表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
563/746

第五百六十二話 覚醒の器

 

「おい、スレイ? 何を言ってやがる?」

「…………」


 瘴気が取り巻くスレイに声を掛けるシグ。しかしスレイは反応を返さない。


(僕には……どうにもできない)


 この状況には二度見覚えがある。レグルス侯爵とゴンザの魔族化。


「正気に戻れよ。まさかお前が魔王の器だって言うんじゃねぇよな? おい、おいっ! なんとか言いやがれっ!」


 ミリアを腕に抱えながらの問い掛け。

 可視化された瘴気はニーナが魔眼を通じて目にする様子と酷似していた。


「ねぇ、スレイはどうしたの?」

「……っ」


 問い掛けるバニラ。しかしシグは言葉を返せずにいる。


「なんだよ! スレイとミリアはどうしたんだ!?」


 そこに鎧の音を鳴らしながらシルヴァが駆け付けた。


「ってか、誰だお前?」

「彼はシグ。スレイの双子のお兄さんよ」

「なっ!? じゃあ生きてたんだな!? 良かったじゃねぇかよ!」


 満面の笑みのシルヴァ。しかし誰も同調できない。


「なんだよ? ってか、さっきの魔法は凄かったな。このまま押し切ろうぜ」

「…………ああ。だが今は無理だ」

「無理ってどうして?」

「スレイだ。スレイの方が問題だ。それもかなり深刻みたいなんだ」

「何言ってんだお前?」


 シルヴァがスレイに目を送ると、確かにいくつも傷を負っているが致命傷になるような傷は見当たらない。


(……抵抗、している?)


 間違いなくスレイが魔王の器。その見解は正しい。しかし疑問に思うのはどうにも時間がかかってしまっているところ。

 疑問を抱いているところにガルアー二・マゼンダの言葉が小さく耳に入って来る。


「むぅ。心の在り方でぎりぎりのところで留まっておるというところか。あと一つ何かきっかけがあればすぐに堕ちようという風に見えるのだが」


 その言葉から、スレイが何かと戦っているのだと。


「儂が直接何かしようとも、奴自身に堕ちてもらわねば器は満たされぬ」


 注視するのだが、瘴気は留まるのみでそれ以上大きくなってはいない。ガルアー二の表情には忌々しさが滲み出ていた。


(もしかしたら、心の葛藤で踏み留まっているのか?)


 なんとかこの場を乗り切って欲しいのだがそうもいかない。


(けど、歴史通りならここは…………)


 魔王の誕生は確実。それは歴史が証明している。


「スレイがおかしいだって? 確かに見た感じちょっとおかしいけどよ」


 スッとスレイに向かって歩くシルヴァ。


「なぁにやってんだスレイ。早くこの戦いに勝って祝勝会といこうぜ相棒」


 手を振りながら近付いていた。


(危ないッ!)


 見ているしかないヨハンが思わず声を上げる。ガルアー二の笑みに狂気を感じ取った。


「あやつは確か器と一緒に戦っていた小僧。ならば丁度良い」


 ガルアー二は口角を上げながら、スッと指をスレイへと向ける。指先から伸びるのは一本の黒く細い糸。


「ってかさ、こんな戦場の真っ只中でぼーっとしてると危ね――」


 どすッと鈍い音が響く。


「かふっ……――」


 口から大量の血を漏らすシルヴァ。


「――……スレ、い……おまえ……どう……して」


 その様子に驚きを禁じ得ない。


(そ、んな……)


 不用意にスレイに近付いたシルヴァの胸に刺さる剣。それはスレイが握っているもの。

 苛烈な戦場の中で不意に訪れる異様な空間。同士討ちとも違うこの行いにバニラにミランダといったスレイとシルヴァを知る多くの人物が信じられない凶行に目を見開いていた。


「あ……あ…………」


 小さく声を漏らすスレイ。視線の先は握られている剣が何を刺しているのかと。剣身を伝う血。


(なんて……ことを)


