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第五百三十七話 ふとした疑問

 

 サンナーガの遺跡の調査から帰還し、日常が戻って来ていた。冒険者学校の授業も特に問題なく概ね落ち着いている。

 そんな中、屋敷の応接間でヨハンは考え事をしていた。


(アインツが父さんたちの話だとすれば……)


 結局聞けずじまいだった内容。多少の脚色はあるだろうが、どこからどこまでが本当の話、あの絵本の物語が実話なのだろうかという疑問が浮かんでいる。

 リシュエルに聞きに行こうにも、宿を訪ねてはいつも留守にしていた。


「どうぞヨハン」

「あっ、ありがとう」


 使用人姿のナナシーに差し出される紅茶。そこには授業を終えて寛いでいるレイン達の姿。

 そんなもう見慣れた光景に変化をもたらしたのはお盆を胸に抱えて周囲を見回すナナシーによって。


(そういえばヨハンって結局どう思ってるのだろう?)


 楽しそうに談笑しているモニカとサナ。常日頃から犬猿の仲とも言われるその間柄だがいがみ合うことにも理由がある。


「ねぇ、ヨハンってさ」

「何? どうしたの?」


 王都に来て、興味のあった人間の世界を一通り満喫したことである程度は人が他者へと向ける思い、好意というものを知った。しかし気になるのはその先。明らかにモニカとサナはヨハンへとその好意を向けている。自身もそれに近しいだろう感情は抱いているのだが、二人ほど大きくはない。むしろ種類としてははっきりと別。


(この顔だと読めないのよねぇ)


 呑気に疑問符を浮かべている顔。そのままチラと視界に捉えるのは互いの国について話しているエレナとカレンへ。


(カレンさんは当然として、ニーナちゃんもまぁあんな感じだけど、エレナも間違いないみたいなのよね)


 この場にはまだ他にヨハンへと好意を向けている人物がいた。以前ネネにそういった複雑な関係をどう思うのかと聞かれたことがある。


『みんながヨハンを好きだと困ることでも?』

『わからないの?』

『はぁ……?』

『簡単に言うとね、伴って色々と問題が起きるのよ。誰を一番に考えたらいいのか、とかね』

『まぁ……』


 その質問の意味はなんとなくわかってはいたのだが、今では以前よりはわかった。

 色恋沙汰によって仲違いするパーティー。しかし今のところそういった兆候は見られない。


『ほんと嫉妬するカレン様の姿とか、あぁ、もう興奮するわ』

『え?』

『あっ、いえ、なんでもないわ。さて、早く仕事を終わらせるわよ』

『……はい』


 ニコリと笑みを浮かべて業務に戻っていくネネ。その後ろ姿を、疑問符を浮かべながら見送っていた。


(そもそも、ヨハンに誰が一番とかあるのかな?)


 興味が湧くその感情。複雑な人間関係に答えがあるのかないのか。


「どうかしたの?」

「あのね、ちょっと質問してもいい?」

「え? うん」

「あのさ、モニカやエレナって可愛いじゃない?」

「うん。そうだね」


 迷うことなく肯定する。否定する要素がない。

 不意に展開される会話に思わず無言になるその場。視線が二人に集まっていた。


(いきなりどうしたんだよナナシー)


 ヨハンの返答にそれぞれ妙な緊張が走る中、一人他とは違う緊張を抱いているのはレイン。


「もちろんサナも可愛いし、カレンさんも綺麗じゃない? 当然ニーナちゃんもだけど。ただ強いだけでなくてみんな女性的にも相当だと思うの」


 王都を行き交う多くの人々を見比べた結果、容姿はそれぞれ間違いなく良い。一緒に出歩いていると時折振り返られる程の魅力を全員が持っていた。


「うん、そうだね。みんな凄く強くて可愛いし魅力的だと思うよ?」


 ヨハンが首を傾げる中、ポッと顔を赤らめているモニカとサナ。エレナとカレンは内心では喜びつつも毅然とした態度で平静を装い、ニーナに至っては満面の笑みを浮かべている。


「それがどうかしたの?」

「で、結局誰が一番好きなの?」


 核心的な一言を投げかけた。


「えっ!?」


 あろうことか全員が居る場で堂々とした問い掛け。直後には凍り付く空気。

 途中までは良かった。途中までは。

 誰も口を開かないのだが、ほとんどの思いは同じ。


(((何を言ってるの?)))


 そんな最中、唯一ヨハンの腕に抱き着くのはニーナ。


「そんなのあたしが一番だよね」

「ニーナちゃん。私はヨハンから聞きたいのよ」

「ん?」


 いつも通りのニーナの行動では誤魔化されることなく、周囲には緊張が走る。


「誰が一番って…………」

「ちょっとナナシーこっちにきなさいっ!」

「え? え?」


 ヨハンが口を開きかけたところでモニカとエレナがナナシーの両側から腕を掴み、部屋の隅へと引っ張っていった。


(マジでこの後の展開が俺の生死を決める)


 生き死にを左右するであろう事態。誇張でも何でもない。変に関われば絶対にとばっちりが来るだろうというレインの予見。我関せずの姿勢を貫こうと決める。

 無関心であり、無言のサイバルが額縁の掃除を行っている中、モニカとエレナとナナシーがひそひそと話していた。


「ちょっと、あんた何考えてるのよ!」

「だって、気にならない?」

「そ、そりゃあ気にはなるけど」

「ほら。そういうところよ。煮え切らないのよねぇそういうところ。だからあなた達の関係に進展を持たせようとしてるのじゃない」

「余計なお世話ですわ。まったく。ヨハンさんならどう答えるかぐらいわかるでしょう?」

「まぁ確かにヨハンの返事は大体想像がつくわね」

「だったら、どうするつもりでしたの?」

「だからね……――」


 小さくモニカとエレナに耳打ちする。

 二人して思わず目を丸くさせるのだが、軽く目を合わせて大きく頷き合った。


「――……どう?」

「ありね」

「ええ」

「サナ。カレンさん、ちょっと」


 そのままモニカはサナとカレンを手招きして呼ぶ。


「なに?」

「いいから」

「その様子だと、どうせ碌なことでも考えていないのでしょう?」


 疑問を抱きながら近付くサナと溜め息を吐くカレン。

 しかし二人ともモニカに耳打ちされると、先程の二人、モニカとエレナと同様の反応を示した。


「なるほどね。それなら平等だわ」

「私も参加できるんだ」


 恥ずかし気に手の平を頬に当て何度も頷くサナと小さく首肯するカレン。


「決まったわよヨハン」

「……なにが?」


 全く要領を得ない。一体何が決まったのかと。


「その前に、さっきの質問に答えて」


 ニヤリと笑みを浮かべて指を一本立てるナナシー。



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