第五百五十六話 紡がれる糸
(ここは、少し前に会議をしていたところ?)
次に移り変わった場面は神殿の内部。
「では、そういうことだ。頼んだぞスレイ」
会議を終えた様子で、ガタッと十数人が立ち上がり部屋を出て行った。
その場に残っていたのはスレイとミリア、それにシルヴァとバニラ、他にも何人かのエルフや獣人。
「……スレイ」
小さく呟くミリア。
スレイは座ったまま頭を抱え込んでいる。
「大丈夫だってスレイ。何かの間違いだって」
「……そうよ。シグがもう死んでるなんてことあるはずがないわ」
「うん、あたしもそう思う」
慰めの声がかけられる中、僅かの時間差を要してスレイはゆっくりと立ち上がった。そのまま笑顔を向ける。
「ありがとう、みんな。けど、アイツが窮地に、死んでいたとしてもおかしくない状況だったのは間違いないみたいなんだ」
スレイとミリアの目的の一つにはシグの捜索、行方を調べるというものも含まれており、それは連合軍の幹部にも広く知れ渡っていた。
しかし先の戦場、ローゼンバルムからの言葉だけでなく、捕虜としたグラシオン魔導公国の兵士から聞き出した話の中にもシグの情報が見つかっている。
(そっか、シグは…………)
ここまでの話の中での上層部の見解、もう既に死んでいる可能性が高い。それほどにシグはグラシオンで十二魔将の懐に入っていたという情報。
「シグ……お前どうして、どうしてミリアを残して…………」
「なにか言った?」
「……いや、なんでもない」
今後は仇討ちのために最前線で周りを率いてグラシオンを打倒しようと。それが手向けになるのだと。
「……ねぇスレイ? どうして今笑ったの?」
「ああ。こんなの笑うしかないじゃないか。あいつが、シグがもういないんだぞ?」
「スレイ…………」
ただ見ているだけしかできないヨハンへと流れてくる複雑な感情。混沌とした感情。
「にしてもグラシオン魔導公国の魔族カ。お前らも残念だったナ。ソノ幼馴染、スレイにしたら兄弟だが、たまたまそんなところニ仕官してしまうなんてナ」
「ギニアス!」
獣魔人の男、ギニアスに対して慌てて言葉を差し込むエルフの女性。
「でもしょうがないじゃねぇか。実際どうにもできないだろ?」
「レイ!?」
兵装をしている別の男性からも言葉を投げかけられた。
「無駄だってミランダ。ギニアスもレイも言いたいことを言うもの。ま、あたしもだけどね」
「……バニラ。でもスレイとミリアの気持ちを考えると」
「フッ。こんなコトで遠慮していてはお前達人間と手を組めるものではなイ」
「それに死んでいるのは俺達の仲間にしても同じだ。ここまでどれだけの血が流れたと思っている?」
「そ、それはそうだけど、でも、だ、だけどさ」
「いいの、気にしないで」
様子を窺うようにエルフのミランダがミリアを見るのだが、ミリアは周囲に笑顔を向ける。
「……ミリア」
「ミリアの言う通りだ。オレもミリアも覚悟はしていた」
その笑顔を見てミランダも言葉を詰まらせるのだが、同じようにスレイも笑顔を作った。
「アイツが、あいつが最初にグラシオンに行くと言い出した時にもう何度も止めているんだ。それを振り払って進んだのはアイツ自身。何かが起きたとしても、それはあの時に止められなかったオレ達に責任がある」
「ええ」
「だからさ、たとえグラシオンであいつの身に何かがあったのだとしても、もう覚悟は出来ている。そりゃあアイツと一緒に、ミリアやお前達と一緒にこうして戦えたらなと何度願ったかわからないけど、無理なことを考えても仕方ない」
「思っていたよりも良い面構えね。ミリアからスレイのお兄さんの話を聞いた時はなんとかならないかと一応は思ったけど、どうやら腹は決まったようだね」
「ああ。待たせたなバニラ、それにみんなも」
「気にすんなって。俺らでアイツらをけちょんけちょんにしてやろうぜ」
スレイと肩を組むシルヴァ。
「はっ、頼むぜ相棒」
「お前こそ死ぬなよ」
「誰に言ってんだ誰に」
仲の良さを窺わせる二人。
「そういえばミリア、そっちの首尾の方はどうなんだ?」
「もうすぐ準備できるわ」
「そうか。オレは魔法に疎いからな」
「大神官様と四大聖女様がこれだけ力を使うだなんてね。責任感じるなぁ。それにエルフのみんなにも手伝ってもらったし」
先日神殿を訪れていた賢者と呼ばれる知識と魔法の探究者。以前からグラシオンに対抗する為に行動を起こしていたのだが単独で数年前に潜入調査を行っていたらしい、と。それはパバール自身の談。
(あの人がパバールさんだったなんてね)
ヨハンが王宮で目にした姿よりも遥かに若々しさを漲らせている。訪問の理由は大神官へと渡していた魔宝玉。魔力が込められる特殊な魔道具。使用者はミリアとなっていた。
「大丈夫さ。ミリアなら扱えるさ、その魔宝玉も」
「……ありがと」
「にしても、古代竜が作った魔法の玉……ねぇ」
顎に手を当て、思案に耽るスレイ。
「なんにしても次で最後にするよ。もうこっちも余力なんてないんだからさ。でないとスレイがミリアと一緒になれないじゃないか」
「な、なに言ってるのよミランダ!」
「そう……なの?」
「バニラも違うからっ! ね、ねぇスレイ!?」
「ん? あぁ……そうだな。まぁそんな話もどうせこの戦いが終わらないとできないんだ」
「だな」
「みんな、次の戦いで必ず終わらせるぞ!」
拳を突き出すスレイのはっきりとした表情。
「おうっ」
「アア」
「うんっ!」
「決着をつける」
グッと拳を突き合わせる。それぞれの事情を抱えていたとはいえ、グラシオンという巨大な魔の国家に対抗するために種族の垣根を超えて手を取り合う関係性。そこには並々ならぬ決意が漲っていた。
(次で、次の戦いが魔王を封印することになった戦いなのかな?)
