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第五百三十 話 あざとさ

 

「あの? それってどういう意味ですか?」


 確認する様に問い掛けたのだが、射抜くような視線は変わらない。


「わざわざ説明しなければいけないほどキミは理解力がないとは思えないが?」

「…………」


 額面通りに受け取ればそれはサナと付き合うという事。その結果で得られるのはサナが卒業後も王都で過ごすことができる、と。


(えっと……)


 サナの方はというと、未だに真っ赤に顔を紅潮させている。


(……どうしよう)


 その様子のサナを前にしてなんと答えればいいものなのかと。


「流石にそれは卑怯ではありませんか?」


 一連の会話を階段のところで聞いていたカレンが戻って席に座るなり口を開いた。


「確かに交換条件としては卑怯かもしれませんが、彼の様な学生の間にS級に上り詰める人材などいないのですよね?」

「……そうですね。それは確かに前例がないほどに稀有ではありますが」

「でしたら、親としても彼のような有能な人物のところへ嫁に行って欲しいというものでしょう? それにサナも彼もお互いに悪印象を抱かないどころかむしろ好印象なので全く問題ないのでは?」

「ええ。そもそも先生は学生のそういったことも面倒を見るのですか?」


 援護射撃するようにして父の言葉にすぐさま同意を示すイザベラ。


「い、いえ……そういうわけでは」


 どう説明したものか。ヨハンの婚約者はカレン自身であり、それどころか先程判明したわけのわからないニーナが許嫁という話。


(でも早くしないと)


 天秤に掛けるのは竜木の加工。ここで余計な時間を食うわけにはいかない。


(どっち?)


 選択肢としては大きく分けて二つ。

 一つは正直に自分がヨハンと婚約をしているのでお断りをすること。しかしそうなるとサナはせっかくの卒業後の進路に選択肢を失くして王都で過ごすことに対する舵取りができなくなる可能性が生まれる。娘を思っていればその限りではないのかもしれないが、先程のやり取り。どうにも引っ掛かりを覚えていた。


(あれだけ念入りに確認していたということは…………――)


 明らかに照れを見せていたサナ。そのサナの気持ちに気付いているかどうかが判断を大きく左右させている。もし気付いているのであれば話が大きく変わるのは、今も尚、現在進行形でサナの気持ちはヨハンへと向けられているのだから。

 そのヨハンが過去のこととはいえ装飾品を贈っただけでなく今もこうして行動を共にしていることを両親が――特に父親が不憫に思ってへそを曲げてしまえば竜木の加工も下手をすれば本当になくなりかねない。


(――……だったらこっち?)


 選択肢のもう一つ。それはこの場で嘘をつく事。

 将来のことは誰にもわからない。別にサナが今後誰か他の人と一緒になれば良い。ただそれだけの話。であればこの場をやり過ごすために一時的な、表向きの嘘をつけばいいだけのこと。そうすれば問題なく竜木の加工を行ってもらえる。


(仕方ないわね)


 カレンが抱く迷いの理由、その意図はサナも同様に理解していた。


(ごめんなさいカレン先生。でも、せめて今だけでも夢を見させてください)


 カレンと目が合うサナは苦笑いを浮かべながらも軽く頷く。カレンを目にしながらはっきりと口を開いた。


「あ、あのねお父さん、それにお母さんも」


 若干の打算と妄想も膨らませているだけにその言葉をはっきりと口にできる。


「は、恥ずかしくて言えなかったけど、実はね、私とヨハンくんはもう付き合ってるのよ」


 迫真の演技。心臓が破裂しそうになるほどの錯覚を覚えながらも、これまで何度となく妄想したその夢がこの場で現実味を帯びていった。


「ええっ!?」

「も、もうヨハンくんもそんな驚かなくたって。こうなったら仕方ないじゃない」


 パチ、パチ、と片眼を瞑り、目配せする。


(い、いいのかな?)


