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第五百三十三話 地下扉

 

 竜木の加工品、制作者であるガッシュが名付けた作品名『竜の姫と守護騎士』。

 元々人を模った三つの人形のその大きさは微妙な違い、二つは大きくて一つは僅かに小さい。職人魂、木彫り細工職人としてはただ単に人形を作るだけでは味気ないのだということで物語を付属させていた。

 特別な力を持つ竜の姫。国を追われた姫を護る幼馴染の騎士は家を捨てて旅を共にしているのだと。


「こうして見ると本当にそう見えて来たわね」


 サンナーガ遺跡に戻るための小休憩。モニカが手に持ちながら眺めている。

 あくまでも作り話に過ぎないその物語。それでもそこには確かにそう思わせるだけの何かがあった。


「なんかね、お父さんが言うには、作品にはそれぞれ愛着を持って、あたかもそこに本当にそれが存在しているかのようにすることが重要なんだってさ。それが生命を吹き込むことに繋がるんだって」

「へぇ」


 サナには共感し得ない父の口癖。その熱意があれば自ずと技術も向上するのだとよく言っていた。


「だったら、この人形が作られた時の職人はどうだったんだろうね」


 遺跡の扉を開ける鍵になるのであれば、人形の形をしていたことに意味があるのか、それともないのか。


「別に意味なんてないんじゃないの?」


 特に気にしていないのはニーナ。


「そうとも限らないわよ。昔の人は今よりもっと信仰心が強かったって聞くからね」


 その言葉を否定するかのようにスフィアが口を開く。


「時代背景によるでしょうけど、例えば自分の分身のような人形を作る人もいるみたいだし」

「そうなんですね」

「例えば……そうね、今でいえば南の国、パルスタットが丁度良い例になるのかしら」


 大陸南部にある宗教国家。国民のほとんどが信仰していることで知られるパルスタット神聖国。噂によると中枢には聖女と呼ばれる存在がいるのだと。


「そろそろいくぞ」

「はい」


 リシュエルの声に立ち上がり、休憩を終えて再びサンナーガ遺跡へと向かった。



 ◆



 セラから五時間ほどかけて遺跡へと帰って来ると既に夕刻。


「ただいま戻りました」

「早かったな」


 報告に向かった先の天幕にいるのはロズウェル副隊長。


「首尾の方はどうだ?」

「一応滞りなく、予定通り作製はしてもらえました」

「そうか」

「あれから何か連絡は?」


 アーサーは証人喚問のためにメイナード・ブルスタンを連行して王都へと帰還しているので往復で六日はかかる。

 それは知っていたのだが問い掛けの理由はその後の連絡について。


「隊長からはまだ何も連絡はない」

「そうですか」

「便りがないということは問題がないということなのだろう。心配するな。それより、遺跡の調査については浄化にもうしばらくかかるのでそれまでは待機ということになる」

「わかりました」


 地下の浄化作業の方も滞りなく進んでおり、アーサーが最短で戻って来るであろう六日後には全て終えられるという見通し。

 浄化作業に加えて、大広間から分岐していた道の先も調べていた。扉に向かう道とは別の道は、どうにも地上へと出る他の出入り口だったとのこと。いくらか倒壊しているだけでなく出た先が樹海と化していたので恐らくという程度の見解。


「ではそれまでの間は英気を養うということで」

「ああ。それでかまわない」


 ヨハン達が再び地下へと向かったのはそれから七日後のこと。

 アーサーが王都から戻って来てから。



 ◆



 七日後。

 アーサーと共に遺跡へと戻って来たエレナとマリンとレイン。早々に地下へと潜っていた。

 地下を歩いているのはアーサー達第一中隊の騎士とヨハン達、それに加えてリシュエルとリックバルトも同行している。珍しい遺跡だから折角なので見ておくとのこと。


「かぁ。ほんと疲れたぜ」

「お疲れ様」


 そうして歩きながら表情を難しくさせているのはヨハンの隣を歩くレイン。

 地下扉へと向かう間に向こうでの出来事を教えてもらっている。


「ったく、ああいうのはお前の仕事だろ」

「別に仕事じゃないけどね。僕だってできることならやりたくないし」


 話すのは貴族社会について。

 メイナード・ブルスタンの詳しい処遇に関しては王国と騎士団上層部の預かりとなったのでアーサーやマリンの役目はそこで終えている。

 そこからすぐさま遺跡に戻れれば良かったのだが、マリンの護衛を続けさせられることになり、そのまま何故かマリンの父であるマックス・スカーレット公爵に拝謁していた。


『ご苦労だったねレイン君』

『……どもっす』

『フン』

『…………』


 辟易したのは、全く聞かされていなかった四大侯爵家であるロックフォード家の当主も同席していたのだから。虫の居所が悪かったのか、明らかに不機嫌そうな表情。どう見ても八つ当たりにしか思えない。


