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第五百三十九話 模擬デート

 

 休日である翌日、実施されることになったのはナナシーの思い付きによるヨハンと女性陣のデート。

 建前はヨハンの女性扱いの向上という口実。だが女性達からすれば役得。


「わたしが一番かぁ」


 そうして最初のデートであるヨハンとカレンが王都を歩いている。

 抽選の結果、順番はカレン→モニカ→エレナ→サナとなっていた。諸々の相談の結果、各自所要時間は二時間ということに決まる。


「でも確かに服ぐらい自分で見立てられるようにならないとね」


 カレンの隣を歩くヨハンの服装。上から下まで全てレインに見立ててもらっていた。

 コルナード商会から取り寄せた黒を基調とした服装は王都では目立たない程度の平均的な服。


「カレンさん、凄く良く似合ってますね」

「ありがと」


 ニコリと余裕の笑みを見せるカレンはヨハンとは対照的な白を基調とした服。


(良かったぁ。予めネネさんに調べてもらっておいて)


 気合を入れ過ぎてもいけない。つり合いが取れる程度で十分。

 設定上は大人の女性なのだが、実際内心ではそんな余裕はない。ネネに相談したところ快諾され、ヨハンの服装を調べてもらった上で見立ててもらっている。


(ちょっと恥ずかしいけどね)


 ロングスカートに小さなスリット。胸元も見えそうで見えない程度とはいえそれなりの肌の露出。客観的には一切下品には見えなくむしろ上品。美麗なカレンが着ていることである種の気品すら感じさせる程。


「だからヨハンはこういう女性と街を歩く時にどうするのかってことよ」


 大人の女性の演出。それは強がり。帝国での教養で学んだ演技の技術を駆使する。


「うーん、どうするか……ですか」


 昨日の今日ということもあり、どうしたらいいものかと考えていたのだが今一つ思いついていない。

 普通で良いのであれば王都を歩いて適当に食べ物を食べて買い物をして時間を過ごせばいいだけ。

 しかしそれをレインとイルマニに相談したところ物凄い勢いで怒られる始末。


『ったく。じゃあこれを持っていけよ』

『ほぅ。確かにそれは面白いですな』


 レインが溜め息混じりに手渡す二枚の紙。チケット。


「カレンさん、演劇って観たことはありますか?」

「えっ? 演劇?」


 突然の質問に目を丸くさせるカレン。


「もちろんあるわよ? 帝国にも演劇を開きに結構な数の旅の劇団が来ていたわ。わたしは立場上来賓席で見ていたけど」

「そうなんですね」

「でも内容の良し悪しはピンキリだったわ。値段もそれなりにするのだけど」

「じゃあこれはご存知ですか?」

「これって、どれ?」


 そうして手渡されるのはレインから貰ったチケット。それと一枚の紙。

 そこには『王国一の劇団、クルシェイド劇団来都!』と書かれていた。


「クルシェイド劇団ね。知っているわ」


 覚えがある劇団の名前。かなり有名な劇団。


「確か、基本的に王国を中心に活動しているはずよ。だけど、前に一度帝国に来たことがあってね、その時に見たことあるわ。ずいぶんと小さい頃だったから内容まではそれほど覚えてないけど、それでも圧倒されたことだけは覚えているわね」


 思い返すその当時のこと。幼いながらも、その規模の大きさに呆気に取られて魅入っていた。


「それでですね、せっかくですからこれを観に行きませんか?」

「別にいいけど、どうしたのこれ?」

「昨日レインがくれたんです。僕が今日の予定を上手く考えられないことを伝えたら」

「わたしの分だけ? この後の子達の分は?」

「それが、モニカやエレナにサナはみんな王都のことをよく知ってるから一番知らないカレンさんがいいだろうなぁって。それにそもそも開演との時間の都合が合わないですしね」


 開演時間はもう間もなく。次のモニカの時間にはとても間に合わない。


(レイン……これ、ナナシーと行くつもりじゃなかったのかしら?)


 チケットの入手先はわからないが、それなりに高価なモノをただで渡すなど普通は考えられない。

 カレンの予想通り、レインは兄からチケットを貰っており、ナナシーを誘ったらいいと提案されていた。

 しかしナナシーを誘う勇気がないどころか、公演日によりにもよってナナシー発案の今日の出来事。せっかく兄から貰ったもの。捨てるぐらいなら使ってもらった方が良い。


「それで、演目は何かしら?」

「えっと……『天使が待つその場所まで』って書いてありますね」


 チケットに記載されている文字を読み上げる。


「ふぅん。一体どんな話なのかしら」

「こっちにあらすじが書いてありますね」


 そうして南地区にある王都で一番大きな劇場へと向かった。


「えぇっと、あらすじは……――」


 チラシの裏面に書いてあるあらすじをカレンが読み上げる。

 演劇の題材になる物語のあらすじはこうだった。


 親交があり仲の良かった二か国、ガリアン王国とセルシア王国。

 両国は土地的には距離が離れた国だったのだが、古くから王家同士の交流があり、ミカエル王子とアイリーン王女は幼い頃より婚約関係にある。

 しかし王子の国、ガリアン王国が近隣諸国との戦争に巻き込まれた結果敗戦濃厚となり、王子は出陣している先で本国が落城する報告を受けた。

 生き延びるためになんとか戦場を駆け抜けるのだが、王子には既に帰る国もない。半死半生で死を覚悟する中、目指す場所はセルシア王国。

 せめて最後に一目だけ会いたいと願ったのは、幼い頃からの婚約者であった王女の顔。

 ミカエル王子はアイリーン王女と会う事ができるのだろうか?


