第五百五十一話 血に刻まれし記憶
「ここは?」
圧倒的な光量に包まれたかと思えば、次に目にしたのは円卓の間ではなかった。
周囲には誰の姿もなく、広がっているのはのどかな風景。崩れた外壁が散見する中、木製の家屋が立ち並び、農具が見える。
「どこかの村、かな?」
先程までいたのはシグラム王国の王都。王宮にある円卓の間。
しかし視界に広がっている光景に一切の覚えがない。
見上げる空は雲が気持ち良さそうに流れ、晴れやかに広がっている。少し遠くには小さい山が連なっており、背後を見ると村の外の景色。広大な草原が広がっていた。
「どこだろう、ここ?」
驚きはしたものの、なんとなく予想は付いている。
「たぶん、飛ばされたってことはないと思うし」
状況的な分析。恐らくという程度だが、強制転移したわけではないだろうということは話の流れからなんとなくそう思っていた。あの場にあれだけの人物、大賢者と呼ばれるパバールもいたことからしてその可能性は低い。
「僕……のせいだろうね」
光に包まれる直前の状況、黄の玉の突然の反応。申し訳なさとどうしたものかと、思わず苦笑いしながら村の中に目を向ける。
「あそこ……誰かいる」
少し離れた場所に見えるのは大きく崩れた外壁。その近くで木剣を振るっている男性と外壁で片肘をついて寝そべっている男性がいた。
◆
近くまで行ってはっきりと二人の男性を見る。ヨハンが近付く様子に気付くことはない。
共に金色の髪をしており白の薄布を着ていた。
木剣を振るっている方の男は短髪で、外壁に寝そべっている方は長髪。
「あの?」
声を掛けるのだが全く振り向いてもらえない。
「聞こえてないのかな?」
そうなると先程の予想が肯定されるということ。
これだけ近付いたというのにまるで気が付いていない。誰もいないかのよう。
「じゃあ、やっぱりこれは水晶の力で」
どういう理由にせよ、恐らくエレナとローファス――スカーレット家の過去を見ているのだと。
(でもどうしたらいいんだろう)
推測が合っているにしても、どう行動すればいいのかわからない。考えを巡らせていたところ、外壁に寝そべっていた長髪の男が身体を起こし溜め息混じりに口を開いた。
「――……なぁスレイ。いつまで剣の稽古してるんだ?」
問い掛けに対して短髪の男、スレイは木剣を振り続けながら口を開く。
「だって、シグ、いつ戦争に巻き込まれるか、わからない、だろ?」
荒い息を吐きながらも洗練された動き、その様子にヨハンは感心を示した。
(彼の剣、物凄く綺麗な剣筋だ。それにしてもスレイとシグ、か)
二人の名前はわかったものの、これがどう関係しているのか。
「あのさ、オレは、お前と違って、魔法が使えないんだから。せめて、肉体と剣だけは、強くないと、な」
「不思議だよなぁ。双子でもこうも違うものかね?」
「オレ達は普通の双子とは違うみたいだからな。これだけ違いが出るのも珍しいみたいだな」
「ま、確かに顔が全然似てねぇってだけならともかく、剣と魔法、才能にもこんだけ違いをつけるとはパルスタット神も変なことするよな」
「ははは。お前が神の名を口にするか? どうせ信じていないだろ?」
「ああ。俺は俺の力しか信じてないね。神の力などまやかしさ」
「ミリアが聞いたら怒るぞ?」
その会話で二人の関係性を少し理解できた。
(双子……なんだ。でもシグって人は剣よりも魔法の方が得意みたいだね)
どれだけの魔法の腕なのかは定かではないが、この剣の腕に比肩するのだとしたら相当なものだと。シグの首にぶら下がっているのは魔石なのか、指先でころころとさせている。
(ミリアって誰だろう?)
名前からして女性の様子。しかし周囲にその姿はない。
そうした疑問を抱いている中、スレイは軽く息を吐いて振り続けた木剣を止めると、シグに真剣な眼差しを向けた。
「あと、聞いているだろ?」
「ああ。異形の者のことだな?」
「そうだ。数年前から異形の者が多く現れだしたって話じゃないか」
「魔族、ねぇ」
「奴ら異形の者、魔族は普通の魔物とは違い桁違いの強さなだけでなく未知の魔法を使うらしい」
「そんなの俺の魔法で蹴散らしてやるぜ」
「ったく。そりゃお前だけの話だっての。まぁだからオレはオレで自分の身は自分で守れるようにしないと、なっ!」
再び剣を振るうスレイは目の前にあった崩れた外壁に向けて木剣を振り下ろす。
(本当に凄いこの人)
魔法を使えないと話しながらも扱っているのは間違いなく闘気。でないと木剣で軽々と外壁を砕くなんてことはできない。連想するのは剣の師である剣聖ラウル・エルネライ。
(魔法の概念が違う部分もあるんだろうね。それにしても魔族……か)
先程の二人の会話を思い返した。
(やっぱり今見ているのはエレナの祖先、勇者の記憶で間違いないみたいだ)
だとすればどちらかが勇者なのかもしれないという可能性。
「ったく、なーにがオレ自身を守る、だ。違うだろスレイ? 本当はミリアを守るためだろ?」
「なっ!?」
呆れる様に声を放つシグに対して目を見開くスレイ。
「隠すな隠すな。俺もお前も生まれた時から一緒なんだ。ミリアもな」
「……シグ」
「見てればだいたいわかるさ。お前がミリアのことを好きなんだってことぐらいさ」
「…………――」
動きを止めてジッと見つめ合う二人。
「――…………シグ、お前それ…………」
スレイは何か言いたげに口を開こうとするが、小さく首を振り何も言わずに笑顔を向ける。そのスレイに対してシグは優しく微笑んだ。
(あっ、向こうから誰か来た)
家屋の角から二人の姿を見つけるなり駆けて来る女性の姿。
「シグぅー! スレぇーイ!」
手を振りながら近付く女性は橙色の髪の女性。




