第五百五十七話 剣聖スレイ
いつ降り出してもおかしくない程の曇天の中、背後に聳えるのはグラシオン魔導公国の本城。
(…………っつぅ)
見るのも躊躇する程の光景。目の前に広がっているのは荒野の戦場。先日の戦いの規模よりも遥かに大きい。
「ニンゲンに後れを取るナッ! 我等獣魔人が最強だということをここで証明しロッ」
「「「オオオオッ」」」
ギニアスの号令によって猛る獣魔人達。咆哮。
「味方に当ててはいけないわ! トルネード!」
パルスタット神聖国の風の聖女が織り成す魔法。舞い上がる魔物の群れ。
「みんな、今の間に怪我人をっ!」
水の聖女とエルフの混成部隊。治癒魔法に卓越した魔導士達。
(こんな……こんな戦い…………――)
以前目にしたサンナーガ遺跡の壁画の表現が生ぬるいと感じる程の凄惨な戦場。
広大な荒野の中、そこかしこで起きる爆発。舞い上がる炎に黒煙、雄叫びを上げて戦う連合軍の兵士達。響き渡る金属音、空中を舞う矢、死に直面した者の上げる悲鳴、おびただしい数の人間と魔物の死体が転がっている。
(――……だったら、魔王がもう誕生している?)
その凄惨な人と魔物と魔族の戦争、人魔戦争の規模の大きさに驚愕するのだが同時に抱く疑問。
(スレイとミリアはどこに……?)
これは血に刻まれし記憶の追想。どこかに必ず二人がいるはずだと周囲を見渡した。
(いたっ!)
すぐに二人を見つけられる。
グラシオン本城の前、一際大きな爆発音が響き渡った。そこは連合軍の最前線。
「おおおおおっ!」
鋭い斬撃を放ちながら、いくつもの魔物を切り裂いて突き進んでいくスレイ。
「与えられる寵愛」
「治癒魔法」
ミリアとバニラによる支援魔法。周囲で戦う仲間に広範囲で治癒魔法を施していた。
「まだ大丈夫ミリア?」
「え、ええ。けど、いつまでももつわけじゃないわ。バニラは?」
「おなじ。さすがにちょっとばかし厳しいかも」
しかし泣き言を言っているわけにはいかない。スレイを始めとして戦っている者達の命を一人でも多く失わずにいたい。繋ぎ止めたい。
戦いの規模は一兵士ではとても辿り着けない境地。精鋭たちだからこそ。
「ぐっ!」
「シルヴァ! 今治すわ!」
シルヴァが顔から血を流すのだが、腕を伸ばしてミリアを制止する。
「俺は大丈夫だ。いいからアイツのことを一番に考えてやれ」
「え?」
「奴さん、どうやら痺れを切らして出て来たようだぜ」
スレイがいる最前線、突如として爆ぜる地面。エルフのミランダが咄嗟に魔法障壁を展開したことでなんとか防ぎきるのだが、周囲にいた味方のはずの魔物達は跡形もなく吹き飛んでいた。
(……ガルアー二・マゼンダ)
姿を見せた魔族が二人。その内の一人はガルアー二・マゼンダ。もう一人腕を伸ばしている見知らぬ魔族。
「まさかここまで来るとは流石に驚きよのぉ」
「へっ。オレ達の力を舐めるな」
剣を構えるスレイ。
「ここは我が」
「……お前、十二魔将だな?」
スレイがチラと辺りを見回して確認するのは、先程地面を爆散させた魔法がこの魔族によるものだということを。
「ウム。三の魔将、クリオリス・バースモールだ。以後お見知りおきを」
「パルスタット連合軍、剣聖スレイだ」
「とはいえ互いに名乗ったものの、必要なかったな」
「なに?」
「どうせお前はここで死ぬのだからな」
クリオリスは腕を伸ばして魔力を練り上げる。撃ち込まれるのはいくつもの火炎弾。
「チッ!」
素早く剣戟を繰り出し、火炎弾を切り裂いた。
「ほう。我の魔法を斬ることができる者がいたとはな。剣聖と名乗るだけはある」
「こんなの、シグの魔法に比べれば大したことないっての」
スレイの言葉を聞いてクリオリスはピクリと眉を寄せる。
「……シグ、だと?」
火炎弾を放っていた腕を下げ、疑念の眼差しでスレイを見た。
「貴様、ヤツを知っておるのか?」
「あ?」
「先程のシグ、という者のことだ。金色の髪をした魔導士」
「…………どうしてテメェがシグを知ってやがる」
「こちらの質問が先だ」
「……答えてやる必要はない」
「そうか。我が殺したあやつの関係者だと思ったのだが、答えぬのであれば仕方ないな」
「!?」
スレイは剣を握る手に力を込めるのだが、それよりも先にクリオリスの横顔に魔力弾が着弾する。
「ミリアっ!?」
スレイの視線の先には息を切らせているミリアの姿。
「あなたなんかにシグは殺されないわよ!」
魔力弾の煙が晴れると同時にクリオリスはギロリとミリアを睨みつけた。
「おおおおっ!」
クリオリス目掛けて一直線に斬りかかるスレイ。標的をミリアへとさせないために。
「そうか、なるほど。どうやらお前はアヤツの血縁者、その様子だと兄弟のようだな」
繰り出される斬撃を躱しながらクリオリスは言葉を続ける。
「確か弟がいるといっていたな。まさかここで相まみえようとは数奇な巡り合わせもあることだ」
顔は確かに似ている部分がなくはない。だがそれだけ。魔法を使わないどころか使えない様子。しかし絶対的に似ている部分ある。血縁者だと決定付けるのは迫りくるその気迫。
「焦りが生じているぞ。焦りは隙を生む」
「がっ!」
腰に当てられた手から放たれる爆裂魔法。スレイの身体が後方へと大きく弾け飛んだ。
最中、ガルアー二・マゼンダは戦場を見渡しながら小さく呟く。
「やはり気配を感じるな」
スレイとクリオリスの戦いをゆっくりと眺めていることはなく、周囲を観察していた。
「クリオリス。どうやらこの場にいることは間違いない。覚醒の刻はそう遠くない」
「なるほど。わかった」
「な、なんの覚醒だって?」
剣を地面に刺して立ち上がるスレイ。
「ほう。アレを受けても尚立ち上がる力があるか」
「あれぐらい、まだ百回は受けられるっての」
とはいえスレイもここまでの疲労の蓄積も伴って困憊の色を滲ませている。
「ちっ、にしてもどれだけ斬っても倒れやがらねぇ。一体どうなっていやがる?」
先程の接近時、いくらかは間違いなく剣を当てることができている。それだというのに傷一つつけられない。
(……ガルアー二・マゼンダだ)
傍観していることしかできないヨハンにはその理由がわかっていた。
(あの一瞬、空間が生まれていた)
どういう作用をもたらすのか詳細まではわからないのだが、スレイの剣が当たる瞬間、間に生まれる黒い膜。それがクリオリスへの攻撃を防いでいるのだと。
(僕には、伝えることもできないなんて)
過去の出来事だということがわかっていてももどかしさしか込み上げて来ない。




