるぜ」
魔力障壁を自身の正面に展開させた。同時に足下へと爆発的な魔力を練り上げる。
「旋風」
瞬時に生じさせる突風。凄まじい勢いを以てスレイへと突進した。
「ぐっ! くぅっ!」
障壁を斬り壊され、伴って斬撃によるいくつかの切り傷を負うものの、致命傷を避けることには成功している。
「なっ!?」
驚きに目を見開くスレイ。まともに喰らえば命をも危ぶめる斬撃に対して臆することなく正面から突破された。
「ようやく隙を作りやがったな」
踏み込んだ先はスレイの懐深く。
「どりゃッ!」
杖の先端をスレイの腹部へと押し当て、即座に放たれる複数の魔力弾。連弾。
「がっ、はっ!」
ズザッと地面に道筋を残しながら吹き飛ばされた。
「さすがだな、シグ」
「だろ。これに懲りたらもう負けを認めろよ」
だらりと杖を下げたシグの問いかけに、スレイはチラリとシルヴァを見る。
「できない、相談だな。もう憎悪がオレの中を埋め尽くしている」
「そんなもん俺がなんとかしてやるって」
「……だったらお前が死ねば話が早い」
「…………」
問い掛けに対して、シグは横目に映るミリアを視界に捉えた。
「前までだったらそれも考えたかもしれないが、今はもうできないな」
「つまり、所詮お前もその程度ってことだ」
「知ってるだろ。俺が女の涙が嫌いだってこと」
「ああ。もちろんだ」
「もう、泣かせられないんだよ」
「それはお前がミリアの為に生き残ろうとしているってことだな」
「違うね」
「なに?」
「俺とお前、二人で生き残る道を探してるんだよ。でないとどっちにしろミリアは泣いちまう」
「……もう遅い」
「いいから還って来いって」
「お前にはオレの気持ちがわかるだろ?」
「いいや、わからないね。魔族になる奴の気持ちなんかわかりたくないね」
「無駄な話もこれまでだ。お前はここで死ぬ。オレに殺されるんだよッ!」
ドンっと勢いよく地面を踏み抜くスレイ。驚異的な速さに目を見開くシグなのだがそれでも対応しきる。
「な、なんという戦いダ……」
獣魔人最強の呼び声高いギニアスも舌を巻く程の激闘。何度となく爆ぜる地面。二人だけで戦っているとはとても思えない程の壮絶な戦い。
「くっ、なんとか元に戻せないかと思ってたんだが、さすがにこれまでか……」
致命傷を与えないようにしていたのだが徐々にそれにも無理が生じ始めていた。
「死ねッ!」
振り下ろされる剣を半身で躱すシグは刹那的な反射で魔力弾をスレイの横腹に当てると後方へと距離を取る。
「終わりだ。スレイ」
魔宝玉に注ぎ込む全魔力。最大級の輝きを放った。
「ここで俺が殺されるとお前は人間を虐殺していくのだな」
「…………不要な問いだな。それで、コレをどうするつもりだ?」
眼球を左右に動かすスレイ。既に四つの魔宝玉はスレイの周囲を取り囲むように四方へと飛んでいる。
「とっておきだ」
杖を上方に掲げ、詠唱を開始した。
「我の名はシグ。万物を司りし英霊よ、邪悪な存在を打ち砕くためにその力を貸し与えたまえ」
呼応するように魔宝玉の光が互いを繋げていく。
「天より降り注ぐのは、魔の者を貫きし神の槍となりて」
四つの頂点、天空、スレイの上空に生まれる煌々と輝く光の神柱。
「永久の眠りへと誘いたまえ」
真っ直ぐに杖を振り下ろし、先端が向けられる先はスレイへと。
「神槍霊撃」
ゴゴッと真っ直ぐに落ちる輝く槍。貫くというよりも圧し潰そうかという勢い。
「ちっ!」
その場を離れようとするスレイなのだが、バリッと音を立てて弾かれた。
「小癪な真似を!」
結界を張り、避けることを不可能にさせる。
「これはマズいっ!」
ガルアー二が急いで結界を壊そうとする。
「ぬああああああッ!」
魔宝玉の力を加えた結界に押し負けるのだが、しかしそれでも僅かな綻び、小さな穴を穿った。それが徐々に開いていく。
「こちらへっ!」
穴に向けて手を差し伸べる。
「がはっ」
だが、不意に横から衝撃を受ける。身体を横に弾けさせた。
「二人の邪魔は、させないわ!」
最後の魔力を振り絞って光の矢を放っているミリア。
「くっ、忌々しい奴め。だが」
人間大の穴は開いたまま。これだけであれば出て来ることは可能。
「逃がさないって言っただろ」
シュッと素早く穴に飛び込むのはシグ。
(なっ!?)
一連のやり取りを見届けるヨハンの驚愕。
そんなことをすればシグ自身も自らの魔法を受けることになる。
「チッ!」
降り注ぐ神槍をチラリと見上げるスレイは結界の中に飛び込んできたシグに剣を突き出した。
「避けるかよ」
ザクッとシグの脇腹を貫くスレイの剣。
「がはっ」
急所を避け、ガシッとスレイの身体を羽交い絞めする。
「正気か? このままだとお前も死ぬぞ?」
「生まれた時が一緒なんだ。だったら死なばもろとも、だろ?」
「…………ちっ」
スレイが小さく舌打ちする頃には、視界を覆う程の眩い光、神槍が地面へと降り注いだ。




