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第五百四十三話 劇途中

 

 舞台上では次々と物語が進んでいく。

 ヨハンとカレンの登場に唖然としたのだが、エレナ達は当然止めに入ることなど出来るはずもない。ただただ舞台上で繰り広げられる劇を観ていることしか出来なかった。


「はぁー、しっかしカレンさんはまだしも、あいつも中々に良い演技しやがるな。結局なんでもできるのかよ」


 舞台上を見ながら溜め息を吐くレイン。


(王子のヨハン、意外と悪くないわね)

(かっこいい)


 口には出さないがそれはレインだけでなく、他の面々も似たような感想を抱いている。

 そうして物語は中盤、ミカエル王子が戦場の真っ只中に突っ込んでいくところに差し掛かった。


『おのれっ! よくも我が祖国を!!』

『いたぞ! こっちだ!! ミカエル王子がいたぞーっ!!! おぉぉぉぉっ!!死ねぇえええッ!!』

『ふん! はぁっ!』

『囲め囲めッ! 相手はミカエル王子ただ一人だ! 囲んでしまえばどうということはない!! ここでミカエル王子を殺すんだ!! 戦果を挙げろッ!』


 取り囲まれるミカエル王子。


『図に乗るなよ、雑兵どもがっ!!』

『ぐはっ!』


 そこではミカエルに扮したヨハンが戦場で戦うシーンであり、劣勢の状況下の中で一対多数で囲まれるところ。

 正に絶体絶命。そんな状況でミカエル王子の生存の可能性など低いに決まっている。観客は固唾を飲んで、真剣な眼差しを送り舞台上を観ていた。


(あれは、本気で斬りかかっていますわね)


 舞台上のミカエルや敵対する兵士達に握られているのは模造剣であるはずなのだが、遠目に見れば真剣そのもの。それは観客も潜在的に理解している。

 しかし食い入るようにして見てしまうのは、その模造剣を本気で振り切っているように見える場面が続いていた。例え模造剣とはいえ当たれば痛い。


『ぐっ、つ、強い』

『どうした? かかってこないのか?』


 ミカエル王子の安否が気掛かり。それほどに兵士達の剣は本気で一切の躊躇が無く思い切り何度も振り切られている。

 実際、兵士役を務める演者たちは全員本気で振るっていた。当てるつもりで。だというのに一向に当たらない。


『この程度で俺を倒せると思っていたのか?』

『しょ、将軍を呼べっ!』


 ミカエル王子を討つことが出来ずに混乱する場。


『ようやく将軍を引き出せたか。しかしこのままではやはり分が悪い、な』


 呟くミカエルを見届ける中、焦燥感に駆られる。

 あらすじにはミカエルはここを切り抜けるとなっているのでこの場面では死なないということがわかっていた。そのはずなのに、これだけ本気で斬りかかられているところを見ると、いつの間にか設定が変わっており、ここで斬り殺されてしまうのではないかと思えるほどの緊迫さ。

 このままではアイリーンと再会することが叶わないのではないかという錯覚すら覚える。

 観客の中にはあらすじなど、そういったところに思考を回せていない人もいた。それ程の迫真の演技。実際的には演技ではない演武が繰り広げられている。


「上手くいっているようね」


 舞台袖で見守るカレン。

 最初に台本を見た時に、ヨハンなら大丈夫だと言った理由がここにあった。

 演技は素人だとしてもヨハンの実力は本物。まるで本物の戦場だと思えば目を引くのは当然。演技であり演技ではない。


「す、すげぇ」


 観客席の、どこからともなく呟かれる言葉。まるで誰もが抱くその気持ちを代弁するかの様。

 演者達は当初そんなことはできないと言っていたのだが、冒険者をしているので問題はないと試しにヨハンに斬りかかってもらっている。何度試みても当てることすら適わないことでその実力を認めさせていた。

 それは逆の意味も示している。ミカエル王子(ヨハン)が寸止めや切り払いにも全く問題がないということ。その実力を証明するのに数分も要らない程だった。


「はんっ。そらぁ、あの程度でヨハンが斬られるわけないだろうさ」

「もうっ! さっきからいちいちレインは五月蠅いわね!」

「え?」

「静かにしなさい! 集中できないじゃない!」

「は?」


 両隣のナナシーとマリンから怒鳴られる。


「す、すまん」


 薄暗い周囲を見回すと、自身以外は夢中で舞台上を観ていた。魅入ってしまっている。

 そうしてヨハン扮するミカエル王子はなんとか将軍を倒した後、必死にただ一人戦場を駆け抜けていた。

 しかし駆け抜けた先、そこでミカエルは行き倒れる。


『……あ、アイリーン……王女』


 そこは人の目を避ける為に入り込んだ深い森の中だった。


『なぁなぁ、人が倒れているぞ?』

『大変だ、怪我をしている! 早く運ぼう!』


 舞台上ではミカエルは力尽き倒れている。そして、森の中で偶然ミカエルを見つけた妖精によってなんとか一命を取り留めたのだった。


「良かった」


 とモニカが小さく呟く。


(マジか?)


 内心で呟くレインは声に出したくとも出せない。これ以上余計なことは言えないと、必死に我慢して心の中だけに押し留めた。

 舞台上では場面が移り変わっている。


 ミカエルは森の中の大きな木、そこに出来た穴の中、葉っぱで作られた小さなベッドで横になっていた。


『……こ、こは?』


 そこで目を覚ますのだが、自分がどこにいるのか全くわからない。



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