しかしわからないのは魔王という存在をまだ目にしていない。
(あの壁画の通りなら……――)
思い返す壁画。詳細はわからないが、どうにも不安を拭いきれない。
(――……あれ? あの時って…………)
ふと違和感を抱くのだが、違和感の正体がわからない。
既に光が大きく周囲を埋め尽くし始めており、場面が移り変わろうとしている。
(そもそも魔王ってどういう存在なんだろう?)
そうして考えるのはどうやって封印したのかということ。
(魔宝玉?)
ここに至る迄の経過で恐らくそれが関係しているのではないかと推測していた。
「……シグ、本当にあなたはもう…………」
白んだ光景の中に響くミリアの涙声。遠く聞こえる嗚咽。
「私が、私がグラシオンの話なんてしなければ…………」
そうして光が周囲を完全に覆い尽くしていく。
◆
「いよいよ明日ね」
グラシオンに攻め入るその決戦前夜。眼下を見下ろせる神殿の展望場。
「このどんちゃん騒ぎがこれからも見れるといいんだけどな」
「この戦いを生き残れればいくらでも見れるけどね」
「ああ、そうだな。これまで迷惑をかけたなバニラ」
「ううん。このまま人間が滅んだらどのみち次はエルフが滅ぼされるよ」
「そうか。だが、獣魔人はもちろんだけど、何よりエルフの力を借りられたのは大きかった。ここまでありがとう」
差し出す手をジッと見つめた後に握り返すバニラ。
「最初に出会ったエルフがバニラで良かった」
「いいえ」
「ミリアはともかく、オレには魔力がないからな」
「スレイは魔力がないってわけじゃないよ。表に出すのが下手なだけだよ。でもそれだけ下手でもここまで戦って来れたじゃない。はっきり言って異常だね」
「ひでぇ言われようだな。オレだってここまで死に物狂いで努力をしてきたんだっての」
「頑張ってね剣聖スレイ」
「お前までその呼び方するかぁ?」
「ねぇスレイ……――」
「ん?」
「――……ううん。あたし達が信じて、強大な十二魔将の前まで辿り着けるのはスレイしかいないもの。他に誰かがいると思ってるの?」
「そりゃあ、バニラ達エルフの精鋭にギニアス達獣魔人にレイ達傭兵団の精鋭、あとはシルヴァ達とまぁそんなに多くないのは間違いないな」
「でしょ? だから次の総力戦では皆を引っ張ってね剣聖スレイ」
屈託のない笑みをバニラはスレイへと向けた。
「お二人で、こんなところで何を話しているのかな?」
「ミリア」
ニヤニヤとミリアが手を後ろに組んで姿を見せる。
「心配しなくてもあなたのスレイを取ったりしないから」
「なっ!? ちが、べ、別にスレイとはそんな関係じゃないし!」
「でも誰もスレイとミリアに言い寄らないのはどうしてだと思う? 剣聖と聖女だよ? 憧れないわけないじゃない」
「そ、それは…………」
「今更恥ずかしがってどうするのさ? 言い寄らないのはもう公認の仲だからでしょ?」
「けど……」
チラリとスレイの顔を見るミリア。スレイは会話に入ろうとしていない。
「だからさ、この先を見るために、必ず勝とうよ」
ギュッとミリアの手を握るバニラ。
「……急に真面目な話をするなんてズルい」
「いやいや、あたしは最初から真面目に話していたよ?」
「ミリア」
そこでスレイはが口を開く。
「シグの仇を取って、これで終わらせよう!」
真剣な眼差し。
「……うん…………そうだね!」
笑顔の中にはっきりと含まれる哀愁。シグへの馳せる想い。
(わかっているのは魔王が封印されるのだということ)
わからないのは呪いのことと現代に繋がる話。
(いったいここからどういう結末になるんだろう?)
自分達の代まで続くとされる歴史。どういう結末を迎えることになるのかと。