「でもこれでレインもわかったでしょ」

「ああ。確かにめんどくせぇ。やっぱり俺はのんびりと過ごしたいな」


 カトレア家と懇意にしているだけならまだしも、貴族社会に顔を出しているヨハンの気苦労に気疲れを日頃からレインは笑って聞いている。


(そうなるとアイツはほんと偉いよな)


 そうして視線を向けるのは、前を歩くマリンの後ろ姿。護衛をしている間、他の貴族との挨拶にも付き合わされていた。

 その際のマリンの態度や仕草は相変わらずの品の良さを見せている。普段の態度からは感じられないそれらを目にすると正しく感心せずにはいられなかった。


 ◆


「――……これで開くことができればいいのだけど」


 そうして到達した先の扉の前。

 窪みのあった場所にスフィアが人形を差し込み、スッと立ち上がる。


「じゃあヨハン、お願い」

「はい」


 入れ替わるようにしてヨハンが人形へと手をかざすのは魔力を送りこむため。

 魔力量でいえばエルフであるナナシーをも既に上回る程のヨハン。この場にいる誰よりも多い。


「えっと……じゃあ、いくよ」


 周囲を見回すようにして確認する中、レインがゴクリと息を呑み、それぞれに妙な緊張が走る。


「えっ!?」


 はめ込んだ人形に魔力を送り込んだ瞬間、まるで吸い取られるようにしてグンッと身体中の魔力が流れ込んでいった。


「ぐっ……」

「ヨハンっ!?」

「大丈夫ですの!?」


 慌てて声を発するモニカとエレナ。


「う、うん。ちょっと思ってたよりも魔力を多く使うことになったからびっくりしただけ」


 振り返り無事を伝えるために笑顔を向ける。


「見てっ!」


 呼応するように光っているのは人形に備え付けられた魔石。

 ナナシーが指差す直後、魔石は大きく光り輝いた。


「次はなんだよ!?」


 大きく光り輝いた魔石に気を取られている最中、突如として響く振動。地面を揺らす程。

 ゴゴゴと音を立てて扉はゆっくりと開かれた。


「……ねぇエレナ、今……」


 不意にモニカが得る疑問。どこか胸の内を不安が過る。


「どうかしましたの?」

「ううん。なんでもないの」

「はぁ……?」

「よっしゃ! とりあえず開いたことだし、中に入ろうぜ!」


 けたたましい音を上げて扉が開かれて驚きはしたものの、意気揚々とレインがランタンを手に持ちながら扉の中に入っていった。


「またレインは考えもなしに先に行って」


 とはいうものの、魔物の気配は感じないので未知のトラップでもない限り大きな危険は感じられない。


「…………」

「どうかしたの?」


 扉の中に入った途端立ち止まっているレインに声を掛ける。


「……おいおい、なんなんだよここ?」

「どうしたの? 中に何があったの?」


 レインに続いて続々と扉の中に入る一行は、そのほとんどが似たような反応を示した。


「これは……?」


 扉の中は行き止まり。目に見える範囲に通路らしきものは見当たらない。

 しかし、異様なのはその壁や天井一面にびっしりと描かれているもの。


「……これは壁画ね」


 壁を指でなぞりながら確認するカレン。


「壁画?」

「ええ。それも、今とはかなり違う手法を用いているわね。とても古いというのはわかるわ」

「古いって、どれくらい?」

「さすがにそこまでは専門家でもないからわからないけど……――」


 苦笑いしながら辺り一帯を見渡す。


「――……ほら、壁を一部掘ってその上に描かれているのがわかるでしょ? これって大昔の技術だから。シグラムもカサンドもその辺りはそう変わらないはずだし」

「そうですわね」


 カレンの考察に対してエレナが同意を示した。

 相当に古い年代のものだと。


「ってか、結局これだけか?」

「だよねぇ」


 つまらなさそうにしているのはレインとニーナ。


「そんなことないさ」


 鎧の音を鳴らしながらヨハン達に声を掛けるアーサー。


「これだけの規模の壁画だ。もしかすれば歴史的価値はかなりあるのかもしれないからね」

「そうですね」


 そうして不意に天井を見上げているリシュエルを疑問に思い、横に立つ。


「リシュエルさん?」


 そのままリシュエルの視線の先にランタンの灯りを向けた。


「綺麗ですね」

「ああ。だが、どこか物悲しそうだ」


 それぞれが関心を示しながら壁画を見て回る中、リシュエルとヨハンの二人が見上げる先に描かれているのは相対するようにして描かれている二人の人物画。思わず目を奪われる。



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