 横目に捉えるカレンも瞠目していることから、依頼を受けてもらうために仕方なしという判断。


「ご、ごめんなさい。本当ならきちんとご挨拶をしなければいけなかったのですが、今回は依頼で訪れているだけでしたので」


 果たしてこれが正答なのかと疑問が浮かびながらも言葉にした。


「本当なのか?」

「何度も言わせないでよ」

「いやいや、本当のことを先に言ってくれないのは正直褒められたものではないが、改めて正式に話すつもりがあったのならそれはそれで責めはしないさ」

「そうよ。サナもよくこんな優良物件掴まえたわね。絶対に離しちゃダメよ?」

「う、うん」

「ははは…………」


 満足そうな笑みを浮かべるガッシュとイザベラを見る限り、もう後には引けない。

 そうしてサナの両親がご満悦なまま夜が深まる。


「ごめんねヨハンくん、話を合わせてもらって」

「うん。でもいいのサナは?」


 一通りの話を終え、客室へと足を運んでいるのはサナとカレン。ベッドに腰かけていた。


「わ、私はヨハンくんが迷惑じゃなかったら、その……」


 チラチラとヨハンの表情を確認する。


(にしても、ほんとあざといわねこの子)


 溜息を漏らすカレンも今回だけは仕方なしとばかり。


「でもこれで予定通りにいきそうね」

「はい」


 あとはその加工品の仕上がりを待つだけ。ガッシュの話によれば、半日もあればできるとのこと。翌日早朝より取り掛かってくれるらしい。


「じゃあヨハンくん、お休みなさい」

「おやすみ」

「また明日ね。それと、ありがと」


 パタンとドアが閉まる前、サナはニコッと微笑んでいった。



 ◆



「話が早くて助かるわ」


 向かえた翌日。スフィアにはサナの父が竜木を加工してくれることを伝える。


「だったらわざわざ説明に訪れる必要もなさそうね。仕上がるまでは休息も兼ねて観光にしましょうか」

「さすが隊長」


 特にすることがあるわけでもない。非番だとばかりに喜ぶスネイル。


「あなた達は馬の世話をしてからね」

「え?」

「当たり前でしょう。遊びではないのです。何を言ってるの?」

「そ、そんな……」

「諦めろスネイル。逆を言えば終われば遊べる」


 がっくしと肩を落としながらバリスと二人宿の方へと歩いて行った。


「じゃあわたしとニーナもその辺を見てくるわ」

「カレンさん、奢ってくれるの?」

「自分で払いなさい」

「けちー」


 そうしてニーナとカレンは二人で歩いて行く。


「なんだかんだ仲良いわねあの二人」


 その背中を見ながら呟くのはモニカ。


「そうだね。カレンさん、帝国では色々とあって、ニーナといる時はいつもの自分が出せるみたいで落ち着くみたいなんだ」


 孤独だった帝国での生活。そのカレンに対して変に気を張ることなく接するニーナに対する居心地の良さ。


「……ふぅん。私達とエレナみたいなものね」

「そうだね」

「でも実際二人とも凄いと思うよ?」


 感心するようにサナはヨハンとモニカを見る。


「どうして?」

「だってエレナさんもカレン先生も凄い人だもの。気を遣うなって方が無理じゃない? そりゃあヨハンくんはカレン先生を婚約者にしてるかもしれないけど」

「まぁ、その辺り私とヨハンはエレナのことなんて後から知ったからね。今さら対応を変える方が変だもの」

「そんなものなの?」

「そんなものだよ」


 笑いかけ、それはエレナもカレンも望んでいない事だと。


「そういう意味ではあなたも随分と図太いと思うけどね」

「お互い様です」


 睨み合うモニカとサナ。


「そうだサナ。良かったら町の中を案内してよ」

「別にいいけど? 時間があればそのつもりだったし」

「あっ、私は一人で見て来ても良い? 昨日気になるお店があったから」


 昨日通りを見ていた際の小道具店にナナシーは目をつけていた。


「道に迷わなければいいわよ」

「大丈夫だって。王都に比べれば全然小さいもの」


 そうして手をひらひらとさせナナシーも町の中に姿を消していく。


「じゃあいこっか。ナナシーの言った通り小さな町だからすぐに見終わると思うけど」


 ヨハンとサナとモニカと、三人でセラの観光をすることとなった。



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