第五百五十八話 焦がれ人
「どうして!?」
スレイの剣戟がクリオリスへは効果が見られない。
「ミリア、少し下がった方が良いわ」
「でもスレイが……」
小さく首を振るミランダ。
「さっきのでわかったでしょ。あんたの魔法じゃあいつらにダメージを負わせられないわ。いいからここはスレイ達に任せましょ。私達には他にやることがあるでしょ」
歯がみして周囲を見回す。そこには負傷している連合軍の仲間たち。
「スレイ……死なないでね」
「当たり前だ。誰に言ってるんだ。信じろよ、オレの力を」
「……うん、そうだね」
そうしてミリアとミランダは距離を取るためにその場を後にする。
「さて、と。実際どうすっかなぁ」
負傷具合、まだ戦えるのだと確認するのだが、打開策が見いだせないでいた。
「ちっ、何かカラクリがあるんだろうな」
そのまま視線を向ける先はクリオリスではなくガルアーニへ。
「一体どこだ? 確かにこの辺りに気配を感じるのだが……」
「何を探しているのか知らねぇが、お前はここで探し物が見つかるよりも前に俺に倒されるんだよ!」
戦友のシルヴァが勢いよく斬りかかる。しかし、ガギンと音を立てて展開された障壁によって弾き飛ばされた。
「ぐぅ!」
「ほっほほ、威勢の良いものよな。では主を殺してからゆっくりと探させてもらうとするか」
「はんっ! できるもんならやってみな!!」
スレイも加勢に加わりたいのだが、そうさせてもらえないのはクリオリスから繰り出される魔法の数々。徐々にその手数が増えている。
(剣だけじゃ分が悪い)
これまでの戦いを見ていても、スレイとシルヴァの戦闘能力の高さは相当。しかし中・遠距離攻撃によって近づけないでいた。
(それにしても、ガルアーニは何を探しているんだ?)
明らかに注意力散漫というべきか、どこか戦闘に集中しきれないでいる。
クリオリスへの物理攻撃を無力化しつつシルヴァの攻撃をいなしてはいるのだが、視線をあちこちに向けていた。
(もしかして、魔王の器?)
学年末試験で遭遇した時の様子と似ているように感じられた。
「がはっ!」
体力が尽き始めたスレイへとクリオリスの魔法が着弾する。
「そろそろ遊びは終わりだ。残念だったよ。貴様はシグよりも弱い」
「な、んだと?」
怒りの形相に顔を歪めるスレイ。
「きゃあ!」
「ぐはっ!」
そこかしこで劣勢、互角の局面だったはずが押され始めていた。
「ミリアっ!」
「だめ、まだ……まだ…………」
バニラの声を否定するのは、魔宝玉の使用の有無。戦局は確かに押されてはいるのだが、決定的な場面で使わなければいけない。しかし、これだけの戦局をひっくり返すためにはもう使用する他に道は残されていなかった。
「止めをさしてやろう」
クリオリス・バースモールが上空へと両腕を伸ばして魔力を練り上げると、蠢く黒雲が上空に立ち込める。
「天破降雷」
バリバリと音を鳴らして戦場に降り注ぐいくつもの雷。無差別広範囲攻撃。
「きゃっ!」
その中の一つがミリアのいる場所へと落ちると、爆ぜる地面と共にミリアは横倒れになった。駆け寄るミランダ。
「ミリア!? 貴様ッ!」
ミリアが攻撃を受けたことでスレイはギロリと睨み付ける。
「ふはは。良い負の感情だ。もしかすると、貴様も素養があるのではないのか? こちら側へ来る素質がな」
「さっきからテメェごちゃごちゃうるせぇんだよ!」
「冷静さを欠くと隙を生むと先程教えたところだが?」
「がはっ!」
単調な攻撃はクリオリスには通じない。反対に魔法弾をいくつも受ける事になった。
「ぅ、くぅ……。わ、私は、だ、大丈夫よ。スレイ、落ち着いて」
なんとか立ち上がろうとするミリアの背後にスッと人影が姿を見せる。
「誰だお前はっ!?」
見知らぬ人物が姿を見せたことで声を荒げるミランダ。
慌てて振り返るミリアと魔力を練り上げたミランダに対して人影、男はフッと笑みをこぼして両手をかざす。
「治癒魔法」
「え?」
「なっ!?」
突然の治癒魔法によって驚愕するミランダと、同じ驚愕であってもミランダとは別の意味を以て驚愕するミリア。
そしてそれはヨハンも同様。
(生きて……いた?)
それはこの追想の中で最初に目にした人物の一人。正確には幾ばくかの年月の経過を以てその面影をありありと感じさせる長い金色の髪の男。
「シグっ!」
(…………シグ)
重なるミリアとヨハンの声。
「どうした? 幽霊でも見たような顔して?」
屈託のない笑みをミリアに向けるシグ。
「おっと、今は余所見をしている暇なんてないぜ!」
「え?」
グイッとミリアの腕を引いて抱きかかえるシグはすぐさまその場を飛び退いた。同時にミランダとバニラのいる方向、パパッとそれぞれへと腕を伸ばすとすぐさま展開されるのは魔法障壁。
(なんて速さなんだ)
直後に響く轟音。
他の戦場での魔法による飛び火。
「どう……して?」
「なんだ? 俺だよ、シグだ」
「ほん、ものなの?」
「ん? 当たり前だろ?」
一瞬疑問符を浮かべるシグは指先を上に向けてポッと火を灯す。
「ほら」
そこには中空に描かれる魔文字【バァカ】。幼い頃何度となくスレイとミリアへ見せた遊び。
「お前……シグ、なの……か?」
信じられないのはミリアだけでない。スレイにしても驚愕に目を見開いていた。
「おいおい、何年か会わねぇ間に俺の顔を忘れちまったのか? そんな寂しいこと言うなよ」
にッと微笑むシグはぐらっと身体を傾ける。
「おっと」
「生きていたのね! 良かった! 良かった!」
涙を流しながらミリアが抱き着いていた。
「わ、わた、わたし……」
「落ち着けってミリア」
「わたし、私のせいでシグが死んだのかと」
「…………仮に死んでいたとしてだ。どうしてミリアのせいなんだ?」
「だ、だって私がグラシオンの話なんてしなければシグは……。すごい、すっごい不安だったのよ……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしているミリアに向けてシグは微笑みかけるとそのままグッと抱き寄せる。手の平で擦る後頭部。
「……すまないミリア。長い間会いに来れなくて。死んだことにしておく方が何かと都合が良かったからさ」
「ううん! 生きているならそれでいいわ!」
死んだとされていた人物が生きていた。唐突に訪れた出来事。