 ヨハンには見えている。ガルアー二の指先から伸びた糸がスレイの腕を勢いよく持ち上げ、結果シルヴァの胸を貫いたのだということを。


「――……な、に……やってんだ…………――」


 そのままシルヴァはスレイにもたれ掛かるようにして前のめりに倒れる。ずるりと倒れ込む様をスレイは目玉だけで追っていた。


「あ……あ……ああああ…………――」


 鎧を擦り、確認する手の平。べっとりと付着しているのはシルヴァの血。


「なにやってんだスレイ!」


 シグが意識を失っているミリアを慌ててミランダに預けて駆け寄る。そのままシルヴァへと治癒魔法を施すのだがすぐさま小さく首を振った。


「シルヴァは!?」

「……だめだ。もう息を引き取っている」

「そ、んな……」


 ミランダの声にならない声。

 まるで信じられない出来事が起きる中、ガルアー二は追い討ちをかけるように手を口に持っていきフッと軽く息を吐く。魔力を用いて声を届かせるために。


「あ……あ……あああ」


 怯えるような視線をシルヴァに向けるスレイ。不意に耳に飛び込んで来る声。


「お前は今殺した。その手で仲間を殺した。お前が殺した。お前が殺したのだ。よく見ろ。目を逸らすな。目の前を見ろ」


 事実間違いない。シルヴァを貫いた感触が生々しく腕の中に残っている。


「見られた。見られたぞ。お前に成り代わりあ奴がお前の全てを奪っていく」

「あ……いつ…………」


 シルヴァの亡骸を地面に寝かせ、杖を片手にゆっくりと立ち上がるシグの姿。その目に見える複雑な感情を抱かせる眼差し。憎い血の繋がり。


「一人殺せば二人殺すのも変わらない。お前は全てを殺していくのだ。取り戻せ。全てを取り戻せばいい」

「オレが、あいつを、殺す?」

「そうだ。殺してしまえばいい」


 そのまま視線を向ける憎悪の象徴。それさえなければ万事上手くいっていたはず。


「――……そうだ。あいつを殺すんだ。今みたいに、シルヴァを殺したみたいに殺せばいい。全てを元に。オレのミリアの心まで奪って行ったシグを。ミリアを取り戻すために」


 それまで停滞していた瘴気が一際大きく膨張する。


「死ね、シグ」


 ぽつぽつと地面を濡らし始めていた荒野の戦場。それがボトボトと大きな滴が降り出していた。


「ど、どういうことだ!?」


 遠くではパルスタット連合軍の大きな声が響き渡る。


「急に勢いを盛り返したぞ」


 何度も動いていた戦局。それが、雨が降り出すと同時に魔物達の勢いが一気に増していた。


(もう……間に合わない)


 その瞬間、ヨハンにはスレイが魔族への転生、魔王として器を満たして覚醒したのだと理解する。


「フハハハハッ! ようやくだ! ようやく魔王の誕生を迎えることができた!」


 曇天に向けて大きく手を広げるガルアー二・マゼンダ。歓喜に満ちていた。


「漲って来る! 儂の力が漲って来る!」


 視界に映す戦局と同様。魔物達が勢いを増した理由。魔王の復活によって影響を受けている魔族と魔物達。


「ああ感じる! 素晴らしき力の波動を!」


 恍惚とした笑みを浮かべて戦場を見渡す。


「……スレイ、お前が本当に魔王なのか?」

「うぅ…………――」


 呻き声を漏らしてゆっくりと目を開けていくミリア。


「ねぇ! ミリアが起きた」

「!?」


 バニラの声を聞いて後方に飛び退くシグ。


「――……いま、どう、なっているの?」


 朦朧とした意識で辺りを見渡すのだが、戦場に目立った変化は見られない。


「スレイは……なにをしているの?」


 明らかに不穏な気配。ミリアの目には瘴気がありありと映っていた。


「すまんミリア。あいつは…………どうやら魔族に堕ちちまったみたいだ」

「…………え?」

「俺のせいだ。俺が来たせいで」

「違うシグ。自分を責めないで。私はシグがここに来てくれて、生きていてくれて嬉しかったもの。それはスレイだって間違いないよ」

「……ミリア」

「事情はわからないけど、だから、私達でスレイを止めないと」

「そう……だな」


 決心を示す。このまま終わるわけにはいいかない。


「これ、受け取って」


 慈しむような笑みを浮かべながら、ミリアはゆっくりと言葉を紡いだ。


届ける寵愛(アフェクション)


 最大限の能力の向上。太い光の糸がミリアからシグへと送られる。


「これは?」

「私の目覚めた力。また一段階強くなったみたいだけど」


 これまでは対象一人か又は効果を落として複数にも可能だった。それは束ねる糸のように太く強い。三つ目の寵愛。


「それとミランダ。アレをちょうだい」

「あれって、もしかして封魔石!?」

「ええ」

「正気なの? アレをスレイに使うっていうの?」

「うん。だってそのために用意したモノだもの。使わない方がおかしいわ」

「なんだその封魔石ってのは?」


 向ける笑顔のミリアには決意が滲み出ている。


「エルフと私が力を合わせて作った封印用の魔石なの。でも一つしかないからミランダに限界まで魔力供給をしてもらっていたの」


 膨大な魔力を用いることで作られた魔石。光の聖女ミリアにしか作れなかった。それを大勢のエルフが魔力を注ぎ込んでいる。


「でもまさかスレイに使うことになるだなんて思いもしなかったわ」

「……本当にいいのか?」

「ええ。このままじゃスレイは多くの人間を、いえ、人間に限らずエルフも獣魔人も殺してしまうわ。そんなの絶対に許せないし、私も耐えられない」

「……わかった。受け取ろう」


 そうしてミランダから受け取った封魔石に最後の魔力を送り込んだ。魔文字が刻まれるそれをシグが受け取り、身体を向ける先はスレイへ。


「じゃあ行って来る。すまないがミリアを頼む。できるだけ離れててくれ」

「あんたを信じていいのね」

「それは……」


 ミランダの問いに口籠るシグなのだが、代わりに口を開くのはミリア。


「大丈夫よ。なんていったってシグは大魔導士だものね」


 変わらない笑顔に思わず溜息をもらす。


「ああそうだ。俺がやらなければいけないことだ。俺の、俺があいつにちゃんと向き合わなかった結果が生み出したんだ。俺がケリをつけないとな」

「そんなことないわ。二人の責任よ」

「…………」


 ミリアの言葉にシグは答えることなく軽く微笑むだけ。

 そうしてゆっくりとスレイへと向かい歩き出した。


「……シグ」


 背中を見送りながら、想いを馳せる。


(これは……あの画だ)


 シグが杖を握りしめながら周囲に漂わせる四つの玉、魔宝玉。後ろにはミリアの姿。


「……シグ」

「スレイ……」


 双子でありながら、何をするにしても対照的だった二人。


「オレに殺されてくれるか? 一度は身を引いたんだろう? それがオレの願いだ」

「生憎だが、そんな気はねえ。お前を止めさせてもらう」

「フッ。できるものならやってみな。オレは前のオレとは違うからな」


 そうして魔王となったスレイと魔宝玉を操るシグの戦いが幕を開けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