第五百五十五話 人魔戦争勃発
もう何度となく繰り返される過去見。
年月が経過するこれらの光に慣れて来た頃、考えるのは勇者と魔王について。
(これが初代シグラム王、勇者に纏わる話だとすれば、ここから先の局面が重大なはず)
調べているのは自分達の代まで続く魔王の呪いの正体。魔王の呪い、これが事実であれば呪いを解く方法を探さなければいけないのだが、恐らく事実。両親やローファス王の様子からして間違いない。
(っていうか、スレイが勇者?)
ここまで見た限りでは勇者ではなく剣聖。後に勇者と呼ばれるのかもしれないと考えるのだが今のところ答えはでない。
(とにかく、しっかりと見届けないと)
ここまでも相当に悲惨な、凄惨な場面が何度となく映し出されていた。グラシオン魔導公国の魔法兵士だけでなく、魔物や異形の存在、魔族との激闘の数々。
そうして白い光が収まると、次に目の前に広がっているのは荒野の戦場だった。
「うわぁぁぁあ!」
「くそっ!」
「絶対に生きて帰るぞ!」
「おおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」
「怯むな! 進めえぇぇぇぇっ!!!」
多くの人間の怒声が飛び交う中、戦っているのは多数の魔物。乱戦状態。
これまで見た戦場の中でも一際激しさを増している。
「ニンゲン共に負けるナッ! 我等獣魔人の力を示セッ!」
獣魔人――獣人の集団が一斉に魔物へと襲い掛かり戦局を押し返していた。
「やるじゃねぇか」
「フンッ。いいからさっさと戦えニンゲン」
背中を預け合う様には確かな信頼が感じられる。
「う、うぅっ……」
「しっかりして! 今治すから!」
負傷している兵に治癒魔法を施すミリア。他にも聖衣を纏った女性達がミリアに続いていた。守護するように魔法を繰り出すエルフ達。
(これは……――)
この光景には覚えがある。厳密には見たという意味が異なるのだが。
(――……これは、あの壁画の戦いだ)
サンナーガ遺跡の地下にあった壁画と酷似している。しかし目を引かれた場面ではない。
そうしてスレイの姿を探すのだが、すぐに見つかった。
「いくぞぉぉぉぉッ! オレに続けええぇぇっ!」
スレイは身の丈五メートルはあろうかという巨人に剣を振り下ろしている。
「ぐぎゃああああ……――」
真っ二つに引き裂かれる巨人は断末魔をあげ血飛沫を撒き散らして絶命した。
「このまま押し切るぞッ!」
「お、おいスレイっ!」
既に魔物の血でスレイの鎧は汚れきっている中、シルヴァがスレイの肩を掴んだ。
「なんだ!?」
「あ……あ、あの十二魔将、ローゼンバルムのやつ、近くの魔物の死骸を食ってやがる」
周囲の魔物を取り込むかの如く。
それはまるでこの世のものとは思えない光景。あまりにも悍ましい光景に吐き出す者もいるほど。
「……ああ。どういうわけか食べると肥大化していやがるな」
しかしそれだけに留まらないのは、更に異様な光景。
「それに、あいつから次々と魔物が生み出されていくのは一体どういうことだ?」
喰った魔物なのか、ローゼンバルムから弾けるように液体が地面に落ちたかと思えば液体は魔物を形作っていく。
「ぐっ!」
即座に襲い掛かってくるそれらの魔物は圧倒的な速さや膂力を有しており、それだけでなくまるで感情を伴わない無機質な様子を窺わせていた。
「元の魔物より強いっ! もしかしたらそのために食べているのかもな!」
捕食活動の意味は新たに魔物を生み出すだけではない。一度倒したにも関わらずより強大になって復活している。
ようやく押し返していた戦局が再び劣勢へと追いやられていった。
(あれは……魔族なのか?)
