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第五百六十 話 宵越しの共闘

 

「やるじゃないかあのシグっての」

「ん、スレイと息ぴったり」


 ミリアに合流しているミランダとバニラ、エルフの二人が遠目に見るその戦いぶり。クリオリスを圧倒している。


「今だったら…………私、渡してくる!」

「ちょ」


 バッとその場を駆けだすミリア。


「渡すって、ミリア、まさか!」


 その背中を見届けるミランダ。ミリアが今決意を以て渡せる物など一つしかない。


「でもミランダ。彼の魔法だと、より強力になるのは間違いない」

「それはそうだけどさ」


 いくら聖女ミリアが信頼していようとも、剣聖スレイの双子の兄だとしても、ミランダからすれば初めて会った人物に他ならない。その切り札ともいうべき魔宝玉を託して良いものなのか疑問が残る。


「シグ! これを使って!!」

「ミリア?」


 息を切らせながらミリアが放り投げる四つの玉。


「これは?」

「四大聖女様の力を存分に込めているわ!」

「……ああ、アレか……――」


 師と共に訪れた竜峰。漆黒竜によって生み出された四つの玉、魔宝玉。


「シグならもっと使いこなせると思うの!」


 杖を向け、魔宝玉を自身の下へと手繰り寄せる。


「――……結局返ってきたんだな」


 わざわざパバール、師に持って行ってもらった理由、ミリアやスレイの力になるように、と。もしかすればミリア自身が扱い、その身を護る助けになるかもしれないと。生存報告ができないシグからのせめてもの贈り物だった。


「しかし……これは思っていた以上に凄いな」


 自身の周りをふよふよと漂わせながら感じ取る魔力の波動。想像以上の魔力が込められていた。


「俺や師匠だけだったらこうはならなかっただろうな」


 今も尚後方で戦い続けている連合軍。その中でも最上位に位置する魔法巧者の力が込められている。


「魔力が溢れてくる」


 相乗効果。他人と魔力を共有したことによる反応。加えて光の聖女ミリアの力も上乗せされていた。


「ぐっ……――」


 魔族としても魔力量では抜きんでているクリオリスでさえ脅威に感じる程の存在感を放つシグとその魔宝玉。


「――……これは厄介だ。やつは紛れもない天才。だからこそ我らの力になり得るように仕向けたのだが」


 およそ太刀打ちできそうもない。そうなればこの場はやり過ごすしかない。

 ヨハンもまたその場面を目撃して確信を持つ。


(やっぱりアレ、本物だった)


 円卓の間で魔力を流し込んだ黄の玉。それはまさに今目の前にあるのと全く同じ代物。


(でも……)


 同時に考えるのは、あと一つ、緑の玉がどこにあるのかという疑問。


「スレイ!」

「任せろ!」


 その場を撤退しようとするクリオリスなのだが、シグとスレイ、阿吽の呼吸で追い詰めていく。

 その二人の背中を嬉しそうに見つめるのはミリア。


「シグ!」

「試したいことがある!」

「こんな時に何を、って言いたいところだけど、いいぜ」


 これまで前衛をスレイ、後衛をシグが務めていたのだが、ここに来て役割を交代させた。前へと出るシグ。


「何も聞かないんだな」

「自信があるんだろ? なら時間を稼いでやるさ」

「…………」


 スレイの横を駆け抜けながら顔だけ振り返るシグ。


「早くしろよな。でないと俺がアイツを倒しちまうぞ?」

「……まったく。お前というやつは変わらないな」

「そういうお前はちょっと変わったと思うぞ?」

「そうか?」

「まぁこの戦いが終わればゆっくりと話そうぜ」

「……だな」


 そうして前方を見据えながら剣を鞘に納めるスレイ。


(あれは……――)


 これまでのスレイにはない動き。だがヨハンには何をしようとしているのか手に取る様にわかっていた。


(――……剣閃)


 間違いなくそうだと断言できるほどに。しかし通常の剣閃と異なるのは、鞘から溢れ出る程の強大な気配。


「ミリア、スレイって魔剣持ってたっけ?」

「う、ううん。スレイは魔剣が苦手、というか、嫌いだもの」


 バニラの問いかけに首を振るミリア。


「だよね。前にドワーフの鍛冶師に打ってもらったの渡そうとしたら断られたもの。魔剣に頼れば腕が鈍るって」

「それって、魔法を生み出す魔剣のことだな?」


 確かにその光景はこれまでの中に映し出されていた。魔剣の力を自身の力と錯覚してしまう、と。魔法が使えないからこそ自分はこれだけ剣の腕を磨く事だけに注力できたのだと口にしていた。


