第五百四十七話 思いがけない再会
「ごちそうさま。また来るわね」
「おっと」
出て来たのは大きな声で店の中に声をかける女性。思わずぶつかりそうになる。
「おいおい、前を見てねぇと危ないぞ? 特にこの辺りはガラの悪い冒険者がいるからな」
「ごめんなさい、気遣いありがとう。でもその辺のチンピラなら問題ないわ」
笑顔を見せる黒髪の女性。
「「ん?」」
聞き覚えと見覚えのある女性なのだが、どうにも思い出せない。いつだったか、見た目三十前後の様子からして最近ではない。出会っていたとしても幼い可能性がある。
「えーっと……――」
女性にも覚えがあり、ジッと見つめたあとにアトムの顔に指を差した。
「――……あなた、もしかしてアトム?」
「は? って、俺の名前を知ってるってことは?」
間違いなく知り合い。だがまるで思い出せない。
「わからない? 私よわたし」
前髪を上げて額を出すと、パチリと片目を瞑る仕草をする女性。その仕草には覚えがある。
「おまっ、もしかして、ヘレンか?」
「あたり」
ニッと笑う様には、かつて冒険者として行動を共にしたこともある女性冒険者の面影を感じさせた。
「いやぁ、久しぶりじゃないの。どうしたの、こんなところで? 王都には住んでいなかったよね?」
「そうだけどよ、そりゃあこっちの台詞だよ」
一時的とはいえ、かつての冒険者仲間のヘレン。エリザがヨハンを身籠ったことで活動を休止していたところで届いた一枚の手紙。
「確か、お前も子どもいたよな?」
エリザと仲の良かったヘレン。歳は自分達よりいくらか下なのだが子を授かったので嫁ぐのだと。
「ええ。もう可愛いのなんの。それに強くなったわ」
「そっか。お前の子だもんな。にしても久しぶりだな。何年ぶりだ?」
「だいたい十五年ぐらいかしら?」
「そっかぁ。しっかしイイ女になった。あんときゃこぉんなちんちくりんのただの生意気なガキだったのにな」
当時を思い返すかのように手の平を水平に振るアトム。ヘレンからは、エリザを親しく思うあまりよく目の敵にされていた。
「ふふっ、ありがと。一応それは褒め言葉として受け取っておくわ」
「おっ? 中身も大人になったじゃねぇか」
「ええ。お互い様、と言いたいけど、アトムの方はどうやらそんなに変わっていないみたいね。見た目だけは大人の男の人に見えるけど」
「余計なお世話だっての」
「あと、少しおじさんになったわね」
「っるっせぇな、人が気にしてることを。まだまだ俺は十分若いっての」
口にはしてみるものの、活動を再開して改めて感じる歳の重み。当時と変わらない動きを見せるガルドフの異常性は別として。
「って、そんなことより結局ヘレンはこんなとこで何してんだ?」
どこに住んでいるのかはっきりと記憶していないが中々会えない距離にいったことを残念がっていたエリザを思い出す。
「私はちょっと用事で王都に来たところよ。アトムの方は?」
「俺も用事で今来たところで、これからちょっと飲もうかなって」
「またそんなことしてるとエリザさんに怒られるわよ?」
昼間から飲み歩いている事がエリザにバレたら怒られるだろうと意地悪く笑いながら口にした。
「問題ねぇよ、エリザも公認だしな。ってかこっち来てるし」
「エリザお姉ちゃん来てるの!? わぁ、会いたいな! っと、とと」
思わず昔の幼い自分が出てきて慌てて手の平で口を塞ぐヘレン。
「なんだよ、根本的には変わってねぇじゃん」
「う、うるさいわね」
「たぶんエリザはジェニファーのとこか実家かどっちかだと思うけどな。後から俺も行くんだが一緒に行くか?」
問い掛けに対して僅かに目線を逸らすヘレン。表情を曇らせる。
「……あー、それはちょっと時間がないかなぁ」
「そっか。用事って言ってたもんな? 今は何をしてんだ?」
「冒険者は廃業して、レナトで商人の手伝いのようなことをしているのよ」
「そっか。子どもはどうしてんだ? 連れて来てねぇのか?」
「ああ、冒険者学校に入れたの。だからついでに顔を見に行こうと思ってね」
「そっか。なら早く行ってやりな」
「ごめんね。じゃあまた時間あったら」
「ああ、またな」
人混みの中に姿を消すヘレンの姿を見送りながら店の中へと振り向くアトム。
「さぁて飲むか」
懐かしい出会いで感慨深さを生み出しながら居酒屋の中に入って行った。
「――……あー、びっくりした。まさかアトムに出くわすなんてね」
一人呟くヘレン。
「あっ、ヨハン君に会った話だけでもすれば良かった」
以前娘のモニカと一緒にレナトを訪れた時の事。いくらか手ほどきも加えている。
「あの様子じゃエリザさんに会えば絶対言うわね。だったら先に会いに行って驚かせようかしら? 実家か王宮にいくみたいなこと言ってたし」
いくらかの予定の変更を考えながら、目的地を中央区へと変更した。
◆
同時刻、王宮内。
「賢者パバールが直接ここへ来たのか」
「ああ」
ガルドフの帰還報告を受けたローファスは全ての予定を後回しにしてその報告を受けていた。場所は王宮内の小さな会議室。
「すぐにでもできるようだがどうするのじゃ?」
「準備が整い次第、事に当たる」
「お主とジェニファーの予感が外れていることを願うがな。その方があの子のためというものじゃし」
「ああ。俺もそう願ってやまないよ。それを、それを証明するためにみんなに動いてもらったんだからな」
苦笑いしながら話すローファス。




