第五百三十一話 港町セラ
天気も良く、市では早朝捕れたての海産物が多く売られていた。呼び込みをかけているいくつも並ぶ店を横目に歩く。
見たこともない海の幸の数々。内陸にある王都にはそういった海産物はほとんど出回らない。
「思ってたより活気があるじゃない」
「お父さんから言わせれば血の気が多いらしいよ」
海の男と言えば聞こえは良いが、荒くれものとも呼ばれていた。
「そんなことないよ。良いところだと思うよ」
実際、落ち着いた雰囲気の良い町だという印象。
「あ、ありがと」
照れながらお礼の言葉を述べるサナはそっとヨハンに耳打ちする。
「昨日はほんとごめんね」
「もう良いよ。でも良かったの? 嘘つかせることになっちゃったけど」
「いいのいいの、お父さんもお母さんもちょっと夢見がちなところがあるから」
言っていてサナ自身も虚しくなるのだが。ひと時だけの、名ばかりどころか中身のない恋人。それだけでも欠片程度の満足感は埋められる。
「だったらいいけど」
「何の話?」
「モニカさんには関係のない話よ」
「あんたはねぇ、そうやっていつもいつも」
「良いじゃない! いっつもモニカさんばっかり得してるんだから!」
「得なんてしてないわよ!」
いがみ合う二人の様子を見るヨハンが抱く感想。
(この二人も、なんだかんだ仲良いよね)
カレンとニーナと似たようなものだと。ほぼ二年経っても変わっていないやりとり。
そのままサナに案内され、いくつもの海産物を堪能していった。
「――……ごめんね、もうこんなところしか残ってなくて。そんなに観光できるところがあるわけじゃないから」
海を一望できる港に腰かけ時間が経つのを待っている。
「でも、私はここが好きなの。ただじっと海を眺めているだけなんだけど、目に見える景色だけじゃなく、終わりのないこの音を聴いて潮の匂いを嗅いでいると心が安らぐの。お気に入りっていったらいいのかな」
「なんとなくわかるよその気持ち」
「私も」
「あれ?」
ふと眺めるその景色にどこか既視感を覚えるヨハン。
(ここ……どこかで)
だが全く記憶にない。そもそも海自体初めて目にする。
「どうかしたの?」
「あっ、ううん、なんでもないよ」
「そうだ」
徐に立ち上がるサナは前方に手を伸ばした。
「最近こんなのもできるようになったんだよ」
仄かに光るのはサナが腕に着けているブレスレット。魔力を流し込んでいる。
直後、サナの魔力によって海から浮かぶ幾つもの泡。それが壊れることなくふよふよと漂っていた。
「へぇ」
「これって、あの部屋の中に似てるね」
思い出すのはウンディーネがいた水中遺跡の広間と同じような泡。浮遊する泡は陽の光を通しながら微かに光沢を映す幻想的な光景。
「綺麗だね」
「どれぐらい力を使えるのか練習していたんだけど、やっぱりウンディーネさんの力って凄いなぁって」
これだけの魔法を中空に漂わせておくことなど上級魔導士に匹敵する。
「昨日も言ったけど、それはサナが頑張ったからだよ」
「でも、借りものだし」
表情を僅かに暗くさせるサナ。
「あんたが頑張ってるのは私も認めているわ」
「え?」
「あなたは確かな実力を身に付けているもの。でなければここにいないわ。私が保証する」
「モニカさんが褒めてくれるなんて珍しい事もあるのね」
「正当に評価しているだけよ。頑張っていることはきちんと認めないと、自分自身も認められなくなるからね」
「……ふぅん」
それはモニカ自身の経験。これまで幼少期に何度となく打ちのめされ、それでも立ち上がっては向かっていった。敬愛する母の言葉。
「そろそろ時間だね」
「お父さん、ちゃんと仕上がっていたらいいけど」
「問題はそこじゃなくて、遺跡の扉の中に入ることができるかよ」
「そっかぁ。まだ終わりじゃないのよね」
ひと時の時間を過ごした後、港からサナの家へと戻っていった。
◆
「――おお。できたぞ。こんな感じでどうだ? 急いで作った割には良く出来てるはずだ」
サナの家の裏手にある工房へと顔を出すとガッシュが丁度作業を終えていた所。
手渡されたのは木で出来た三つの人形。
「なんとなくだが、それらしく作った」
人型の模りしかしていないので表情などは元々なかったのだが、ガッシュは人形に表情を加えている。首にぶら下がるようにして小さな魔石がはめ込まれていた。
「どう、ナナシー?」
「凄いわコレ」
ナナシーが手にするなり感じられるその感触。間違いなく極上の一品。
「素材が良かったからな。こっちも竜木なんてレアな素材を使わせてもらって良い経験になった。あんがとよ」
「助かります。ありがとうございます。おいくらですか?」
「いやいや、娘の彼氏がいるところから金なんて取れねえって」
「娘の彼氏?」
スフィアが疑問符を浮かべて首を傾げるのだが、ニコニコしているガッシュ。
「ああ。お前さんらは知らなかったか。サナとヨハンくんは付き合ってるんだってな」
途端にバッと視線が集まるヨハンとサナへ。
カレンもまた苦笑いするしかできないのだが、同意するようにして小さく頷く。