「なんだか悲しい話みたいですね。王子はどうなるんでしょう?」

「確かに王子の待つ結末が気になる話ね。演劇って円満に終わる話もあれば喜劇や悲劇の話もあるから知らない話は観るまでは何とも言えないのよね。童話など語り継がれた民族話を劇に仕立てた話は結末がだいたい同じだけど、これはどっちになるのか結末はわからないわね」


 そうこうしている内に南地区にある大きな劇場に着く。

 戸建ての劇場ではないその大きさ。石造りで建てられ、何千人も動員できるほどの立派さを見た目で物語っていた。

 クルシェイド劇団の公演にあやかるように周囲には露店が出ており、大いに賑わっている。


「凄いですね」

「それだけ実力派ってことよ」


 劇場周りを歩きながらの感想。


「おや? お前も観に来たのか?」

「カールス様。それにランスレイ侯爵様も」


 劇場の入口で偶然鉢合わせたのはカールス・カトレア侯爵とレイモンド・ランスレイ侯爵。


「お久しぶりですランスレイ侯爵」

「うむ」

「セリスは本日はご一緒でないので?」

「今劇場の裏側を見学しておる。それで、本日はお二人で観賞を?」

「えっと……まぁ、はい」


 ヨハンの歯切れの悪い返答にカールスとレイモンドは顔を見合わせる。


「そうだ。せっかくなのできみ達も裏側を見学させてあげよう」

「いいんですか?」

「かまわんさ。私を誰だと思っている。それにセリスもカレン嬢に会いたがっていたからな」


 そうしてレイモンド卿に案内され劇場の裏手側に回っていった。


 ◆


「カレン様!」


 裏手に回ったところで会った従者を連れた幼女、セリス・ランスレイは目を輝かせてカレンに抱き着く。


「こんにちはセリス。元気にしてた?」

「はいっ!」

「もう良いのかい?」


 問い掛けるレイモンドにセリスは表情を暗くさせた。


「それが……――」


 そのまま後ろにある劇場を裏口へと視線を送る。


「――……どうやら公演は延期になりそうですの」

「延期? どうして?」

「主演の人が怪我したみたいですわ。それも二人とも」

「「えっ!?」」


 ヨハンとカレンが驚きに声を上げる中、セリスの従者が口を開いた。


「どうやら、練習中に女性の方が足を踏み外してしまい、主演男性が助けに入ったのです。幸い大怪我は免れたのですが、二人とも足を怪我してしまったようです」

「……そう、なの」


 こういった事態に備えて代役も立てていたのだが、女性の代役も流行り病によって熱を出しているのだと。

 その結果、公開するには無理が生じてしまったので現在公演をどうするのかということを検討している最中。


「せっかく観に来たのに」


 残念がるセリスに向かってカレンは屈んで声を掛ける。


「演者がいないから公演できないのよね?」

「えっと……はい」

「とにかく、一度状況を見に行きましょ」


 そのまま劇場を裏手から中に入っていった。


「おい! どうなるんだよ!?」

「んなこと言ったって仕方ねぇっすよ。今から代役なんて立てられねぇっすよ」

「チッ。セリフを覚えてる演者はいるが観客の目を惹くような演者なんてもういねぇ」

「それに、代役の男性もあんまり女性受けしない顔だからねー」

「ったく、なんだってこんな時に嫌なことが立て続けに起きやがるんだ!」


 裏方を務める男女は明らかにイライラしている。


「やっぱり中止になるんだよね?」

「そうね。この様子だとどうやら無理そうね」

「……くそっ! もう中止にするしかないか…………ん?」


 そこに姿を見せたヨハン達へと顔を向ける。


「こんにちは」

「やっぱり公演は中止になるのかしら?」

「…………」

「?」


 どこか惚けた顔を浮かべる裏方の男女。

 全員が黙ってしまっている。


「どうかしたの?」


 先程まで勢いよく捲し立てていたのに一体どうしたのかと。


「――……こいつだーッ!」


 その中で一番後ろにいた男性、背が低く小太りで髭を生やして帽子を被っている男が突然大声で叫んだ。


「な、なに!?」


 突然大声を出されたことでビクッと身体を振るわせる。



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