グラシオン魔導公国の十二魔将が人間だと言っていたことは間違いない。しかし人間の所業とは程遠い。そうなると魔族への転生。だとすれば色々と符合する。
「まさか貴様らがエルフだけでなく獣魔人とも手を組むとはな」
周囲を見渡しながら他種族が入り乱れている様に目を見開くローゼンバルム。
「はっ。オレ達には守護聖女が付いているからな。それよりお前、まさか魔族に身を落としたのか?」
「お前が知るところではない」
「そうか。答えないなら別にいいんだけどさ。それともう一つ、シグという名前に覚えはないか?」
「シグ、だと?」
「どうやら知っているようだな。なら知っていることをさっさと洗いざらい吐け。今なら一思いに一息で殺してやるぞ?」
「フンッ。偉そうに」
乱戦の中で対峙するスレイとローゼンバルム。
「何呑気に会話してんだスレイ!」
重厚な鎧を身に着けたシルヴァがローゼンバルムへと一直線へと向かって行く。
「おいシルヴァっ! 先行し過ぎるな!」
「これぐらい大丈夫だ!」
その後を慌ててスレイも追随した。
「舐めるなよッ!」
スレイとシルヴァ、巨大化したローゼンバルムと激しい近接戦が繰り広げられる。
(あのシルヴァって人も相当強いな)
二人の連携にしても見事としか言いようがなかった。スレイ単独にしてもローゼンバルムには十分対抗できていたのだがシルヴァと二人によって徐々に圧倒し始めている。加えて、二人が戦い易いように味方が周囲の魔物へと対処していた。
「ぐっ、く、くそっ、人間なんかにこれほど苦戦しようとは…………。このままではこちらの分が悪い。ここは一度退くとするか」
自身の身体から新たに魔物を生み落としたローゼンバルムは退路を作り始めた。
「おいっ! まだシグについて何も聞いていないぞ!?」
魔物たちを切り落としながら怒りを露わにするスレイ。ローゼンバルムは振り返りニヤリと笑みを浮かべる。
「フンッ、知っているからといってお前に聞かせてやる義理はない。だが、ただ引き上げるのも面白くない。いいだろう、絶望を教えてやろう。奴は我等の計画を知って止めようと試みたのだが返り討ちに遭っている」
「なにっ!? それはお前がか?」
スレイは剣を握る手にギリッと力が入った。
「我ではない。他の魔将が奴を討ち取っている」
「……魔将。だがお前ら如きにシグが殺れるのか?」
「さっきのもう一つの質問にも答えてやろう。貴様の言う通り、我等十二魔将は禁術を用いて人間より強大な存在、魔族に転生することに成功したのさ。魔王が復活した暁には我等は一層の力を手にする」
「……魔王?」
目を細めてローゼンバルムの言葉にスレイは疑問を向ける。
「しゃべり過ぎだローゼンバルム」
ローゼンバルムの背後、トプンと影が浮かび上がると姿を見せる一人の老爺。
(あいつは……ガルアー二・マゼンダ!?)
そこに現れたのはヨハンも知る魔族。
「余計なことを言わんでいい」
「すまない。だが奴らに絶望を植え付けたかったのでな」
すぐさま影の中へと身体を沈めていくガルアー二とローゼンバルム。
「待てッ! まだ話は終わっていないぞ!」
「焦るなひよっこ。今回は機ではない。機が熟すまで刻を要する」
「とき、だと?」
「その時までせいぜい余生を楽しんでおくことだな」
そうして完全に姿を消した。
「くそっ!」
スレイは地面に膝をついて拳で地面を叩く。
「一体何がどうなっていやがる……」
魔将が退いたことで形勢は人間達連合軍へと傾き始めた。
そうして時間をかけ勝利を得たのだが、勝ったとしても残ったのは虚しさだけ。戦場にはおびただしい数の死体が散乱しており、その戦いの悲惨さを物語っている。
(まだ、まだ魔王のことははっきりとしなかった。けど、魔王の存在を口にしていた)
それに、伴って流れてくる感情の渦。シグの生存確率が低いのだということ。混乱した感情。
そうして再び時間が流れるために光が広がっていった。




