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第五百四十四話 終幕

 

『ここはセルシア王国のエンジェマの森だよ。お兄ちゃんは森の中で倒れていたのを僕たちが見つけてここまで連れて来たんだ!』


 突然目の前に姿を見せた妖精に驚きを隠せないのだが、それ以上に驚いてしまうのはその国名。


『セルシア王国だと!?――っつ!』


 ベッドから無理やり起き上がろうとするのだが、あまりの痛みに悶絶する。

 そのミカエルを妖精達が不安そうに見ていた。


『ダメだよ、無理をしちゃ!』

『ぐっ、くぅっ……――』

『そうだよ。お兄ちゃんの身体はボロボロで、もうそんなに長く生きられないよ。だからこれ以上無理はしないで』

『――……そうか、そうだよな。俺も自分の身体のことだ、もちろんわかっているさ。ただ…………』

『ただ?』


 妖精たちは一様に首を傾げた。


『ああ……最後に、最後に一目だけでいいからアイリーンの顔を見たかったなと思っただけさ』


 数か月前に顔を合わせたのが最後。しかしもう遠い昔。何年も会っていないかのような錯覚を感じる。


『アイリーン王女!? 王女様はボクたちの友達だよ?』

『!? それは本当か!? っつぅぅ!!』

『ほら、だから無理をしちゃダメだって!』

『……だったら、だったら一つだけ、願いを聞いてもらえないか?』

『願い?』


 そうしてミカエルは森の妖精に自身の境遇を話して伝えた。婚約者であったアイリーンに死ぬ前に会わせてもらえないかと掛け合う。


『どうする?』

『でも……』


 森の妖精はお互いに顔を見合わせて話し合った。本当の話なのかと。

 しかし妖精達の目には、どう見てもミカエルには本当に死が目前に迫っていた。紛れもない事実。


『だったら』

『うん』


 妖精達が話し合った結果、アイリーン王女をここへ、ミカエルが待つ森の中へ連れて来ることに決まる。真偽が定かでないなら、アイリーン王女自身に確かめてもらうしかないと。もし仮に事実であれば、アイリーン王女が悲しむかもしれない、と。


「クライマックスね」

「ええ」


 とうとうミカエル王子とアイリーン王女の念願の再会の場面、そして今生の別れの場面でもあるシーン。

 貴賓席で動向を見守っているナナシー達は、もう既に舞台上で演技をしているのがヨハンとカレンであることは頭の片隅では理解しつつも物語のラストがどう描かれるのか気になって仕方ない。他の観客と同じようにただただ静かに観ている。


『……はぁ……はぁ…………』

『もう少しだよ。もう少しだけ頑張って!』


 森の妖精達が見守る中、葉っぱのベッドに横たわるミカエルは息も絶え絶え。


『ミカ……エル?』


 外の光を背負うアイリーン王女がミカエルの前に姿を見せた。


『……あぁ、アイリーン。会えて良かった。これは夢ではないよな?』

『ミカエル……さ、ま。夢では、ございません。アイリーンは確かにここにいます』


 寄り添うように歩み寄るカレンの圧倒的な演技力。

 真に迫るその様子は会場中を飲み込む。


(――……やっべ。俺も思わず魅入っちまったぜ)


 これまで小馬鹿にしながら観ていたレインもいつの間にか取り込む程。


『ミカエル様、ようやく会えましたね』


 ニコリと笑みを浮かべ、心配そうに見つめる中に含まれる確かな優しさ。慈しみ。

 小刻みに震えながらも持ち上げられるその手をしっかりとアイリーンが掴む。その絆の深さをありありと窺わせる。


『最期にきみに会えて良かったよ』

『そんなっ! 最期だなんてっ! ミカエル様! アイリーンは、アイリーンはこれからもミカエル様と一緒に居とうございます!』

『そんなこと、もちろん俺も同じだ。だが、この命は妖精たちがなんとか繋いでくれたもので仮初の命だ。もうお別れの時間だよ。それでも最後に生きて君に会えたのは、神様からの贈り物だな。だとしたら、アイリーン、君はもしかしたら天使なのかもしれないな。天使に見送られるのも、悪くはない』

『そんな! 天使だなんて、そんな馬鹿なことを言わないで下さい! それなら私も一緒に逝きます! ミカエル様のいない人生など――』

『馬鹿なことを言ったらダメだ!! がはっ!』

『ミカエル様!?』

『くっ、もうあまり時間がないようだ。アイリーン、頼む。よく聞いてくれ。君に来てもらったのは今から伝える言葉を聞いてもらうために来てもらったのだから』

『ミカエル様からの……言葉……?』

『あぁ。アイリーン、愛しているよ。本当に愛していた。幸いなことに、君と結婚をする前だったおかげで君を俺と共に死なせる運命にならなかったことが俺は嬉しいよ。願わくば一生を共に添い遂げたかったのだが……それも……もう叶わない。俺はもうこの世からいなくなるが、魂はいつまでも君の傍にいる。だから、君は俺に固執せずに、君の、君ができる新しい幸せを、人生をその手に、その胸にしっかりと掴んで欲しい』

『そんな……こと…………』

『頼む! 俺の最期の言葉として……受け取って、欲しい』

『……わかり……ました』

『無理を……言って、ゴホッ、す……ま……ない』

『ミカエル様っ!!』

『それが……俺の……願い…………だ。俺に…………囚われ……ないで…………く…………れ………………――――』


 そうしてミカエルは静かに息を引き取った。アイリーンに握られていたミカエルの手は力なくするりと抜け落ちる。


『……ミカ、エル……様……?』


 幼い頃より仲が良く、近い将来結婚する予定だったミカエル王子の死を見届けたアイリーン王女(カレン)は、その場で静かに眠るミカエル王子(ヨハン)にそっと口付けをしたのだった。


 舞台上では緞帳が下ろされ始めている。上から下りる緞帳は劇が終わったということを知らせる合図。

 瞬間、万雷の拍手が巻き起こった。

 それまでただただ静かにミカエルとアイリーンの別れを惜しんで見守っていた観客席からは、惜しみない割れんばかりの拍手が送られている。中には涙を流している女性もいる程。


「なっ!?」

「え?」

「ぶっ!」


 しかし、絶対にそんな感想にはならない集団が貴賓席にはいたのだった。


「――……って、あーっ! 何してんのよあれっ!!」

「……えっ!? ヨハンくん、もしかして今カレンさんと……キスした??」

「まさか本当にしてないですわよね!?」

「アレ本当にしてたよ? あたしには見えたけど?」

「いやぁ、今この瞬間まであそこにいるのがヨハンとカレンさんだってことすっかり忘れていたわ。あはははっ」


 突然の出来事に困惑する場。一番目が良いニーナが断言することで間違いない。


(えっ? ちょっと待て? なにこれ? あいつ何してんの? 俺この後どうなるの? やばいやばいやばい、絶対にヤバいよ!?)


 ようやく現実に戻って来た時にはどうしようもない状況。

 貴賓席の誰もが混乱している。劇が終わるその直前、刹那の瞬間には感動を通り越して受けたのは衝撃。



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