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第五百三十八話 ナナシーの思い付き

 

「ねぇどうして急にそんなことを?」

「単純に気になっただけよ? それとも聞いたらダメだったかな? もしかして誰か特別に好きな子でもいるの?」

「ダメってことはないし、聞かれても良いんだけど、ただ……――」

「ただ?」


 ここから先の答えが一番大事。予想通りのそれがあればナナシーの提案を持ちかけることができる。


「誰が一番とかは答えられないかな? 別に特別に好きな子がいるってわけじゃないんだけど……」

「それってカレン様も?」

「いや、カレンさんがどうとかそういうことじゃなくて、順位をつけることがどうなのって。そういうのって順位をつけることじゃない気がするから」

「ヨハンらしい答えね」


 うんうんと何度も頷いているレイン。このまま波風立たずに終わってくれればそれでいい。

 しかしレインのそんな希望は叶うことがないその話の内容を、ナナシーは続けて口を開いた。


「じゃあ仮定の話だけど、ヨハンはパーティー内での恋愛事はない方がいいと思ってるのかな?」

「恋愛事?」

「どうなの?」

「いや、そんなことはないよ」

「どうしてそう思うの?」

「どうしてって、だって父さんと母さんは元々同じパーティーだったみたいだし。それでその結果僕がいるわけだしね。それに、冒険者同士は出会いが多いって聞くじゃない?」

「なるほどね。そういうことの知識というか理解はあったのね」


 そのまま肩越しにチラリとモニカ達を見ると、それぞれがゴクリと息を呑む。まるで期待通りの展開そのまま。


「じゃあこの中の誰かが仮にヨハンの事を好きって言えば? あっ、ニーナちゃんはいつも言ってるからなしね」

「えっ!?」


 それぞれ表情や仕草に出さないように気を付けながらも、それでもいくらかはどういう返答をするのかと緊張の面持ちを以て見守る。


「誰かが僕を?」


 予想もし得ないその質問。


(えっと、それってつまり、誰かが僕のことを好きだと言ってくれた場合だよね?)


 目線を上に向け思考を巡らせた。額面通りに受け取った。

 そのまま再び視線を落としてそれぞれの顔を見る。


(なんだか恥ずかしいな)


 想像を巡らせる。

 モニカであればきっと強気な姿勢を崩すことなくそれでもはっきりと感情を伝えるだろうという風に思えた。


(エレナは……優しいしね)


 普段は穏やかであり、それでいて時には幼い子どものような悪戯顔を見せるその無邪気さ。それでも気丈に振る舞っているだけであるというのは以前目にしている。とはいうものの、涙を流したことを見たのはこれまで一度きり。


(サナはきっと弱気になるんだろうな)


 そういう場面になると、素直な感情表現ができないだろうなという想像が容易にできる。ただ、そのもじもじとした部分もまたサナの可愛らしさの一端。


(そういえば、カレンさんって僕のことどう思っているんだろう?)


 ある程度好意的に思われていることは間違いがない。婚約者としての関係性からしてもそう。ただ、しっかりと気持ちを伝えられたことは一度としてない。


「まぁ……もちろん誰に言われても嬉しいよ?」


 なんにせよ、答えは決まっていた。


「そういうことがあれば、だけど」


 しかしおよそ現実味は薄い。


「ふぅん。じゃあ全員同時に言われれば誰を選ぶの?」

「全員同時に? それこそそんなこと絶対にないよ」

「例えばの話じゃない」

「だったら流石に選べないな。僕が誰かを選ぶなんておこがましいし」


 笑顔で答えると、ナナシーは盛大に息を吐く。


(なんだかんだヨハンって優柔不断なのよねぇ)


 予想通りの返答とはいえ、流石に人間の感情に疎いエルフのナナシーであっても今この場でその返答はないだろうと。

 それは後ろに見えるモニカ達の顔を見ても明らか。


「わかったわ」

「なにが?」

「あのね」


 指を一本上に伸ばすナナシー。


「ヨハンは戦闘になると強い意志を示すの。それは凄い頼りになるし、私達も随分と助けられたわ」

「どうも」

「でもこういうところはまるでダメよ。イルマニ様とネネさんからもいつも言われているでしょ?」


 貴族を相手にするのであればはっきりとした意思を示すことが何より効果的だと。


「まずはその辺りをはっきりとさせないとね」

「はっきりとさせるって?」

「それをこれからモニカ達に手伝ってもらうから!」

「えっ?」


 そのための具体策をモニカ達に提案していた。


「あなたはこのままだと色んな人を不幸にさせてしまうかもしれないわ」

「そんなことないと思うけど」

「あるわよ。いいえ、言い方を変えるわ。あなたはもっと多くの人を幸せにすることができるのよ」

「…………そう?」

「ええそうよ。だから、せっかくこれだけ可愛い女の子が揃っているのだから色々と手伝ってもらいましょ」


 ニコリと笑みを浮かべる。


「手伝ってもらうって?」

「とりあえず、将来のこともあるのだし、エスコートを覚えてもらうわ」

「エスコート?」

「まぁヨハンにそんな高度なことはいきなりは無理でしょうから、まずはデートからね」

「で、デート!?」

「要は女性の扱い方を身に付けて欲しいの」

「それってどうしたら?」

「それを考えるのでしょ?」

「う、うーん」

「じゃあ設定を決めるわね」


 悩む時間すら与えられずに次々と話を進められた。


「そうね、ある程度は違和感なくして欲しいから……――」


 ヨハンに背を向け、上手くいったとばかりにモニカ達へと目配せするナナシー。


「――……モニカは同い年で人気がある女の子。エレナは王女だし女性の方の立場が上、カレンさんは……そうね、やっぱり引っ張っていく年上のお姉さん。あと、ニーナが年下だから本来適任なんだけどどうにも成立しなさそうだから、サナが年下役でやりましょうか? もちろん女の子側にも役に入り切ってもらうわ」


 全体に向けて腕を広げるナナシー。もう決定事項だとばかりに。

 わけもわからない話を繰り広げられ、困惑するのだが、しかし同時に疑問も浮かぶ。


「なんでナナシーは入らないの?」

「私?」

「ナナシーもみんなに負けないぐらい可愛いと思うけど?」

「ありがと。そう言ってもらえると素直に嬉しいわ。でも私は客観的な評価を下すためにダメなのよ。役にのめり込むと客観的な評価ができないでしょ?」

「ふぅん。よくわかんないけど、わかった。ごめんねみんな、なんか無理に付き合わせるみたいだけど、お願いしていい?」

「べ、別にいいわよ! ヨハンの為に一肌脱ぐわ!」

「そうですわね。ヨハンさんには女心を知ってもらわないとレインのようになっても困りますものね」

「わ、私も別に大丈夫だよ!」

「そうなのよねぇ。ヨハンには女性の扱いに慣れてもらわないとわたしが困るのよね」


 まるでナナシーの手の平の上で事態が転がっている。まんざらでもない様子を見せる女性陣。


(おいおい、ナナシーのやつとんでもないこと考えやがったな)


 ナナシーが小さく口角を上げる様を視界に捉えるレイン。

 唐突な発案により、ヨハンと女性陣は模擬デートをすることになった。



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