「……やれる」


 そうしてスレイが行き着いた答え。魔法が使えなくとも、それに類する力を用いられるのではないかと。きっかけは魔宝玉。魔力を溜めるその特性を単独使用すればどうなるのか。だがそれには途方もない練度を要する。しかし今の自分であればできるのだという確信が持てた。


「ぐっ、こ、小癪な」

「ったく、どっちが天才なのかわからないなこれは」


 クリオリスを逃がさないように戦うシグは肩越しにスレイの様子を見ては感心する。


「どこでそんな発想になるってんだ」

「惚れてもいいんだぜ?」

「…………バカなのかお前は? いいからやれ」

「任せろ」


 シグが後方に飛び退くのと同時に眩いばかりの閃光が迸り、スレイが鞘から抜き放つと凄まじい速度でクリオリスへと飛来する斬撃。鋭い刃となった一迅の風と化す。


「ぐがっ……――」


 突如として飛来する斬撃を受け止めようと障壁を展開したクリオリスなのだが、ガルアーニが張る障壁も併せて何重もある障壁を次々と切り裂いていった。


「――……そ、そんな、まさか……あと少しというところで」


 漸ッと両断される胴体。ドクドクと血を流しながら上半身は地面へと落ちる。


「やったなスレイ」

「ああ」


 思わぬ結果に驚愕するのはガルアーニ・マゼンダ。


「まさかクリオリスが敗れるとは」

「余所見してる暇はねぇだろテメェ!」

「チッ!」


 シルヴァの攻撃を躱すと同時にガルアーニは空中へと浮遊した。

 見渡す戦場。間違いなく魔王の器足る気配はこの場に存在している。近くにいる。


「仕方あるまい。コレを使えば儂の力も大きく損なわれることになるが、魔王様が復活されればそれも問題あるまい」


 上方目掛けて腕を掲げるガルアーニはブツブツと詠唱を始めた。


「闇より出でし暗黒。世の光を埋め尽くす殺戮の波動よ。虚構の彼方へと誘う嵐となり混沌と混乱を巻き起こせ」


 巨大な黒球が空中に浮かび上がる。


「マズい!」


 シグがその圧倒的な気配を感じ取ってすぐさま炎や水といったいくつもの魔法を放つのだが、それはガルアーニの直前で霧散した。


(いったい、魔王はいつ誕生するんだ?)


 未だに激しい戦場だとはいえ、見る限り残る強敵はガルアーニ・マゼンダただ一人といっても過言ではない程。

 どうにもそういった気配がここまで見られない。


「もう遅い。死ね――黒天――」


 抱く疑問に答えが出るはずもなく、巨大な黒の球体から戦場へと降り注ぐ殺戮の雨。

 敵味方問わず黒槍が穿っていく。


「ぐっ、くそ!」


 シグもスレイも降り注ぐ黒槍を防ぐことで精一杯。命を危ぶめる攻撃。


(危ないっ!)


 不意にヨハンが視界の片隅に捉える黒槍の先にいるのはエルフの少女バニラ。


「え?」


 必死に声を掛けるのだがヨハンの声はバニラへは届かない。バニラの眼前に迫る黒槍。

 そうして殺戮の雨が止む頃には再び戦局が魔族の側へと大きく傾いていた。


「――……はぁ……はぁ……はぁ…………――」


 息を切らせるガルアーニは満身創痍な様子で地面へと降り立ちながら周囲を再び見渡す。


「――……ふはっ、ふははははっ! これが魔族の力というものだ!」


 夥しいほどの死体が転がる結果。大きく崩壊した戦場。これから戦いが新たな局面を迎えるとは考えづらいほど。


「とはいえ、やはり儂もこの場は一度退くしかないか……――」


 力を大きく消費したガルアーニ・マゼンダにしても残っている人間を殲滅するだけの力はない。


「――……ん?」


 しかし、不意に得る妙な感覚。


「あやつ、死にかけておるな」


 視線の先で血を流し、横たわっているのはバニラではなく、ミリア。



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